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第十一章 私は社長のボディーガードだ!
しおりを挟む大漢グループの会議室の入口では、陳嬋の姿をした呂布が、曹徳を「殺す」とののしり、鬼の形相でにらみつけている。
「曹賊、ついに貴様を殺す時が来た!」
激高した呂布は、さらに物騒なセリフを吐く。
「さっき『俺に任せておけ』って言ったの、もう忘れたの?」
呂布を背後から抱え込み、陳嬋が耳元でささやいた。
取締役らは、何が起きたのか即座に理解できず、目を白黒させるばかりだった。彼らの視線が集まる中で呂布を説得するのは難しそうだと判断した陳嬋は、強引だが最もシンプルな方法を採用することにした。
体格差をいかして呂布の身体をひょいっと担ぎあげると、もと来たルートを引き返す。呂布は手足をばたつかせて抵抗する。
「おろせ! 俺は誓いを守らねばならんのだ!」
呂布らが去ったあとの会議室が騒然とする。取締役らは、何が起きたのだと口々にささやきあう。
「前会長が亡くなってから、社長はショックでここがおかしくなったそうですよ」
そう言って白取締役は自分の頭を指さした。
「株価がストップ安になって正気を失ったのでしょうかね」
陳取締役も戸惑いを隠せないようすで、隣に話しかけている。
陳嬋が呂布を担いで出ていった直後、ジェイソンが会議室に入ってきた。
「会長、取締役の皆様、申し訳ありません。今朝、社長に株価の件をお伝えしたところ、ショックが大きかったようで……」
曹徳を中心に、テーブルを取り囲む取締役らに順番に頭を下げながら、ジェイソンは白いハンカチで汗をぬぐう。
「思ったとおりだ。やはり正気を失っていたようですね」
陳取締役が立ちあがり、興奮ぎみに叫んだ。
曹徳が無言で一瞥すると、陳取締役はその鋭い眼光にたじろぎ、2度ほど咳ばらいをしておとなしく腰をおろした。表面上は平静を装ってはいたが、背中は汗びっしょりだった。
「アイク、嬋の専属医師として、君の見解を聞かせてくれ」
まだ入口に立っていたアイクは、曹徳に促され、落ち着いた笑みを浮かべる。
「曹会長、かしこまりました」
アイクは、背筋を伸ばしてテーブルの前まで移動すると、ゆったりとそこに両手をついた。
「皆さん、精神科医の私からご報告いたします。すでに噂になっていますが、昨日のニュースで陳社長が甲冑の男に連れ去られる映像をご覧になったかたも多いと思います」
アイクが敢えて、この件を白日のもとにさらしたことに興味を覚えたのか、曹徳は目を細め口の端をわずかにあげる。
取締役らの議論が始まった。
───そうそう、あの男は呂布だという噂だ。あの三国第一の戦神呂布だ。
───あり得ない。呂布といえば古代の武将ですよ。
───知らんのか? Z社が古代人を復活させたらしい。今の技術はそこまで来てるってことだ。
───だが拉致が本当なら、社長はなぜ解放された?
───確かに。呂布が身代金を要求するとも思えませんな。
───謎が深まりますね……。
「皆さん」
アイクが再び口を開くと、皆の視線が集まる。
「幸い、すぐに私とジェイソンが駆けつけ、社長を救出することはできたのですが、強いストレスのせいで軽い精神的な症状が出ていまして……。おそらく一時的なものだと思われます」
「一時的? 回復のめどは立っているのかね? 今こそ会社は、社長を必要としているんだ」
立ちあがった陳取締役が、またも曹徳の冷たい視線を浴びる。陳取締役は、胸を押さえて椅子に沈み込むと懐から強心剤を取り出した。
「何を言ってるんですか。どういう状況であれ、会長さえおられれば、心配ありませんよ」
抜け目のない白取締役のセリフに、曹徳は満足げにうなずいた。
アイクはそんなやりとりを気にもとめていない。
「社長の症状は1週間もあれば完全に回復しますので、ご心配にはおよびません。ですが、念のためその期間はオンライン会議でご対応いただければと思います。では私はこれで」
要点だけ伝えると、アイクは上品に会釈をしてテーブルを離れた。
アイクのスマートな身のこなしを羨望のまなざして見つめていたジェイソンは、「私もこれで」と笑顔を作り部屋を出た。
会議室をあとにしたふたりは、いそいで陳嬋たちを追いかけた。
一方、曹徳は会議室を出ていくアイクとジェイソンを見て、意味深な表情を浮かべていた。
大漢グループの本社ビルの前。
陳嬋が呂布を担いで外に出てきた。そして停車中の車に呂布を押し込む。呂布は、そうはさせまいと必死で抵抗するが、体格差がありすぎるため太刀打ちできない。
「俺の復讐をなぜ阻む! なんとしてもあの憎き曹操を殺さねばならんのだ!」
怒鳴り散らし、なおも車から出ようとする呂布を、陳嬋は身体を張って遮る。
「落ち着いて。あれは私の養父の曹徳叔父さんで、曹操じゃないの。たまたま似てただけ!」
呂布は聞く耳を持たず、両目を血走らせて本社ビルをにらみつけている。
「いいや奴は曹操だ! この俺が宿敵を見間違うものか! 俺は奴を殺す! 邪魔だてすれば容赦せんぞ!」
陳嬋もだんだんいら立ちを募らせ、表情が険しくなる。
「いいかげんにして!こんなところで大騒ぎしてたら、誰かに通報されるでしょ!」
手を突き出し、出てこようとする呂布をとめる。本社ビルの玄関前にいたふたりの警備員が、騒ぎに気づいて近づいてきた。
「社長、大丈夫ですか? 何かお困りでしたら通報いたしましょうか?」
そのうちのひとりが、丁重にたずねる。社長を助けて気に入られようとする魂胆が見え見えである。
「私は社長のボディーガードだ!」
陳嬋が振り向いた瞬間、警備員たちの視線が陳嬋の手にそそがれる。ちょうど呂布のバストに手が当たっているが、呂布もそれを嫌がってはいないようだった。警備員は相棒とバツが悪そうに顔を見あわせると、「そういうことでしたか!」と一礼し、素早くその場を離れた。そしてあとから駆けつけた仲間にも釘を刺す。
「社長はお取り込み中だ。行かなくていい」
ようやく自分の手が呂布のバストを触っていることに気づいた陳嬋は、柔らかな感触に戸惑い、赤面して手を引っ込めた。
(自分の胸を触ってなんで照れるのよ!)
ちらりと呂布のバストに目をやり、自分自身に突っ込みを入れた。
その時、ようやくアイクとジェイソンがビルから出てきた。陳嬋は、今の一幕を見られなくて済んだことに胸をなでおろし、早く車に乗るようせかした。
ジェイソンが車を発車させると、アイクがオンライン会議について説明する。
「オンラインだから、オウム返し方式で乗りきれるわ。呂布が陳嬋としてうまく社長を演じられれば、絶対に気づかれない。アタシとジェイソンもついてるからね」
「アイク、あんた天才。ナイスアイディア!」
「オウム返しとは何だ?」
「あとで説明する」
目を輝かせる陳嬋とは対照的に、ジェイソンは不安で顔を曇らせる。
(いつも面倒ばかり起こす呂布に務まるのか?)
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