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6 発端②〈ジョルジュside〉
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「それは……」
予想外のことを言われた私は、頭の中が真っ白になった。
「……やはり、聞きたくなかったですよね」
後悔が滲む声音にハッとした。
このままにしてはいけない。
誤解のないように、話し合わなければ……。
「そんなことはないよ、ニコラス。お前がハミルトン家のことを真剣に考えてくれていて、私は嬉しい」
ニコラスは苦く笑う。
褒められた時のいつもの笑顔は見せてくれない。
「しかしね、なにも何もそこまでしなくても良いんだよ? 私やレティに義理立てる必要はない。お前は自分の好きな女性と結婚して良いんだ」
「いいえ。私はレティシアが良いのです」
「……本気で言ってるのか?」
普通なら怒りや嫉妬が湧くところだろうが、今は優秀な弟と思っていたニコラスの本音に、驚き過ぎてほかの感情が浮かばなかった。
* * * * *
そして、そんなやりとりから始まったのは、ニコラスの驚くべき性癖の暴露だった。
ニコラスは昔から兄思いで、私の言いつけに逆らったことがない。
できの良い自慢の弟と思っていたが、それが違うのだと今ハッキリ知らされてしまった。
「レティシアが、兄上のお下がりだからこそ……彼女が欲しいのです」
確かにニコラスは物欲が薄く、私の使っていたものを譲り受けたり、再利用したりすることが多いとは思っていた。
しかし、さすがに妻までもお下がりを欲しがるのには驚いた。
「ニコラスだって他に男を知らない女性の方が気分が良いだろう? そこまでレティを大切にしてくれるのはありがたいが、やはり妻くらいは自分の好みの女性を娶ったほうが良いと思うが……」
「兄上。申し訳ないが、私は変わっているようで、兄上に愛されている女性に……欲情するのです」
「ばかな……」
「本当なんです。これまでだって、兄上が付き合った女性には欲情していたのです。それでも兄上のモノである内は自制が効く。そして兄上が手放すと、途端に我慢できなくなるのです」
「それは、偶然なのでは……」
「私の意思です。欲望と言ったほうが合っているでしょう。だから、マリーもエイダも……兄上と別れた後、しばらくそういう関係になっていました」
ニコラスの告白に、戦慄した。
マリーとエイダは夫と政略結婚して未亡人となってから、若かりし私が関係を持った女性たちだ。
本気で嫁に迎えてもいいと思うほどの良い女だったが、さすがに公爵家の当主が初婚なのに未亡人を娶るのは外聞が悪い。
やもなく遊び相手に留めたし、情が移る前に別れた。
そして二人とも身持ちが硬く常識人だったので、兄と付き合った後に、その弟と関係を持つなどニワカには信じ難かった。
でも、そんな事でニコラスが嘘をつく方がもっと考えられないから、事実なのだろうと思う。
「二人とも兄上のことを忘れてはいませんでした。だからこそ私は彼女たちが良かった」
ニコラスの性癖は異常だと思ったが、不思議と気持ち悪いとは思わなかった。
むしろ、これならば私が死んだ後もレティを蔑ろにすることはないだろうと安堵したくらいだった。
しかしまだ懸念は残っている。
「お前は、レティが死ぬまで愛せるか?」
「もちろん。兄上が生涯愛したレティシアなら、それだけで十分だ。たとえレティシアが私を愛さなくても、私の気持ちが揺らぐことはないですよ」
ニコラスはマリーと別れ、エイダとも付き合っていたのだ。
レティシアも最初は愛したとしても、時間が経てば興味が失せるのではないだろうか?
「そうか? マリーやエイダはともかく、レティシアを飽きたからと、捨て置かれては困るのだが……」
「兄上。こんなことを言って申し訳ないですが、マリーとエイダは……」
「なんだ? 良いから言ってみなさい」
「あの二人は……私と付き合い出してから、徐々に兄上のことを忘れていったのです」
「ん? それは普通だろう? もう私とは別れて、お前と付き合っていたのだから……」
「いえ。ですから、あの……」
言い淀んで下を向いたあと、意を決したように私と目を合わせたニコラスは、困ったような、残念なような、なんとも言えない表情で続けた。
「ね、閨でですね。私ではなく、兄上を求めて欲しいのです」
「は?」
「だから。自分の相手をしているのが兄上でなくて嫌だと、せめて残念だと思っている女性に欲情します」
ニコラスははっきりキッパリ言い切った。
「あ……うん。まぁ……そ、そうか」
「ですからレティシアなら。彼女なら私の妻になったとしても、兄上を忘れることはないと思いますし……」
「……なるほど」
ニコラスの言いたいことが分かってしまった。
これまでの女たちも私と付き合っていた時、生前の夫を好きだったわけではなかったのに、それでもその存在を忘れてしまえないと、悪い方向ではあるがそう言っていた。
レティシアは私を愛してくれている。
そうであれば、私が死んだあとも簡単には忘れられないだろう。
しかも次の夫は私の弟で、結婚していたことを話題にしてはいけないことも、それにより変に嫉妬される恐れもない。
そしてニコラスは自分の性癖などおくびにも出さずに、嬉々として私との思い出話を聞きたがり、閨でさえ私の名を呼ばせるのだ。
きっと、レティシアは一生私を忘れさせてはもらえずに、ニコラスはそんな彼女を好きでい続けるのかもしれない。
……かわいそうなレティー。
仄暗い喜びが湧き上がり、私は思わず苦笑する。
私は今の話で妻への心配事がひとつ減り、弟への悩みは増えたような気がしたが、なぜか心はスっと軽くなるように感じた。
そこで体力的にも長話が辛く、その日はニコラスとの話を終える事にした。
予想外のことを言われた私は、頭の中が真っ白になった。
「……やはり、聞きたくなかったですよね」
後悔が滲む声音にハッとした。
このままにしてはいけない。
誤解のないように、話し合わなければ……。
「そんなことはないよ、ニコラス。お前がハミルトン家のことを真剣に考えてくれていて、私は嬉しい」
ニコラスは苦く笑う。
褒められた時のいつもの笑顔は見せてくれない。
「しかしね、なにも何もそこまでしなくても良いんだよ? 私やレティに義理立てる必要はない。お前は自分の好きな女性と結婚して良いんだ」
「いいえ。私はレティシアが良いのです」
「……本気で言ってるのか?」
普通なら怒りや嫉妬が湧くところだろうが、今は優秀な弟と思っていたニコラスの本音に、驚き過ぎてほかの感情が浮かばなかった。
* * * * *
そして、そんなやりとりから始まったのは、ニコラスの驚くべき性癖の暴露だった。
ニコラスは昔から兄思いで、私の言いつけに逆らったことがない。
できの良い自慢の弟と思っていたが、それが違うのだと今ハッキリ知らされてしまった。
「レティシアが、兄上のお下がりだからこそ……彼女が欲しいのです」
確かにニコラスは物欲が薄く、私の使っていたものを譲り受けたり、再利用したりすることが多いとは思っていた。
しかし、さすがに妻までもお下がりを欲しがるのには驚いた。
「ニコラスだって他に男を知らない女性の方が気分が良いだろう? そこまでレティを大切にしてくれるのはありがたいが、やはり妻くらいは自分の好みの女性を娶ったほうが良いと思うが……」
「兄上。申し訳ないが、私は変わっているようで、兄上に愛されている女性に……欲情するのです」
「ばかな……」
「本当なんです。これまでだって、兄上が付き合った女性には欲情していたのです。それでも兄上のモノである内は自制が効く。そして兄上が手放すと、途端に我慢できなくなるのです」
「それは、偶然なのでは……」
「私の意思です。欲望と言ったほうが合っているでしょう。だから、マリーもエイダも……兄上と別れた後、しばらくそういう関係になっていました」
ニコラスの告白に、戦慄した。
マリーとエイダは夫と政略結婚して未亡人となってから、若かりし私が関係を持った女性たちだ。
本気で嫁に迎えてもいいと思うほどの良い女だったが、さすがに公爵家の当主が初婚なのに未亡人を娶るのは外聞が悪い。
やもなく遊び相手に留めたし、情が移る前に別れた。
そして二人とも身持ちが硬く常識人だったので、兄と付き合った後に、その弟と関係を持つなどニワカには信じ難かった。
でも、そんな事でニコラスが嘘をつく方がもっと考えられないから、事実なのだろうと思う。
「二人とも兄上のことを忘れてはいませんでした。だからこそ私は彼女たちが良かった」
ニコラスの性癖は異常だと思ったが、不思議と気持ち悪いとは思わなかった。
むしろ、これならば私が死んだ後もレティを蔑ろにすることはないだろうと安堵したくらいだった。
しかしまだ懸念は残っている。
「お前は、レティが死ぬまで愛せるか?」
「もちろん。兄上が生涯愛したレティシアなら、それだけで十分だ。たとえレティシアが私を愛さなくても、私の気持ちが揺らぐことはないですよ」
ニコラスはマリーと別れ、エイダとも付き合っていたのだ。
レティシアも最初は愛したとしても、時間が経てば興味が失せるのではないだろうか?
「そうか? マリーやエイダはともかく、レティシアを飽きたからと、捨て置かれては困るのだが……」
「兄上。こんなことを言って申し訳ないですが、マリーとエイダは……」
「なんだ? 良いから言ってみなさい」
「あの二人は……私と付き合い出してから、徐々に兄上のことを忘れていったのです」
「ん? それは普通だろう? もう私とは別れて、お前と付き合っていたのだから……」
「いえ。ですから、あの……」
言い淀んで下を向いたあと、意を決したように私と目を合わせたニコラスは、困ったような、残念なような、なんとも言えない表情で続けた。
「ね、閨でですね。私ではなく、兄上を求めて欲しいのです」
「は?」
「だから。自分の相手をしているのが兄上でなくて嫌だと、せめて残念だと思っている女性に欲情します」
ニコラスははっきりキッパリ言い切った。
「あ……うん。まぁ……そ、そうか」
「ですからレティシアなら。彼女なら私の妻になったとしても、兄上を忘れることはないと思いますし……」
「……なるほど」
ニコラスの言いたいことが分かってしまった。
これまでの女たちも私と付き合っていた時、生前の夫を好きだったわけではなかったのに、それでもその存在を忘れてしまえないと、悪い方向ではあるがそう言っていた。
レティシアは私を愛してくれている。
そうであれば、私が死んだあとも簡単には忘れられないだろう。
しかも次の夫は私の弟で、結婚していたことを話題にしてはいけないことも、それにより変に嫉妬される恐れもない。
そしてニコラスは自分の性癖などおくびにも出さずに、嬉々として私との思い出話を聞きたがり、閨でさえ私の名を呼ばせるのだ。
きっと、レティシアは一生私を忘れさせてはもらえずに、ニコラスはそんな彼女を好きでい続けるのかもしれない。
……かわいそうなレティー。
仄暗い喜びが湧き上がり、私は思わず苦笑する。
私は今の話で妻への心配事がひとつ減り、弟への悩みは増えたような気がしたが、なぜか心はスっと軽くなるように感じた。
そこで体力的にも長話が辛く、その日はニコラスとの話を終える事にした。
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