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30 夜会①
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煌びやかなシャンデリアの下、たくさんの着飾った人々がダンスを楽しんでいた。
私もエスコートを務めるニコラスとファーストダンスを踊っている最中で、これから大勢の男性と踊ることになるだろう。
ジョルジュの足が不自由になってから夜会にはあまり出ていなかったし、出るにしても晩餐会だったから、踊るのは久しぶりのことだった。
リードの上手なニコラスで足慣らしをしておかなければと気合が入る。
「緊張しているようですね」
「えぇ、本当に久しぶりなんですもの」
「そうですね。でもそんなに気を張らなくとも大丈夫ですよ」
「でも……顔繋ぎは必要でしょう?」
「だからです。レティシアは私と挨拶まわりをしてもらいますから」
今日の目的はニコラスがハミルトン公爵を継いだと周知徹底すること。
それでもニコラスは今までも公爵代理として社交をしているから、前公爵夫人の私が同伴しなくても問題はなく、どちらかといえば申し込まれたダンスを受けることのほうが優先されると思っていた。
「兄上から『レティシアを他の男となるべく踊らせるな』と言われていますから。大人しく私の隣にいてください」
「……分かったわ」
なるほど。
そう言うことだったのね。
ジョルジュなら言いそう。
納得した私は曲が終わるとニコラスにエスコートされたままダンスフロアを後にしたのだけど……。
「ごきげんよう、ニコラス様」
こちらに近寄って来た女性に声をかけられ、私たちは歩みを止めた。
白金の髪に紫の瞳の大人びた美人が、若草色のドレスを纏い近付いてきた。
インパクトの強い容姿の彼女は、マーティン侯爵家の長女ヘルミナ嬢。
私と同じ十七才だけど、これぞ美人の代名詞的な彼女と、童顔で金茶色の髪に空色の瞳の──良く言っても『かわいいお人形』のような私では、どう見ても同じ歳には見えない。
私がヘルミナ嬢に勝てるのは、胸の大きさくらいなものだろう。
「ごきげんよう、マーティン嬢」
ニコラスが平然と挨拶しているところをみると、面識はあるらしい。
元伯爵令嬢だった私は、彼女から声をかけてもらったことがなく、目下から声がかけられない以上挨拶を許されたこともなかった。
そして今は元公爵夫人。
正確には公爵家の縁者でしかなく、結果ニコラスに紹介されるまで声をかけることができない。
こういうのを八方塞がりというのだろうか?
こんな状況なのに、ニコラスは私を紹介するつもりがないのか、表情を動かすことなく淡々と社交辞令のみで会話をしている。
「ニコラス様? そちらはもしかして……?」
ニコラスの眉尻がピクリと動いた。
何度も名前で呼ばれて不快だったらしい。
ヘルミナ嬢はまったく意に介さないようで、私のことを紹介して欲しそうに小首を傾げて待っている。
「あぁ、兄嫁のレティシアです。レティシア、こちらはマーティン侯爵家のヘルミナ嬢です」
いや、本意ではないからって、そんな嫌そうに紹介されても……。
家族にしか分からないような変化で、確実に自分の意思を私だけに知らせられても困る。
まぁ、それを表に出さないのが公爵夫人なのだから、私も頑張らなくては……。
ちゃんと勉強の成果が出ていると良いのだけど。
「ごきげんよう、マーティン嬢」
「ごきげん麗しゅう存じます。ハミルトン夫人」
言葉は丁寧だけどなぜか棘のあるこえで挨拶され面食らう。
それもそうか。
だってヘルミナ嬢のドレスは若草色。
きっと婚約者でもない人がニコラスの瞳の色──深緑の色を着るわけにはいかないから、苦肉の策で最も近い色を選んで着ているのだろう。
その意中の彼が、兄嫁と言えども血の繋がらない女性をエスコートしているのだから、面白くないに違いない。
「ニコラス様が女性連れなんてめずらしいから、どなたなのかと噂になってましてよ?」
「そうですか。義姉上はしばらく振りですからね」
「でも、前ハミルトン公爵とも参加していらしたのに、不思議ですわねぇ……」
暗に影が薄いと言っているのだろう。
何も分からない無邪気さを装っている分タチが悪い。
「以前参加していた時は、あまり兄上が紹介したがらなかったので、ご挨拶していない方も多いのでしょう」
「まぁ、そうなのですか」
ニコラスの言うことには逆らわず神妙に頷いたあと、私に向き直ってヘルミナ嬢は言った。
「では今夜はぜひ、多くの殿方のお相手を務められたようが宜しくてよ?」
「そう……ですわね。ご心配ありがとう存じます」
「義姉上……」
ニコラスは静かに首を横に振る。
ほかの人には気が付かれないように気を付けていても、ヘルミナ嬢は見逃さないらしい。
僅かに眉根を寄せて私を睨め付けた。
そんな目で見られても、私にはどうすることもできない。
でも、彼女はとにかくこの場から私を遠ざけたいのだろう。
困ったなぁ。
私もエスコートを務めるニコラスとファーストダンスを踊っている最中で、これから大勢の男性と踊ることになるだろう。
ジョルジュの足が不自由になってから夜会にはあまり出ていなかったし、出るにしても晩餐会だったから、踊るのは久しぶりのことだった。
リードの上手なニコラスで足慣らしをしておかなければと気合が入る。
「緊張しているようですね」
「えぇ、本当に久しぶりなんですもの」
「そうですね。でもそんなに気を張らなくとも大丈夫ですよ」
「でも……顔繋ぎは必要でしょう?」
「だからです。レティシアは私と挨拶まわりをしてもらいますから」
今日の目的はニコラスがハミルトン公爵を継いだと周知徹底すること。
それでもニコラスは今までも公爵代理として社交をしているから、前公爵夫人の私が同伴しなくても問題はなく、どちらかといえば申し込まれたダンスを受けることのほうが優先されると思っていた。
「兄上から『レティシアを他の男となるべく踊らせるな』と言われていますから。大人しく私の隣にいてください」
「……分かったわ」
なるほど。
そう言うことだったのね。
ジョルジュなら言いそう。
納得した私は曲が終わるとニコラスにエスコートされたままダンスフロアを後にしたのだけど……。
「ごきげんよう、ニコラス様」
こちらに近寄って来た女性に声をかけられ、私たちは歩みを止めた。
白金の髪に紫の瞳の大人びた美人が、若草色のドレスを纏い近付いてきた。
インパクトの強い容姿の彼女は、マーティン侯爵家の長女ヘルミナ嬢。
私と同じ十七才だけど、これぞ美人の代名詞的な彼女と、童顔で金茶色の髪に空色の瞳の──良く言っても『かわいいお人形』のような私では、どう見ても同じ歳には見えない。
私がヘルミナ嬢に勝てるのは、胸の大きさくらいなものだろう。
「ごきげんよう、マーティン嬢」
ニコラスが平然と挨拶しているところをみると、面識はあるらしい。
元伯爵令嬢だった私は、彼女から声をかけてもらったことがなく、目下から声がかけられない以上挨拶を許されたこともなかった。
そして今は元公爵夫人。
正確には公爵家の縁者でしかなく、結果ニコラスに紹介されるまで声をかけることができない。
こういうのを八方塞がりというのだろうか?
こんな状況なのに、ニコラスは私を紹介するつもりがないのか、表情を動かすことなく淡々と社交辞令のみで会話をしている。
「ニコラス様? そちらはもしかして……?」
ニコラスの眉尻がピクリと動いた。
何度も名前で呼ばれて不快だったらしい。
ヘルミナ嬢はまったく意に介さないようで、私のことを紹介して欲しそうに小首を傾げて待っている。
「あぁ、兄嫁のレティシアです。レティシア、こちらはマーティン侯爵家のヘルミナ嬢です」
いや、本意ではないからって、そんな嫌そうに紹介されても……。
家族にしか分からないような変化で、確実に自分の意思を私だけに知らせられても困る。
まぁ、それを表に出さないのが公爵夫人なのだから、私も頑張らなくては……。
ちゃんと勉強の成果が出ていると良いのだけど。
「ごきげんよう、マーティン嬢」
「ごきげん麗しゅう存じます。ハミルトン夫人」
言葉は丁寧だけどなぜか棘のあるこえで挨拶され面食らう。
それもそうか。
だってヘルミナ嬢のドレスは若草色。
きっと婚約者でもない人がニコラスの瞳の色──深緑の色を着るわけにはいかないから、苦肉の策で最も近い色を選んで着ているのだろう。
その意中の彼が、兄嫁と言えども血の繋がらない女性をエスコートしているのだから、面白くないに違いない。
「ニコラス様が女性連れなんてめずらしいから、どなたなのかと噂になってましてよ?」
「そうですか。義姉上はしばらく振りですからね」
「でも、前ハミルトン公爵とも参加していらしたのに、不思議ですわねぇ……」
暗に影が薄いと言っているのだろう。
何も分からない無邪気さを装っている分タチが悪い。
「以前参加していた時は、あまり兄上が紹介したがらなかったので、ご挨拶していない方も多いのでしょう」
「まぁ、そうなのですか」
ニコラスの言うことには逆らわず神妙に頷いたあと、私に向き直ってヘルミナ嬢は言った。
「では今夜はぜひ、多くの殿方のお相手を務められたようが宜しくてよ?」
「そう……ですわね。ご心配ありがとう存じます」
「義姉上……」
ニコラスは静かに首を横に振る。
ほかの人には気が付かれないように気を付けていても、ヘルミナ嬢は見逃さないらしい。
僅かに眉根を寄せて私を睨め付けた。
そんな目で見られても、私にはどうすることもできない。
でも、彼女はとにかくこの場から私を遠ざけたいのだろう。
困ったなぁ。
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