ポケットの中の追憶

SA

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祐希はベンチに座り、腕時計を見る。
ちょうど約束の時間だった。
三島はまだ来ていない。
いつも待たされていた。最後まで...。
希望通り、今日は晴天だった。
気温も上がり、日曜日の公園は賑やかだ。
この場所を選んだのは祐希だった。
後ろ暗い関係の終わりには、晴れ渡った青空が似合う。

「すみませーん。ボール投げてください」
突然、声をかけられる。
足元に野球のボールが転がってきた。
祐希はボールを手に取り、手を上げている野球帽をかぶった少年に投げ返した。
ボールを受け取った少年が「ありがとう」と白い歯を見せた。
少年野球クラブの子供たちを思い出す。
焼肉を奢って以来、焼肉の兄ちゃんと子供たちから呼ばれるようになった。
もう焼肉はこりごりだが、ジュースやアイスの差し入れは時々している。
今日も午後から試合があり、もちろん応援に行く。
祐希は澄んだ秋の空を見上げた。
試合日和だ。

三島は十五分ほど遅れて現れた。
「遅くなって悪いな。出かける時、妻に捕まってね。またひとりで出かけるのかって嫌味を言われたよ」
隣に座った三島はそう言って、長い脚を組む。
おしゃれな革靴は先まで磨かれている。休みの日でもやっぱり隙はない。
「で、大事な話って?」
「あの...」
「まあ、予想は付いてるけどね。関係解消したいってところだろ」
「はい...」
関係解消。まるで仕事の話のような言い方。
最後までこのスタンスなんだな、と逆に気が楽になり、祐希は正直に言う。
「好きな人ができたんです」
「そうか...」
端正な横顔は感情が読めない。
「その男と付き合ってるのか?」
「はい」
「だから最近、会ってくれなかったんだな」
「彼女とも別れました」
数秒の沈黙。これは意外だったのかもしれない。
「結婚もやめるってこと?」
「はい」
別れを告げた時の戸田尚美の驚きと悲しみの表情がよみがえり、胸が痛む。
別れる原因が彼女のせいではないことを伝えるため、自分がゲイであることや弟のことも含め、全部話した。

「子供が欲しかったから、好きでもないのに結婚しようと思ったの?私、嬉しかった。あなたと出会えて。はしゃいでいた自分がバカみたい」
彼女はそう言って、立ち去った。
いつか自分も周りも壊す。
マツケンがそう言ったように、あのまま結婚すれば、いつか彼女を取り返しがつかないくらい深く傷付けることになっただろう。

「心境の変化があったのは、その男と出会ったからなのか?そいつは俺よりいい男なのか?」
三島はそう言った後、なぜか肩を揺らして笑う。
「やめよう。こんなこと聞いても意味がない」
そう。これは別れ話ではない。
最初から始まってもなかったのだから。
ただ、心境の変化と問われ、祐希は自分の中で答えを探していた。
もちろん、マツケンに出会ったことが大きい。
あれからマツケンとは毎日会っている。
毎日、一緒にご飯を食べて、笑って、怒って、セックスして、そんな普通の日々を過ごしている中で変化していった。
そういうことだろう。
一方で、弟のこと、子供のこと、両親や祖父のことは、まだ消化できずに残っているし、これからも引きずっていくことになる予感はある。
また、心境の変化が訪れるかもしれない。
これからのことは分からない。
でも、ただ、今は...。

彼と毎日、一緒にいたい。
今はただ、それだけ...。

「分かったよ。関係を解消しよう」
三島はそう言って、立ち上がった。
祐希も立った。
二人は向き合う。

「...正直言えば、残念だよ。俺としては、このままお前と...祐希...」

言葉が止まり、なにか言いたげに黒い瞳が揺れている。
あの時の情景を思い出していた。
卒業式があったあの日の放課後、想いを伝えられずにモジモジしていた十三年前の三島をー。

これは完璧な三島が垣間見せた感情の綻びだった。
完璧に織り上げられた綾絹からほつれた一本の糸。
その糸に手を伸ばしたくなる自分もいる。
引っ張って解いたら、彼も楽になるのかもしれない。
もしかして、それを望んでいるのかもしれない。
...でも、分かっている。

「これ以上、最低な男になりたくないな」

下を向いて、ため息を吐くと、いつものように三島は爽やかな笑顔を見せた。
そう。これが祐希が憧れた三島陽一なのだ。
「じゃあな。元気で。頑張れよ」
激励するように祐希の肩を叩き、三島は背中を向けた。
そのまま颯爽と歩いて行く。
輝かしい未来が彼の前に続いている。

さよなら。三島先輩。

その背中を見つめながら、ふと思い立つ。
そして、確かめていた。

ポケットには、もうなにも入っていなかった。


[完]
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