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32 夜会③
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ジャスティンと踊ったあとはニコラスと挨拶まわりすると思っていたのだけれど、それはそうやら無理そうだ。
彼は今、別の令嬢と次の曲を踊り出したから。
しかもヘルミナ嬢はそれが気に食わないらしく、怖ーい目で睨んでいる。
「あれはしばらく帰って来られないんじゃないかな?」
「そうね。無理矢理迎えに行ったらご令嬢方にどんな目に合わせられるか……想像したくないわ」
ジャスティンと困惑顔で見合わせた。
今日の予定は大幅に狂いそうだし、そうなると私は時間を持て余しそう。
ダンスを受けるにしても、ニコラスが『踊ってきてはどうですか?』と私を貸し出すことで『今後も貴方と交流します』と言う意味がある以上、誰彼無しにお受けできないのだ。
「困ったわ。これじゃあ社交の意味がないじゃない……」
「仕方ないな。ニック兄上が帰るまで俺と一緒に居るか、誰か友だちか知り合いのところに行くしかないだろ」
ジャスティンが一緒だと心強いけど、彼は会場の警備を兼ねて参加しているはずで、私の相手だけさせて良いはずがない。
「ジャスティンは仕事があるでしょう? 壁の花になってニコラスを待つわ」
「それは……」
「大丈夫よ。心配しないで?」
渋るジャスティンを言いくるめて、私たちはとりあえず壁際を目指して歩き出した。
* * * * *
私はジャスティンと別れ、壁際に立ってニコラスの帰りを待っている。
彼は人気者らしく、何度もこちらへ帰って来ようとして途中で阻まれることを繰り返していた。
こうなると波に攫われながら懸命に岸を目指す子どもを応援する気分で、見守るしかできない私はハラハラドキドキだ。
頑張って!
あと少し!
あ~惜しい……。
かわいそうではあるんだけど、あまり焦ったり困ったりする顔を見せないニコラスだけに、ちょっと面白くて笑いそうになる。
そんな不謹慎なことに楽しみを見つけていたのが悪かったのか。
ニコラスに本日最大の難関が立ち塞がってしまった。
* * * * *
〈ニコラスside〉
「ごきげんよう、ニコラス」
聞き覚えのある声に振り返ると、そこに居たのは厄介な相手──王女殿下が御出でになっていた。
「コーネリア殿下。ごきげん麗しゅうお過ごしと存じ上げます。今宵殿下にお会いできるとは、この上なき僥倖と心得ます」
「楽しい夜会です。無礼講に致す故、心易くお話しなさい」
今夜は欠席と聞いていたのに、なぜここに?
できることなら会いたくはなかったが、まぁ来てしまったのなら仕方ない。
不敬に当たらないことだけを念頭に、最低限の挨拶に止めることにした。
「私聞いたのですけれど、ニコラスは公爵を襲爵したというのは本当なのかしら?」
しかしこの王女殿下はこちらの思惑など意に介さないらしい。
会場の端ではあるが、人の耳目を憚らずデリケートな話を始めてしまった。
「はい。先日陛下よりお許しも頂きました」
「そう。それではそろそろ伴侶が必要ね?」
「……それは我が兄が未だ存命ですので、相談して決めることになるでしょう」
暗に自分の一存で決まらないと言ったのだが、この方に通じているのか?
そして次の一言は私の背筋を凍らせるようなものだった。
「そう。でも……ニコラスが公爵ならば、王族から降嫁してもおかしくないわね?」
「……しかし、今のところ婚約も決まっていない妙齢の殿下はいらっしゃりませんから。それは杞憂でしょう」
まさかとは思いますが、コーネリア殿下は自分の婚約を撤回なさるおつもりではないでしょうね?
国王陛下が許可しないだろうとは思うが、警戒しなければマズいかもしれない。
私は兄上との約束は守る。
それにレティシア以外と結婚したいとも思っていない。
ただ相手が王族であれば絶対はあり得ないだろう。
「あら、本当に……うっかりしておりましたわ」
オホホ、と笑うコーネリア殿下が不気味に見える。
「それはそうと……折角だからニコラスの公爵を私も祝わせてもらいましょう」
「……ありがとう存じます」
怪しくはあるが、そう指摘するわけにもいかない。
私は注意して給仕から自分で選んでグラスを取り、コーレリア殿下の乾杯でそれを飲み干した。
「そうそう、別室に祝いの品を用意しています。私のエスコートをする栄誉と共に与えましょう」
「……殿下、お手をどうぞ」
今日はいつもの殿下のように気まぐれな行動と見せかけて、すべて仕込み済みらしい。
全く抜け出る隙がなくて、殿下の言う通りに動かざるを得ない状況に陥っている。
こんなことは初めてで、誰かブレーンが付いたとしか思えないやり方だった。
私は屈辱的な思いを抱え、コーネリア殿下の御手を乞うて用意された応接間へと歩いて行くことになった。
* * * * *
〈レティシアside〉
私は呆然としてその様子を眺めていた。
コーネリア殿下といえば御年十九才。
幼い頃から隣国フライディン王国の第二王子と婚約していて、正式な婚姻の日取りが発表されるのも時間の問題と言われる姫君だ。
まさか彼女がニコラスを狙っているとは思っていなかった。
自国の王女からの打診を理由なく断れる貴族など存在しないだろうから、もしコーネリア殿下が望めば、高い確率で降嫁が決まる。
無理な材料は今ある婚約で、これはそう簡単に覆せないだろうと思っていた。
それが……。
「ニコラスがまだ戻らないの」
「コーネリア殿下に連れて行かれたんだよな?」
「そうよ。お祝いの品を渡したいって……」
私はニコラスが中々戻って来ないことを不安に思い、ジャスティンに相談に来ていた。
ジャスティンはすぐに別の近衛騎士に聞いて、ニコラスの情報を集めようとしたが、コーネリア殿下と一緒にいた騎士は別の部隊らしく、どこへ行ったのか知っている者はここにいなかった。
私とジャスティンは二人でニコラスを探しに出る。
「どこに行ったのかしら?」
「ニック兄上の妻の座を狙ってる人はたくさんいるけど、コーネリア殿下までとは思わなかった」
「殿下の離宮かしら?」
「あそこは外を通るから、誰かに絶対見られるはずだ。誰も見てないなら、本宮のどこかだと思うんだけどな」
私たちは本宮の二階──休憩室辺りが怪しいと踏んで調べた。
でもどこも鍵が掛かっていて、どうやらお楽しみ中らしい。
鍵が掛かってないほうが少なくて、もし連れ込まれているならもうお手上げ状態だった。
これ以上探すつもりなら令状が必要なので諦める。
「もしかして、馬車まで逃げたとかないかな?」
「ウチの馬車?」
「ニック兄上は前に、しつこい踊り子から逃げるのに、会場内だと見つかるって言って、馬車の中に隠れていたことがあるんだ」
「は? だって……隠れるくらいなら、そのまま帰れば良いのではないの?」
「その時は兄弟三人で一緒に乗ってきたから、一人で帰らず待ってたんだよ」
「……それなら!?」
「行ってみよう」
「ひゃあ!」
いきなりひざ裏をすくい上げられ、変な声が出た。
「掴まって口閉じてて」
私の移動速度にイライラしていたらしいジャスティンは、私を抱き上げ全力疾走で、人気のない使用人通路を走って行った。
彼は今、別の令嬢と次の曲を踊り出したから。
しかもヘルミナ嬢はそれが気に食わないらしく、怖ーい目で睨んでいる。
「あれはしばらく帰って来られないんじゃないかな?」
「そうね。無理矢理迎えに行ったらご令嬢方にどんな目に合わせられるか……想像したくないわ」
ジャスティンと困惑顔で見合わせた。
今日の予定は大幅に狂いそうだし、そうなると私は時間を持て余しそう。
ダンスを受けるにしても、ニコラスが『踊ってきてはどうですか?』と私を貸し出すことで『今後も貴方と交流します』と言う意味がある以上、誰彼無しにお受けできないのだ。
「困ったわ。これじゃあ社交の意味がないじゃない……」
「仕方ないな。ニック兄上が帰るまで俺と一緒に居るか、誰か友だちか知り合いのところに行くしかないだろ」
ジャスティンが一緒だと心強いけど、彼は会場の警備を兼ねて参加しているはずで、私の相手だけさせて良いはずがない。
「ジャスティンは仕事があるでしょう? 壁の花になってニコラスを待つわ」
「それは……」
「大丈夫よ。心配しないで?」
渋るジャスティンを言いくるめて、私たちはとりあえず壁際を目指して歩き出した。
* * * * *
私はジャスティンと別れ、壁際に立ってニコラスの帰りを待っている。
彼は人気者らしく、何度もこちらへ帰って来ようとして途中で阻まれることを繰り返していた。
こうなると波に攫われながら懸命に岸を目指す子どもを応援する気分で、見守るしかできない私はハラハラドキドキだ。
頑張って!
あと少し!
あ~惜しい……。
かわいそうではあるんだけど、あまり焦ったり困ったりする顔を見せないニコラスだけに、ちょっと面白くて笑いそうになる。
そんな不謹慎なことに楽しみを見つけていたのが悪かったのか。
ニコラスに本日最大の難関が立ち塞がってしまった。
* * * * *
〈ニコラスside〉
「ごきげんよう、ニコラス」
聞き覚えのある声に振り返ると、そこに居たのは厄介な相手──王女殿下が御出でになっていた。
「コーネリア殿下。ごきげん麗しゅうお過ごしと存じ上げます。今宵殿下にお会いできるとは、この上なき僥倖と心得ます」
「楽しい夜会です。無礼講に致す故、心易くお話しなさい」
今夜は欠席と聞いていたのに、なぜここに?
できることなら会いたくはなかったが、まぁ来てしまったのなら仕方ない。
不敬に当たらないことだけを念頭に、最低限の挨拶に止めることにした。
「私聞いたのですけれど、ニコラスは公爵を襲爵したというのは本当なのかしら?」
しかしこの王女殿下はこちらの思惑など意に介さないらしい。
会場の端ではあるが、人の耳目を憚らずデリケートな話を始めてしまった。
「はい。先日陛下よりお許しも頂きました」
「そう。それではそろそろ伴侶が必要ね?」
「……それは我が兄が未だ存命ですので、相談して決めることになるでしょう」
暗に自分の一存で決まらないと言ったのだが、この方に通じているのか?
そして次の一言は私の背筋を凍らせるようなものだった。
「そう。でも……ニコラスが公爵ならば、王族から降嫁してもおかしくないわね?」
「……しかし、今のところ婚約も決まっていない妙齢の殿下はいらっしゃりませんから。それは杞憂でしょう」
まさかとは思いますが、コーネリア殿下は自分の婚約を撤回なさるおつもりではないでしょうね?
国王陛下が許可しないだろうとは思うが、警戒しなければマズいかもしれない。
私は兄上との約束は守る。
それにレティシア以外と結婚したいとも思っていない。
ただ相手が王族であれば絶対はあり得ないだろう。
「あら、本当に……うっかりしておりましたわ」
オホホ、と笑うコーネリア殿下が不気味に見える。
「それはそうと……折角だからニコラスの公爵を私も祝わせてもらいましょう」
「……ありがとう存じます」
怪しくはあるが、そう指摘するわけにもいかない。
私は注意して給仕から自分で選んでグラスを取り、コーレリア殿下の乾杯でそれを飲み干した。
「そうそう、別室に祝いの品を用意しています。私のエスコートをする栄誉と共に与えましょう」
「……殿下、お手をどうぞ」
今日はいつもの殿下のように気まぐれな行動と見せかけて、すべて仕込み済みらしい。
全く抜け出る隙がなくて、殿下の言う通りに動かざるを得ない状況に陥っている。
こんなことは初めてで、誰かブレーンが付いたとしか思えないやり方だった。
私は屈辱的な思いを抱え、コーネリア殿下の御手を乞うて用意された応接間へと歩いて行くことになった。
* * * * *
〈レティシアside〉
私は呆然としてその様子を眺めていた。
コーネリア殿下といえば御年十九才。
幼い頃から隣国フライディン王国の第二王子と婚約していて、正式な婚姻の日取りが発表されるのも時間の問題と言われる姫君だ。
まさか彼女がニコラスを狙っているとは思っていなかった。
自国の王女からの打診を理由なく断れる貴族など存在しないだろうから、もしコーネリア殿下が望めば、高い確率で降嫁が決まる。
無理な材料は今ある婚約で、これはそう簡単に覆せないだろうと思っていた。
それが……。
「ニコラスがまだ戻らないの」
「コーネリア殿下に連れて行かれたんだよな?」
「そうよ。お祝いの品を渡したいって……」
私はニコラスが中々戻って来ないことを不安に思い、ジャスティンに相談に来ていた。
ジャスティンはすぐに別の近衛騎士に聞いて、ニコラスの情報を集めようとしたが、コーネリア殿下と一緒にいた騎士は別の部隊らしく、どこへ行ったのか知っている者はここにいなかった。
私とジャスティンは二人でニコラスを探しに出る。
「どこに行ったのかしら?」
「ニック兄上の妻の座を狙ってる人はたくさんいるけど、コーネリア殿下までとは思わなかった」
「殿下の離宮かしら?」
「あそこは外を通るから、誰かに絶対見られるはずだ。誰も見てないなら、本宮のどこかだと思うんだけどな」
私たちは本宮の二階──休憩室辺りが怪しいと踏んで調べた。
でもどこも鍵が掛かっていて、どうやらお楽しみ中らしい。
鍵が掛かってないほうが少なくて、もし連れ込まれているならもうお手上げ状態だった。
これ以上探すつもりなら令状が必要なので諦める。
「もしかして、馬車まで逃げたとかないかな?」
「ウチの馬車?」
「ニック兄上は前に、しつこい踊り子から逃げるのに、会場内だと見つかるって言って、馬車の中に隠れていたことがあるんだ」
「は? だって……隠れるくらいなら、そのまま帰れば良いのではないの?」
「その時は兄弟三人で一緒に乗ってきたから、一人で帰らず待ってたんだよ」
「……それなら!?」
「行ってみよう」
「ひゃあ!」
いきなりひざ裏をすくい上げられ、変な声が出た。
「掴まって口閉じてて」
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