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31 夜会②
しおりを挟むちょうどその時、タイミングよくジャスティンが現れた。
「義姉上。ご無沙汰しております」
「まぁ、ジャスティン。見違えたわ! 近衛の制服、とても似合っているわよ」
ジャスティンは褒められて嬉しいのか、微かに口角を上げた。
彼は夫の弟、私の一才歳上の十八才で、近衛隊所属の騎士だ。
今日も会場警備か何かを兼ねているのだと思うが、ハミルトン家の一員らしい綺麗な金髪をすべて撫で付け、蒼色の鋭い瞳で彼らしいシャープな美しさを見せている。
華やかなニコラスとは正反対のイメージで、言われなければ兄弟だと気が付かない人もいるだろう。
半年ほど見ない内に近衛で鍛えられたのか、体が一回り大きくなってようで、鍛えられた体に程よく筋肉が付いているのが服の上からでも分かった。
嫁いできたころは同世代の少年で、本当の兄妹か従兄妹同士にしか見えなかったが、今の彼とではそうはいかない。
迂闊に外で声をかけたら変な誤解を受けそうなほど、彼は短期間の間に大人びてしまった気がする。
「ジャスティン様。折角ですから、踊りに行ってきてはいかがです?」
「え?」
急にヘルミナ様に言われてびっくりした。
ジャスティンはこの状況がまだよく理解できていない上に──挨拶も会釈しかしていない状況で、こちらもどうしたら良いか分からないようだ。
二人で顔を見合わせ、私たちはニコラスに助けを求めた。
「ニコラス様は今しがた、ハミルトン夫人と踊ってらしたのですもの、今度は私をお相手してくださいな」
人の目のあるこんな場所で大っぴらに言われては、ニコラスも断れないと踏んでの言動なのだろう。
「兄上、折角ですので、義姉上をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「……チッ……」
ニコラスが舌打ち!?
ジャスティンの提案にでは……ないだろうな。
絶対にヘルミナ嬢と踊るのが嫌なんだ。
でも、ここでヘルミナ嬢を自然な流れで拒否するのは難しい。
「わ、私、ジャスティンと踊って参りますわ」
「お手をどうぞ……」
私はもうどうにでもなれといった気分で、ジャスティンと一緒に逃げた。
背後でニコラスがどんな顔をしてようが、もう知らない。
あとは自分で何とかしてください。
「諦めて踊るみたいだ」
「仕方ないわよ」
「俺がいけなかったのか?」
「……そんなことはないと思うけど……」
チラッとニコラスの様子を窺うと、ヘルミナ嬢が積極的に体を寄せてダンスホールの中に入っていった。
笑っているが、明らかに目が死んでいる。
「ヘルミナ嬢って、ニコラスの婚約者候補なのかしら?」
「えっ? いや、それはないな」
「無いの? そんな断言するほど?」
「彼女は確か、長女だろ? 公爵になったニック兄上には嫁げないだろ?」
「でも、彼女全然諦めて無い感じだったけど?」
「そうなんだよな。まさか、実家を継がずに嫁に来るつもりとか……?」
「えぇっ。それなら、義妹になるかもしれないの?」
びっくりした私が焦ってジャスティンの肩口辺りで囁くと。
「落ち着けって。だから、ニック兄上が気に入らなかったら、そもそも結婚なんてしないだろ?」
「そ、そっか。そうよね」
「それより……レティシアはどうするんだよ」
「わ、私?」
「そうだよ。言い方悪いけど、兄上はどんなに頑張ったって、長生きはできないんだろ?」
「それは……そうだけど……」
「その時だけど……。俺たちは、ずっと居てくれて良いと思ってるんだぞ?」
「ニック兄上が結婚しても……俺が絶対味方になるから……」
思いもかけない話をされて、私はジャスティンを見詰めた。
まさかこんな場所でそんなことを言われるとも思ってなかった。
どうして今?
その気持ちが分かったのだろう。
ジャスティンは困ったように眉根を寄せ、息を吐く。
「いま言っとかないと、レティシアは今日この会場で変な令嬢に嫌味とか言われても、言い返さないような気がしてさ」
「やだ私、いつもなら言い返すように見えるの?」
「そう言うんじゃなくて……言い返さなくても……凹んでかえるかもしれないだろ?」
「……ジャスティンて、優しかったのね」
「何だよそれ、今まで優しくなかったみたいな言い方すんなよ」
「ふふふ。ごめんなさい。でも、こんなに気を遣ってもらえるとは思ってなかったから……。ありがとう」
「……まぁ、何でも良いよ。とにかくレティシアは、ハミルトン公爵家の一員なんだから。公爵夫人じゃなくたって、堂々としてろよ?」
「……分かった」
ダンスの最中で良かった。
ステップにも気を割いてたから、泣かないで済んだ気がする。
あの女嫌いで、ジョルジュの婚約者になったばかりの頃のジャスティンからは考えられないくらい打ち解けられて、何だかとっても嬉しい気持ちになった。
きっと私が本当にジョルジュが好きで、公爵家の地位やお金目当てでは無いって分かってもらえてからだと思うけど……。
あれ?
そう考えると、今の私とニコラスのことをジャスティンが知ったら?
それはマズい気がする。
ジャスティンは一途な女性でないと受け入れないように思うんだけど……。
今は近衛騎士の宿舎に居るから良いけれど、彼が屋敷に帰って来る時には絶対に分からないようにしなければと思うのだった。
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