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短編完結

エピローグ、魔王ベルグラとリグレット【前編】

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「これは…どういうことなんだ?」

私ことリグレットは、前世のリアーネを代弁して物申した。
対する夫魔王ベルグラは目線を宙に泳がせながら口ごもる。

「あの…その…」

私から目線を反らしもごもごと言葉を口の中で留める。

「…。」

私は「もういい」と言って、玉座の間へと足を踏み入れた。
現在、私と魔王ベルグラがいる場所は魔族の領域の最深部。
つまり魔族の王が統べる魔王城の心臓部分である。
オニキスのように黒い柱が等間隔に並び、魔王の玉座へと続いている。
その床に敷き詰められた絨毯もまた黒く、城の主が愛する色を讃えている。
パッと見てこの広間は黒色で統一された場所だが…前世の私には違和感しか無い。

(玉座の間は…こんな場所ではなかったはずだ)

この部屋に私が足を踏み入れようとした時の違和感。
ベルがとっさに私の入室を止めたのだ。
魔王城は散らかっているだの、今は仕事が忙しいだの、実は工事中で業者がいるだのなんだの…今まで散々言いくるめられていた。
いくら私が人間に転生したからといって、玉座の立ち入りを禁止するとは一体何事かと思っていた。
魔族たちの深い事情により人間に転生した私の立ち入りは難しいのだろうと考えていたため、深く気に留めることなく過ごしていたのだが…
とある事情からベルに書状を届けることにより、私がこうして玉座の間にいるベルを訪ねて現在に至る。

「どういう事か説明してもらおうか?」
「…う、うむ…」

私の視界には、黒百合が咲き誇る花畑がある。
…もう一度言うが、ここは魔王の玉座である。

魔王の玉座の間は入り口から絨毯が敷き詰められており、その先は黒百合の花畑で埋め尽くされていた。
まるで場違いな広間に黒百合畑。
ただの花畑なら私も問いただす必要はないのだが。
この花はあまりにも私に馴染みがある。
むしろ、馴染みすぎるのだ。

「…。」

私はこの場の黒百合を眺めて瞳を細める。
この場に咲く花はどれも私の生き写しのようであった。
生花の香りはない。
床に土もないのに生えているこれは…
この花は生きていないのだ。

「ベル」
「…。」
「なぁベル、こっちを見ろ。私の目を見ろ」
「…あの……その、リアーネ…」

私の威圧的な態度に対してオロオロと目線をさ迷わせたベルは後退りする。
大柄な男が身体を丸めてたじろいでいる。
この状況に対して私は気にせず言葉を続ける。

「ベル。君は前世の私の死体を、ここでどうした?」

この花の魔力は私だ。

「…そ、それは…」
「言ってみろ」
「あの、それは…」

口ごもりながら縮こまる魔王ベルグラに対して、私は小さなため息を吐いた。
この場に咲き誇る黒百合にはリアーネの魔力が広がっている。
無論、これは前世の私が行ったことではない。
亡くなった後、何かがここで起きたということだ。
私がベルを見つめていると、彼は半泣きになりながら私を見つめ返してくる。
怒られて反省する犬のごとくしょんぼりするベルに対して、私は唇を引き結んだ。

(魔族の領域には…どこにもリアーネの墓はなかった)

五百年と少し後。
私は第二の人生も、魔王の妻になると決めてベルと共に魔族の領域に戻ってきた。
まだ正式な婚姻は先になるが、その準備としてベルが日々奔走しているのは知っている。
魔族の諸侯たちには少なからず反対されるのは確かだ。
そういう者たちを黙らせるように裏で手を回しているのも知っている。
彼を強く咎めるつもりはなかった。

「すまない。私が死んだ後のことだ。君を強く責めるつもりじゃなかったのだが…」

ベルは苦虫を噛み潰したように表情を歪めると目線を落とす。
その顔に浮かぶのは苦しみだった。

「何があったのか話してくれないか?」
「…それが」

ベルはぽつぽつと話しはじめた。
五百年ほど前の事。
リアーネが亡くなり、その体を抱きしめて治癒を促したがその傷は塞がらなかった。
やがて息絶えたリアーネの亡骸を抱きしめたまま、ベルは玉座まで狼を走らせた。
ここなら魔王の力が最大限まで発揮できると考えた場所である。

「当時の俺は…リアーネを生き返らせるために必死だった」

死者蘇生のため、様々な儀式をここで試した。

「だが…だめだった」

どれだけ魔王の魔力を流し込んでもだめだった。
リアーネの身体から流れ落ちる血と魔力は塞ぎようがなかった。
死者蘇生は何度も試したが成功しなかった。
どれだけ魔力を流し込んでも、どんな魔術を試してもリアーネは蘇らなかった。
妻の骸から魔力がこぼれ落ちながら朽ちてゆく過程を毎日眺めるしかなかったとベルは言う。

「日に日に爛れてゆく死体をここでを眺めることしか…俺にはできなかった」
「その前に弔ってくれたらよかったのに」
「…諦められなかった」

肩を落としたままベルは続ける。

「……なるほど」

私は一つうなずくと、広間の黒百合を見渡した。

「これは私の死体か」

太陽の光もない場所に咲く花。
その花に生命力はないが、かわりに膨大な魔力が蓄積されている。
こぼれ落ちた魔力の受け皿。
死体は朽ちてもこの場に残り続ける魔力の花は…亡霊のようだった。

「今の…リアーネには見せたくなかった。すまない」
「いや。責めて悪かったな。魔女の骸は処理に困っただろう」
「……そういう意味で見せたくなかったのではないのだが……」

ベルは眉間にしわを寄せる。
私は己に関する死後の概念はあまり得意ではなかった。
死んだらそれまでだ。
それに目の前に広がるのは花畑であり私本来の死体ではない。
前世の私の死体…花ではあるが、それを眺めながらふと思いつく。

「なあベル、ここにある花を食ってこの魔力を取り込めば、人間である私でも魔族になれるんじゃないのかな?」
「なッ!?!!!!?!?!?」

私の提案にベルが凄まじい形相を浮かべた。
魔族の中でも美形である顔がこれでもかと驚く表情を浮かべている。
対する私は名案を提示する。

「人間の寿命は魔族に及ばない。私が魔族になるにはこの体に膨大な魔力を流し込む必要があるのだが、この方法ならベルに迷惑をかけずに済むぞ。どうだ?」
「どうだって、おまっ!!!ちょっと!!!まてまてまてまて!!!!!!!」

ベルは両手を広げて私と花畑の間に割って入った。
そして「やめるんだ!!!!」と大声を張り上げる。

「リアーネ!!!お前は今、何を言っているのかわかっているのか!?」
「うん。前世の私の魔力を取り込んで自家発電することによって私は魔族になる」
「本気か!?」
「うん。そもそも魔族の中には死体を食らうグールもいるのだから、前世の自分を食らうことなど私には造作もない」
「正気か!?!?」
「正気だが」
「その行為に躊躇いがないなんて、お前は魔王か!?」
「…いや。君が魔王だろ?」

愕然とした表情で私を見つめるベル。
だが、両手を広げて背中の花畑を守る体制は崩そうとしない。

(君は仮にも魔王なんだぞ?)

ここまで取り乱したベルを今まで見たことはなかった。

「考え直せ!!やめろ!せめて今はやめておけ!!!」
「逆にベルは…なぜそこまで拒絶するのだ?」

私がしびれを切らしてじりじりとベルに近寄ると、彼は頭を左右にブンブン振る。

「い、いやだ!!」

いやだいやだいやだ!と駄々をこねはじめたベルに対して、私は諦めが悪いと思った。
だが、なぜ彼がここまで拒否するのか考えてみる。

(…リアーネだから、か)

無論、私はリアーネなのだが、そうではない。
ベルは前世の私を愛している。

(それなら、ベルが前世の私を守るのは当然か…今の私ではなく)

私はリグレットと呼ばれる人間に転生した。
魂の色と形は同じでも、現在のこの体はベルが愛した魔女ではない。
今は骸も消えた花畑。
それを死守しようとするベルに対して私は傷ついた。


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