ポケットの中の追憶

SA

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「あんなにすごいのか。見た目は子供だけど、胃は立派な大人じゃないか...」
祐希は何度目かのため息を吐く。「試合の後で腹が減っていたのもあるんだろうけど、舐めてたよ、子供の食欲を」
「だから言っただろ」
自転車を押しながら、隣を歩くマツケンが笑う。
「というあんたも人の金だと思って、けっこう食ってたよな。特上カルビにロース...」
「え?」
マツケンは真顔になってとぼけた。

日は暮れて、飲食店が並ぶ通りは街灯に照らされている。
マツケンのアパートと最寄りの駅は同じ方向にあり、焼肉店で子供たちを見送ってから、二人はなんとなく並んで歩いている。
「まあ、いいさ。いい試合見せてもらったし」
半分ヤケクソ気味に言ったが、本音でもあった。
ふと、なにか忘れているなと引っかかる。
すぐに思い出した。結局、あのまま試合に熱中して、彼女に電話してなかったのだ。
胸が塞がれるように息苦しくなった。
とりあえず...。
自宅に戻ってから電話することにした。
今はもう少し試合の興奮に浸っていたかった。
「確かに今日の試合は良かったな。相手もいいチームだった」
マツケンは目を細めて頷いている。
「でも、監督してるあんたもすごいじゃん」
「すごくないよ。少年野球の監督なんて、ほとんどボランティアみたいなもんだし」
「まあ、そうかもしれないけど、でも野球経験はあるんだろ。あんた体格いいし」
何気なく訊いたのだが、表情が微かに強張ったことに気付き、なにか事情があるのだと察知する。
「一応、投手でプロのチームに入ったんだけど、車の運転中に事故に巻き込まれてさ、その時の怪我が原因で野球を続けられなくなったんだ」
マツケンは軽い口調で言った。
辛い経験だからこそ感情を込めずに話しているのだと、祐希には痛いほど分かった。
マツケンは淡々と続ける。
「プロになることだけが目標だったから、きつかったよ。抜け殻みたいになっちゃって。実家のラーメン屋手伝ったりはしてたけど、中途半端にブラブラしてたんだ。で、そんな時、ラーメン屋の常連客の子供が所属してる少年野球クラブの監督やってみないかって話が来て、まあ、いいかって引き受けた。大学野球部の先輩のツテを頼って今は就職もしたけど、空いた時間を使って、とりあえずこういう形でも野球と関わっていられてる」
乾いた風が通り抜け、マツケンの乾いた笑い声も一緒に流れていった。

プロになる夢を断念せざるを得なかった。
あるはずだった未来を引きずったまま、少年野球の監督にとりあえず収まっている。
この男も割り切れないものを抱えているのか...。

「あんたもいろいろあったんだな」
こんなことしか言えないのか、と情けなくなったが、他人はこんなことしか言えないものだ。
「ああ。いろいろあったよ。みんなそうだろ。生きてりゃ挫折も後悔も絶望もある。俺も最初はこんなはずじゃなかったって腐ってたよ。けど、子供たちと接するうちにバカバカしくなってさ。どうせ人生は一度きりだから、その時を楽しもうぜって」
なにかを思い出すように、マツケンは空を仰ぐ。
祐希も何気なく、空を見上げた。
「子供ってさ、振り返るほどの過去はないし、未来も漠然としてる。だから今がすべてなんだよな。だから、あんなに食うし、目の前のことに全力になれる」
見事なヘッドスライディングを決めた三つ編みの子の笑顔が弾け、全力でプレーする子供たちの姿が脳裏に瞬く。
それらは夜空に輝いた。
「あいつらと一緒に野球するのがすげえ楽しい。プロになるとか将来のことを考えずに野球やってた頃を思い出すんだ。ずっと監督続けるかは分からないけど、でも今はこの立場を楽しんでるよ。だからあんたも...なんていうか、人生楽しめよ。てことだよ」
「......」
祐希はマツケンに目を向ける。
マツケンも真剣な眼差しで見つめ返してくる。
「部外者がとやかく言うことじゃないけど、もう一度だけ言わせてくれ。自分の好きなように生きろよ。弟もそう望んでると思うぜ」
照れ隠しなのか、ニッとふざけたように笑い、マツケンは前を向いた。
なんだ。
自分の話をしてるのかと思ってたら、励まそうとしてくれていたのか。
昨夜からの言動を思い返し、祐希はこう結論付ける。
やっぱり、ただのお節介バカだったようだ。
腹の奥がくすぐったくなって、祐希は思わず声を出して笑ってしまった。
「なに笑ってんだよ。人が真剣に話したのに」
「そういや、マツケンっていくつ?」
「え?二十四だけど」
「二十四かよ。そんな若いやつに人生諭されるなんて」
「あんたは?」
「二十九」
「けっこうおっさんなんだな。もう少し若いと思ってた」
「お、おっさん?そんな変わらないだろ」
苦笑いするマツケンに詰め寄った時、着信音が鳴った。
ジャケットのポケットからスマホを取り出す。
三島からのメールが入っていた。

『時間の都合ができた。今から会おう』

「もしかして、例の男から?」
「今から会おうって」
「そう。じゃあ、ここでお別れだな。アパートこっちだから」
マツケンは交差点の横断歩道に向かいながら、手を振る。
「じゃあ、焼肉サンキュー」
「あ、ああ」
信号は青。マツケンは自転車に乗って、横断歩道を渡り始めた。
祐希は焦っていた。
どうしよう。
なにを焦っているのか。
考えている間にもマツケンの背中は遠くなっていく。
青信号が点滅する。マツケンはもう渡り切ろうとしている。
間に合わない。
不意に浮かんだのは、全力で飛び込むヘッドスライディング。
赤になった。と同時に祐希は走り出していた。

車のクラクションを浴びながら、交差点を駆け抜ける。
その騒音にマツケンが振り向いた。
渡りきったところで、「セーフ」と思わず言ってしまう。
「セーフじゃねえよ。アウトだろ。赤だっただろうが」
マツケンは呆れて、笑っている。
「どうした?急に走ってきて」
「ああ、いや、あのさ...」
息を整えながら答えようとするが、口ごもってしまう。
どうしたかったのか、よく分からないまま走り出してしまったのだ。
「あのさ...」
祐希は考えがまとまらないまま言う。
「今日も泊まっていい?」
口から出たのは、それだった。
「え...」
マツケンは驚きながらも、顔を綻ばせる。
「お、おお、いいけど。でも男から連絡あったんじゃないのか」
「あ、忘れてた」
さっき三島からメールがあったことがすっかり頭の中から抜け落ちていた。
自分でもびっくりする。
「忘れてたって」
マツケンは苦笑し、こうも言ってくる。
「それに明日、月曜だけど、仕事は大丈夫か?」
「あ...」
そうか、明日、月曜日だ。
そんなことも忘れていた。
そんな自分がおかしい。
「いいや。とりあえず今は...」
キスしたい。と言葉にする前に、マツケンの方からキスをしてきた。

「明日のことは明日考えよう」
そう言い、マツケンは笑う。
「まあ、どうにかなるか」
祐希も笑った。

それから二人は焼肉店からもらったミントのガムを噛みながら、アパートに向かった。


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