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第十五章 西区の秘密
しおりを挟む「ジェイソン、左に曲がって」
考えごとをしていた陳嬋が口を開く。
「社長、別荘に戻るなら右折ですよ」
「西区に行ってみたいの」
「わざわざ未完成のビルを見に?」
アイクも不思議そうに尋ねる。
「気になることがあって」
そう言って陳嬋は呂布に顔を向ける。
「呂布はいくら強くても、この2日は準備が忙しかったからさすがに疲れてるんじゃない?」
「ああ、俺は早く休みたい。ゆうべは寝られなかったからな」
珍しく弱音を吐いているわけではない。今夜も貂蝉に会いたいという下心があったのだ。
「分かった。アイクは彼と先に戻って」
(何だと? ひとりで帰っても意味がないではないか!)
焦った呂布は「一緒に帰ろう」と食い下がる。
「聞いてなかったのか? 社長は西区に用があるんだ!」
ジェイソンは、にわかに殺気立ち、勢いよくハンドルを切った。陳嬋とアイクが思わずドアハンドルにつかまる。
呂布は不服そうに陳嬋をにらみ、黙り込んだ。
「ハア……何かがおかしい。きっと魔物が潜んでる……」
陳嬋がため息混じりにつぶやいた。
「魔物だと?」
呂布がとたんに色めき立つ。
「どこだ? この俺が……ウギャッ!」
腰を浮かせたせいで、天井に頭をぶつけてしまう。
「私の頭なんだから気をつけてよね」
陳嬋はあきれながらも、呂布の頭をさする。
「本物の魔物じゃなくて、あなたの宿敵、曹操のそっくりさん」
「曹賊だと? どこにいる?」
さらに興奮してあたりを見まわす。
「何よ急に。帰って休みたいんじゃなかったの?」
30分後、陳嬋らは西区の未完成ビルに到着した。おおむね建物は完成していたが、細かな作り込みができていない。それに加え、未開発の郊外に立地しているため街灯が整備されておらず、通行人の姿もない。
「ここで待ってて。私と呂布で行ってくる」
陳嬋はビルから少し離れた場所に車を停めるよう指示し、車をおりた。
「え? アイクと僕は? 一緒に行きますよ?」
「いいえ、人数が多いと目立つから、ふたりはここで待機してて」
陳嬋は呂布が装着していたイヤホンを取り、アイクに放り投げた。
「これで通信できる」
「そんな……これだけじゃ安心できない」
「俺がいれば心配無用だ」
呂布は自信たっぷりに胸をたたくが、陳嬋は、また始まったとばかりに表情ひとつ変えない。
「宿敵の曹操を捜してるんでしょ? 早く来て」
「曹賊、首を洗って待っていろ!」
そう叫ぶと、呂布は陳嬋に続いて慌ただしく車をおりた。
数百メートルほど歩くと、ビルの入口に着いた。
(叔父様はこんなビルを守るために、わざわざ取締役たちの前で私の意見に反対した……。何か思惑があるに違いない)
陳嬋はビルを見あげ、思考を巡らせる。
「おい、地下から音が聞こえるぞ。魔物が巣くっているのではないか?」
呂布が耳をそばだてる。
(魔物? 地下? まさか地下に誰かいるの?)
にわかには信じられなかったが、陳嬋は唇の前で人さし指を立てた。
「シッ! 魔物に気づかれる」
「俺様が退治してくれるわ!」
その時、ヒュンヒュンという空気を切るような音が聞こえた。陳嬋は腕に刺すような痛みを覚えた。突然、目の前が真っ暗になりその場に倒れ込む。
(麻酔銃?)
意識こそ失っていないが、思うように手足が動かせず、舌がしびれて声を出すこともできない。次の瞬間、何者かに麻袋に押し込まれる。呂布も同じように麻袋に押し込まれるのを、目の端でとらえた。
暗闇の中、呂布とともにどこかに転がされたことは分かった。アイクの声が耳に届いたが、返事ができない。アイクは何度も呼びかけてくる。そこで陳嬋は頭をリズムよく床に打ちつけた。
「これ……モールス信号……警察に通報しろって? オッケー待ってて!」
車内で待機していたアイクは、瞬時に意味を理解した。
陳嬋と呂布は、どこか別の場所に運び込まれた。数分後、袋の口が開けられ視界が開ける。窓のない部屋だった。さっきの呂布の話から、ここが地下であることは想像がつく。麻酔の影響はほとんどないが、後ろ手に拘束されていて身動きが取れない。
陳嬋としては、恐怖に震えるふりをして警察が来るまで時間稼ぎをするつもりだった。しかし呂布の辞書には「恐怖」の文字はなく、目の前にいるふたりの男をギロリとにらむ。ひとりは、やけに太っているが、もうひとりは、やけに痩せている。
「魔物ではなく人だったのか! この俺様をしばるとはいい度胸だ。命が惜しけりゃ、さっさと解放しろ!」
男たちは、ヘラヘラと笑う。いくら威勢のいいことを言ったところで、呂布の外見は、かよわい女性なのだ。
「やけに元気のいいネエチャンだな。さっきは分からなかったが、よく見るといい女じゃねえか」
太った男がゲスな笑みを浮かべる。
「俺たちといいことしようぜ」
痩せた男もそれに続く。
「手を出したら許さない! その身体は私のものだから」
陳嬋が思わず口を挟む。
「お? お前、強そうなのに女みてえだな? そこで黙って見てろ!」
太った男がそう言って呂布の縄を解いた数秒後、ガツンと鈍い音がして数本の歯と血しぶきが宙に舞った。素早く横飛びをした呂布が、相手のあごに頭突きを食らわせたのだ。
「この野郎!」
痩せた男が拳を固めて呂布に殴りかかる。
わずかに頭を傾けて拳をかわした呂布は、なめらかな動きで相手の足をはらう。痩せた男が地面に倒れたすきに、そばに転がっていた棒を拾って、太った男もろとも激しく殴り始めた。
「やめなさい」
このままでは男たちの命が危ういと判断し、陳嬋は声をかけた。
おとなしく聞き入れた呂布は、ふたりを縄で縛りあげると、陳嬋に歩み寄り縄をほどいてやる。
「あなた、ほんとに強いんだ!」
陳嬋は興奮を隠せない。
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