鬼の花嫁

炭田おと

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7_閻魔の花嫁行列

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 ――――その日、京月きゅうげつの通りはいつにも増して、人で埋め尽くされていた。

「うう・・・・」

 桜女中取締に、買い出しを命じられた私は町に出て、人にもみくちゃにされていた。

 最初は混雑していない道を選ぼうと思っていたけれど、御政堂のまわりの道がすべて人手埋め尽くされているのを見て、無駄だと悟った。突破しようと悪戦苦闘しているけれど、いまだに終わりが見えてこない。


「おかーさん、楽しみだね!」

「そうね」

 聞き覚えのある声を聞いて、私は視線を動かす。

 人混みの中に、一昨日、この通りで見かけた母娘の姿を見つけた。北鬼中の人々が集まってくるこの京月で、二度も出会う偶然に驚かされる。

「あ、ほら、花嫁の行列がきたわ!」

「え? どこ? どこ?」

 母娘は二人そろって、目を輝かせる。

 賑やかな音楽が流れてきた。

 同時に、通りの向こうに紋付羽織袴姿の男達が見える。


「閻魔の嫁入り行列だ! 道を開けろ!」

 人々は、さっと道の端に寄っていった。


 羽織袴はおりばかま姿の男達が仰々しい歩みで、こちらに近づいてくる。羽織袴姿の武士と、音楽を奏でる楽団、そして色とりどりの晴着を着た女性達、行列はその三つの要素で構成されていた。

 用意されていた色紙の花吹雪が、二階の出窓から撒かれ、楽団が奏でる音楽で、一気に通りは艶やかになった。

 人々の歓声が、私達の頭上で跳びはねた。


「わああ、綺麗だね!」

「本当ね。とっても綺麗だわ・・・・」


 女性達のうちの何人かは、白無垢を着ていた。

 白無垢と言っても角隠つのかくしはなく、女性達の艶やかな黒髪は、豪華な髪飾りで彩られている。

 白地を邪魔しないよう、強い色は使われていないけれど、淡い色合いの模様が、白無垢を美しく彩っている。男達は花嫁の美しさに、女性は花嫁の衣装の美しさに見とれている。


「衣装だけじゃなく、花嫁もとっても綺麗!」

「そりゃそうよ! だって、美しいと言われている一族の中でも、もっとも綺麗な女性が選ばれてるんだから」

「そうなんだ! えーと、一、二・・・・」

 女の子は、行列の中央にいる女性の数を、数えはじめた。

「二十人以上もいるよ。全部、閻魔様のお嫁さんなの?」

「違うわ。よく見なさい。白無垢を着ているのは、七人だけでしょう?」

「うん」

「白無垢を着ているのが花嫁で、その後ろにいる人達は、花嫁の付き人なの。花嫁が桜の廓で暮らす間、花嫁の身のまわりの世話をするのよ」

「ええ? 確か、閻魔の花嫁は、閻魔様のお世話をするために、桜の廓に入るんでしょう? その世話役の、さらに世話役がいるってこと?」

「ふふ、確かにおかしな話ね。だけど、花嫁になるのは、身分の高い女性なのよ。身のまわりの世話をする人が必要だわ。桜の廓は広いんですもの。一人で生活なんてできない」

「へえー・・・・」

「閻魔の花嫁は、鬼廻一族と縁が深い、常宮つねみや一族から選ばれるの」

「常宮一族・・・・?」

「閻魔様の最初の花嫁になり、鬼の最初の母になった女性が、常宮一族の出身だったそうよ。そこから、鬼廻一族と、常宮一族の縁がはじまったの。鬼達が栄えるに従って、常宮一族も栄え、本家である常宮家から派生した七家が、北鬼、南鬼でとても大きな力を持つようになったのよ」

「へえー・・・・」

「最初に閻魔に仕えた巫女が七人だったから、閻魔の花嫁も、鬼国の長老も、七人だと決まっているの。常宮一族もちょうど七家に分かれてるから、今は各家からもっとも美しい女性が、一人ずつ選出される仕組みになっているようね」

「あ、お母さん、あの人綺麗ね!」

 母親が丁寧に説明しているのに、女の子は聞いていない。

「あれ? でも、あの人のまわりにいる男の人達、羽織の紋様がまわりと少し違わない?」

 男達の羽織には、身分を示す紋様が施されている。

 だけどよく見ると、その紋様の形が少し違うのだ。

「よく気づいたわね。あれは、南鬼の紋様よ」

「え? 南鬼国の?」

「そう。休戦条約を結んだと言ったでしょ? 停戦の証として、南鬼国の常宮家の女性が、花嫁として北鬼国にやってきたのよ。常宮家の一条いちじょう家、二条にじょう家、三条さんじょう家は南鬼国に住んでいて、四条よんじょう家、五条ごじょう家、六条ろくじょう家、七条ななじょう家は北鬼にいるわ。特に四条家は、今の御台所みだいどころの生家だから、北鬼の御主様と縁が深いのよ」

「でも、今まで北鬼国と南鬼国は、仲違いしていたんでしょ? だったら、七家から一人ずつ、っていうのは難しかったんじゃない?」

「ええ、そうよ。だから停戦条約が結ばれるまでは、北鬼にいる四家から、閻魔の花嫁を選出していたらしいわ。残りの三家から閻魔の花嫁が選出されるのは久しぶりのこと、今日は本当におめでたい日なのよ」

「そうなんだー!」

 南鬼国からやってきた三人の花嫁は、利発そうな美少女だった。大勢の人達の視線を浴びても、凛とした眼差しを、真っ直ぐ前だけに向けている。
「綺麗な着物ばかりだなあ。あ、あの人の着物も、とても綺麗だね」

「ああ、あの人は四条家のお姫様、美火利みほり様よ。今の御台所の、姪だそうよ」

「いいなあ、私も一度でいいから、あんな着物がきてみたい。お父さんに頼んだら、あれ、買ってもらえるかなあ」

「やめなさい。あの着物一着で、家が何軒も買えるような値段なのよ? あんな美しい着物が着られるのは、選ばれた一角の女性だけなの」

「ええー・・・・」

「見ているだけでもいいじゃない。綺麗な着物を見られるだけで、幸せだわ」

 母娘の会話はそれで終わり、彼女達は行列を見ることに夢中になる。


「ああ、こんなことをしてる場合じゃない!」

 いつの間にか、私も目的を忘れて、すっかり行列に見入ってしまっていた。

 私は急いで、買い出しに行ったけれど、桜ノ廓に戻るとさっそく、遅いと叱責されることになってしまった。

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