ポケットの中の追憶

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山尾祐希やまおゆうきは彼女を待っている間、「結婚」に向けての段取りを頭の中で整理していた。

今夜は初デートだから、まずはお互いの嗜好や価値観を確認し合う。
来月には旅行に行って、関係を深める。
三ヶ月後のお盆は一緒に帰省して、彼女を両親に紹介しよう。
できれば一年以内に結婚したい。

もう決めたのだ。「未来」のためにー。

「山尾さん」
人混みの中、戸田尚美とだなおみが駆け寄ってくる。
祐希は彼女と一緒に、夕食を予約しているレストランに向かって、華やぎ始めた週末の繁華街を歩き出す。

「でも、いまだに信じられないなあ。一番人気があってライバルも多かった山尾さんがまさか私を選んでくれたなんて...」
隣を歩く彼女はそう言い、祐希を見る。
黒目がちな瞳が仔犬のようで可愛い。思わず子供の顔を想像をしてしまう。
物言いがはっきりしている快活さや自立していることなど、内面を重視して選んだつもりだが、このつぶらな瞳が大きな決めてとなったのは間違いない。
とはいえ、「君とならかわいい子供を作れると思ったんだ」と正直に言えば、彼女に引かれてしまうだけだろう。祐希は微笑みを返すだけにとどめた。
彼女は照れたように目を逸らし、「山尾さんってモテるでしょ」と言う。
「え?」
「今さら言うのもなんだけど、なんで婚活パーティーに参加したの?」
彼女は軽い口調で訊いてきたが、向けられた視線には探りを入れるような粘り気がある。
「だって山尾さんイケメンだし、しかも職業が公認会計士って、モテないわけないでしょ。だからずっと疑問だったんだ。わざわざ婚活しなくても言い寄ってくる女性はいっぱいいたんじゃないの?」
「そんなにモテないよ」と祐希は一応、儀礼的に謙遜する。
女子受けがいい外見をしていることは自覚しているし、出会いに困っているわけではなかったが、わざわざ婚活パーティーに参加した理由は、これに尽きる。

結婚を前提にした関係の方が面倒くさい恋愛期間を短縮して結婚できるから。

もちろん、そんな軽薄な本音を言えるわけもなく、こういう質問が来ることを予想していた祐希は、用意していた返答を彼女に言う。
「結婚願望はずっとあったんだけど、いい出会いがなかなかなくてさ。今年、三十になるし、本気で婚活しようって思い立ったんだ」
「ああ、私も」
彼女は頷いている。共感してくれたようだ。
「私も結婚願望はあったんだけど、まわりにいい人がいなくて。三十近くなって、本気で婚活しないとって焦って、子供のこともあるし」
「そうそう、子供も早く欲しいし」
子供の話になり、つい前のめりになってしまった。
「私も早く欲しい」
戸田尚美は頬を緩ませた。
今、彼女の脳裏には幸せな未来が駆け巡っているのだろう。
祐希は後ろめたい気持ちになる。
「結婚」という未来に一歩踏み出した今でも迷いや不安はまだある。

...でも、もう決めたのだ。
今は前に進めよう。

祐希は自分にそう言い聞かせながら前方に視線をやった。目的地のレストランが見える。食事をした後、バーで飲んで、次のデートの約束をして...。
向かいから歩いてくる長身の男が視界に入ったのは、この時だった。
その顔に見覚えがあった。連れの女性が腕を絡ませている。恋人のようだ。二人ともこれから高級レストランに行くような品のある服装だった。
長身の男と距離が近付いて、やっぱりそうだと確信する。

三島陽一みしまよういち。三島先輩だ。

祐希の熱視線に気付いたのか、すれ違いざまに目が合った。が、三島は目を逸らし、そのまま通り過ぎて行った。
覚えているわけないよな。
祐希は落胆しつつも懐かしい記憶に引きずられるように振り返り、彼の後ろ姿を目で追っていた。

振り向いてくれないかな。あの頃みたいに。

そんな甘酸っぱい期待をよぎらせた瞬間、三島が振り返り、再び目が合った。
祐希は足を止める。
「山尾さん、どうしたの」
彼女が話しかけてきたが、それどころではない。
「あれ、もしかして」
三島がそう言いながら近付いてくる。
そして、祐希の前で立ち止まり、「やっぱり、山尾だよな」と白い歯を見せた。
その爽やかな笑顔は、あの頃と変わらなかった。
「は、はい。お久しぶりです。三島先輩」
覚えててくれたんだ。あまりにも嬉しくて、思わず彼に抱き付きたくなるが、もちろんそんなことはしない。
「本当に久しぶりだな。卒業以来だから十三年ぶりか。でもお前、変わらないな」
「先輩も相変わらず...」
モデルのようにスラリとした体型、端正な顔立ち。
完璧と言える容貌は今も健在であったが、なにより歳を重ねた色気を纏い、あの頃より魅力が増していた。
「お知り合いの方?」
三島の後ろから連れの女性が声をかけてきた。
「ああ、彼は高校の後輩の山尾祐希くん。偶然、見かけてさ。あ、山尾、紹介するよ。彼女は俺のフィアンセの高野麻衣子たかのまいこさん」
三島にフィアンセと紹介された連れの女性は「初めまして」と微笑んだ。すごい美人だった。
「初めまして。後輩の山尾です」
祐希も笑顔を造ろうとしたが、フィアンセの華やかなオーラに圧倒され、うまく笑えない。
「そちらの彼女は山尾の恋人かな」と三島が戸田尚美に目を向けた。
「あ、えっと」
彼女をどう紹介しようかと言葉に詰まる。
「初めまして。戸田です。山尾さんとは婚活パーティーで知り合って、今日は初デートなんです」
代わりに彼女が説明してくれた。
「そ、そうなんです。知り合ったばかりで、恋人というか、まだそんなに親しくはないんですけど...」
祐希も説明を加えるが、なんだか言い訳じみた言い方になってしまう。
「あら、そうなの?そんな大事な初デートを邪魔しちゃ悪いわ」
フィアンセが気を遣うように言ったが、早く行こうと三島を促しているのが透けて見えた。
「ああ、そうだな」
三島はそう答える。が、祐希から視線を外さない。
見つめられ、心臓が跳ね上がり、胸の高鳴りとともにあの日の記憶がよみがえる。

ずっと胸の奥にしまっていた。
ずっと訊きたかった。
あの日の真実ー。

「あ、あの、先輩、あの日...卒業式の...放課後...ポケットに...」
完全に舞い上がってしまった祐希は思わず口にしそうになったが、すぐに冷静になり、「なんでもないです」とお茶を濁した。
「もうそろそろ行かないと遅れるわよ」
「ああ」
フィアンセに再度促された三島は腕時計を見て、祐希に視線を戻した。
「じゃあな」
最後にまた爽やかな笑顔を見せ、「山尾、がんばれよ」と激励するように祐希の肩を叩いた。

別れはあっけなく、フィアンセと一緒に去っていく三島の後ろ姿を祐希は呆然と見ている。
「すっごくかっこいい人だったな。フィアンセの方もすっごい美人だったし」
戸田尚美も二人に視線を向けたまま、ため息混じりに言う。
まだドキドキしている。
まさか、こんなところで三島先輩と再会するなんて。覚えてくれていたなんて。
高揚した気持ちを抑えられず、つい彼のことを話してしまう。
「高校時代の二個上の先輩で、同じテニス部だったんだ。先輩はキャプテンで代表に選ばれるくらいうまかったし、それに生徒会長もやってたんだ。勉強もできて、スポーツも得意で」
「ええ!テニス部のキャプテンと生徒会長もやってたの?あんなにかっこいいのに、完璧過ぎる」
彼女が目を輝かせながら言う。彼が大企業の御曹司でもあることも知れば、悲鳴をあげるかもしれない。
「ああ、そうなんだ。彼は完璧だった。あの頃からかっこよくて、ほんと素敵だったんだよ」
「その言い方、まるで初恋の人みたい」
彼女は冗談で言ったのだ。分かっていたが、少し動揺する。
まさに初恋の相手だったのだから。
「俺たちも行こうか」
祐希は彼女にそう言いながらも高鳴る胸は治まらず、人混みに紛れて見えなくなるまで三島から目を離せなかった。

さっき叩かれた肩の熱はまだ消えない。
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