ポケットの中の追憶

SA

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産まれたのが数秒の差でしかない一卵性双生児とはいえ、兄と弟という立場が影響するのか、性格は全く違っていた。
祐希は慎重なのに対し、弟の光輝はあまり考えずに行動するタイプ。
良く言えば豪快。悪く言えばいい加減。
でも、裏表のない明るい性格だからか友人も多く、スポーツが得意だったこともあり、とにかくモテていた。
ただ、勉強は苦手で、一緒に通っていた塾も途中でやめ、ギリギリ入れた高校も結局、中退した。それからバイト先で知り合った年上の女性の部屋に入り浸りになり、家に帰って来なくなった。
久しぶりの再会は、祐希が大学に進学し、一人暮らしを始めた年の夏。
喧嘩して彼女から追い出された光輝を仕方なく部屋に上げたあの雨の日だ。
あの日、祐希は機嫌が悪かった。
「昔、男に告られたことがあって、気色悪いって言ってやった」と笑っていた友人を咎めることができずに、同じように笑ってしまった自分に腹が立っていたし、これからもこういうその場のノリで、自分を否定する言動を繰り返さなければならないのかと、気が滅入っていたのだ。
ベッドに寝転んでゲームをしている光輝に、「お前、もうちょっとちゃんとしろよ」と説教しながら、溜まっている鬱憤を好き勝手に生きる弟にぶつけていたことは自覚していた。
いつの間にか、激しい口論になって、「出てけっ」と怒鳴っていた。
「俺だってちゃんと考えてる。好きな女くらい幸せにする」
最後にそう言い捨て、光輝は出て行った。
外は土砂降りに雨。
弟はまだ十八だった。
そのすぐ後、だ。
交差点を渡っていた光輝は右折してきた車にはねられ、死んだ。
スピードオーバーだったのは確かだが、大雨のせいで視界が見えづらかったと、運転手は言ったらしい。


ベッドの上で目が覚めて、祐希はすぐに違和感に気付く。
見覚えのないワンルームタイプの部屋を見まわした。
どこだ。誰の部屋だ?そういえば、昨日...。居酒屋で飲んでからの記憶が途切れていた。
上体を起こすと、キッチンでペットボトルの水を飲んでいる男と目が合う。
「あ、起きた?おはよう」
マツケンは冷蔵庫から五百mlのペットボトルをもう一本取り出し、こっちに近付いてくる。
風呂に入っていたのか、パンツ一枚で、バスタオルを首に巻いている。
ガタイがいいことは服の上からでも分かったが、想像より筋肉質で鍛えられた肉体をしていた。
「飲めよ」とマツケンがペットボトルを差し出した。
喉が渇いていた祐希は遠慮なく受け取って、一気に飲み干した。
「ありがとう」と水のお礼を言い、続けてマツケンに謝る。
「俺、酔って潰れてしまったんだな。ごめん。迷惑かけて」
「いいって。見ず知らずの他人とはいえ、酔って潰れたあんたを置いて帰るわけにはいかなかったしな。それより、なんで俺のあだ名知ってたんだ?」
マツケンはズボンに足を通し、着替えを始めている。
「酔ってて覚えてないかもしれないけど、帰りのタクシーの中で俺のこと何度もマツケンって言ってたんだぜ」
「あ、それは」
祐希が説明すると、マツケンは手を叩いて笑う。
「なんだ。マツケンっていう体育教師に似てたからか」
「じゃあ、本当にマツケンってこと?」
「ああ。学生の頃、マツケンってあだ名で呼ばれてた」
「マジかよ」
思わず祐希も笑いそうになったが、着替えを終えたマツケンを見て、見たままを口にしていた。
「なんで野球のユニホーム着てるんだ」
「ああ」
野球のユニホームを着たマツケンは、壁のフックに引っ掛けていた野球帽をかぶり、「今から試合なんだ」と言った。
ガタイがいいと思ったら、野球やってたのか。
「試合って、どこかのチームに入ってるの?」
「あ、選手じゃなくて、俺、少年野球の監督してるんだ」
「監督?へえ...」
教える側でもそれはそれですごいことだ。
いや、感心している場合ではない。
祐希は慌ててベッドから降りて、腕時計で時間を確認する。
九時過ぎていた。
「悪い。こんな時間まで寝ちゃって。試合は何時から?」
「そんなに慌てなくてもいいよ。試合は午後からだし、準備があるから早めには出るけど、コーヒーを飲む時間くらいはあるよ。淹れようか」
「いや、いいよ。いろいろ迷惑かけてしまったし、これ以上は...」
酒のせいで、いろいろ喋ってしまったな。
これまで誰にも話したことがなかった弟のことも...。
名前も知らない赤の他人に、心の奥まで覗き込まれてしまったようで、なんだか落ち着かない。
「あのさ、昨日のことは全部、忘れてくれ」
祐希がそう言うと、マツケンは白い歯を見せ、笑った。
ユニホームを着ているからか、高校球児のように爽やかだ。
「ああ。俺も見ず知らずの他人だと思って、不躾にいろいろ言っちゃったからな。お互い忘れよう」

一緒にアパートを出ると、昨日とは打って変わって青空が広がっていた。
「あ、傘」祐希はふと気付く。
「あ、俺も。居酒屋出る時、雨止んでたから」マツケンも居酒屋に傘を置いてきてしまったようだ。
「まあいいか。晴れてるし」
祐希がそう言うと、マツケンは空を仰ぎ、「そうだな。今日は試合日和だ」と帽子を深くかぶり直した。
試合が行われる球場施設は近所にあり、そこまで自転車に乗って行くという。
「じゃあ」
彼とはそこで別れた。

アパートから最寄りの駅まで五分もかからない距離だったが、途中でタクシーを拾い、そのまま自宅に直行することにした。少々高くつくが、乗り換えの面倒より楽を取った。
その車内で祐希は肝心なことに気付く。
立て替えてもらっていた居酒屋の代金は返したが、タクシー代のことは忘れていた。
居酒屋からの距離を考えれば、なかなかの金額になっただろう。
言えばいいのに。
お人好しなのか。お節介バカなのか。
まあ、悪いやつじゃないんだろうな。
名前も名乗らずに別れてしまった。
祐希は空を見上げた。

快晴だ。

確かに今日は、試合日和だ。
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