普通、ファミレスで子連れの男をナンパするか⁈〜Oh,my little boy〜

SA

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口先で翻弄してきた男にしては、拍子抜けしてしまうくらい、ストレートな告白だった。
その潔い告白自体には好感が持てたが、一方で、はっきりと言葉にしたことで納得できない部分も浮かび上がる。
「ファミレスで隣り合わせただけで、好きになるなんてことありますか?俺のことなにも知らないのに」
俊哉は思わずこう聞き返していた。
「ええ。確かにそうですね。でもファミレスという日常の中だから分かることもあります」
能條はそう言って、目を細める。
「あなたの息子さんに向ける優しい笑顔、愛情あふれる眼差し。ああ、なんて素敵な人なんだろうと俺は心を奪われたんです」
確かにあの時、食欲旺盛な聡に顔を綻ばせていたかもしれない。が、そんなのどこにでもある光景だ。
「子供に愛情あふれる眼差しを送る父親なんていっぱいいますよ。結局、惚れっぽいだけですよね。こういうことよくしてるんですか」と意地悪く返す。
「惚れっぽいのは認めます」
能條は苦笑する。
「でも、ファミレスで隣り合わせただけの人に惚れたのは初めてでした。だから焦りましたよ。この機会を逃せば、今度いつ会えるか分からないんですから。なんとか知り合うきっかけを作りたいと思ってた時、ちょうどチョコパフェが来て、ついあんなこと言っちゃったんです」
「ああ、あの時...」
チョコパフェを思い出し、突然、能條が割り込んできた一連の出来事がよみがえる。
確かに今一緒に食事をしてるのは、あれがきっかけではある。とはいえ、あまりにも大胆というか軽率な行動は今でも理解できない。
「あの...ゲイが集まる特定の場所なら、百歩譲ってですが、あなたの行動は理解できますよ。でもファミレスで、俺は息子と一緒だった。ファミレスにいる子連れの男なんて、ほとんどストレートだと思うでしょう。なんでそんな大胆なことができるんですか。俺がバ...」
バイセクシャルだと気付いたのか、と口走りそうになる。
余計な情報を与えて、期待を持たせたら厄介だ。
「相手がストレートだろうが、俺は惚れたら、まず行動します。どんな相手でも可能性はあると信じてますから」 
それが能條の答えだった。
よほどポジティブなのか、よほど自分に自信があるのか...。
この男の外見に魅了されたひとりとして、後者の方だと見当をつける。
あんな大胆な行動ができるのは、男にも女にもモテてきた経験があるからだろう。

「実はあなたに嘘をついてることがあるんです」
能條は下を向いて、気まずそうに言う。
「まだあるんですか」と嫌味を返す。
「ファミレスで奥歯が痛いって言いましたけど、あれ、実は嘘なんです。あなたが歯医者さんだと聞いて、もっと知り合うきっかけが欲しくて、つい...」
能條は顔を上げ、「い」を発音する形をつくり、健康的な歯並びを見せた。
そして、「子供の時から、虫歯が一本もないんです」と、胸を張る。
「はあ...虫歯がなくてなによりです」
俊哉は脱力してしまう。
やっぱり変だ。
この掴みどころのない感じ。
この男の身勝手で大胆な行動には、稚拙さがコーティングされている。
ようやく分かったような気がした。
子供なのだ。
相手を翻弄するような言動も用意周到な振る舞いも元を辿れば幼稚な理由が発端なのだ。
まるで目的のために後先考えずに行動する子供。
俊哉は呆れながらも、ふとおかしみが込み上げてきて笑いそうになる。
その緩みを引き締めるように、大きく息を吸い、腹に力を入れる。

そう。大事なのはここからだ。

俊哉は左手を掲げ、結婚指輪を能條に見せた。
「あなたはファミレスで俺と息子の会話を聞いていた。だから、このことも当然、耳に入っていたんですよね」
あの時の会話の中で、聡は冗談混じりにこう言った。
父さんのことが心配でお母さんは天国に行けないんだよ。
この言葉だけで想像できたはずだ。
今思えば、最初から妻の存在を気にしていなかった。
能條は妻の死を知っていたのだ。

「そうです。俺には妻がいましたが、五年前に事故で亡くなりました。でも、俺は今でもこの指輪を外せません。そして、これからもずっと外す気はありません。俺は今でも妻を愛しています。これが俺の返事です」
メガネの奥の黒い瞳が微かに揺れた。
「死んだ人のことなんか俺が忘れさせてあげますよ」そんな下卑たことを言ってくれたら、ここですっぱりとこの男との縁を切ることができる。
俊哉はそう期待した。

「分かってます。その指輪のことも含めて、あなたに惚れたんです」

期待に反して、能條はそう言った。
それは一番言われたくない言葉だった。なにも反論できないじゃないか。

「話はこれくらいにして、とりあえず食べましょう。冷えちゃいますよ」
能條は勝手に話を中断し、こんがり焼けたカツレツを頬張った。
「美味い」と笑顔になる。
勝手に話を中断するなよ、と思いつつもお腹が空いている俊哉もつい手を伸ばしてしまう。
「うっま」
トマトソースのかかったイタリアンカツレツは思わず声が出るくらい美味しかった。
「でしょ」と能條は目を細め、ワインを飲んだ。
つられるように俊哉もワインを口に含む。
スモーキーな渋みとコクのある風味が鼻から抜けて、食欲中枢を刺激する。

もういいや。言いたいことは全部言ったし。
俊哉はとりあえず目の前の料理を食べることに専念する。








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