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8_桜の廓に、閻魔の花嫁がやってきました
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桜の廓には、草花の名前をつけられた住まいが、花嫁の人数に合わせて七つある。
――――百合の宮、牡丹の宮、菊の宮、花蘇芳の宮、芥子の宮、立浪草の宮、雪のしずくの宮と呼ばれている。どの宮に、どの花嫁を割り当てるのかは長老達が決め、選定の理由は長老以外には明かされていない。
どの宮も御殿建築の髄をこらした、豪勢な造りになっていて、中に入れば、美しい彩色と、光る金箔で縁どられた襖絵や屏風絵が、座敷を彩っている。
だけどこの場所で一番美しいのは、庭を彩る花々だろう。まるで一年中、花が咲き誇っている、常春の極楽浄土のような景色だ。
「綺麗な庭ね!」
庭の掃除をしていると、明るい声が耳に入ってきた。
百合の宮の縁側に出てきた少女が、目を輝かせて、庭を見ていた。
「凛帆様、声が大きいですよ!」
「ご、ごめん、つい浮かれちゃって・・・・」
あの少女は、閻魔の花嫁の一人らしい。
(確か、一条家のお嬢様よね)
――――一条凛帆。一条家から送り出された閻魔の花嫁の名前が、凛帆という名前だったはずだ。
今は重たい白無垢を脱いで、動きやすい軽めの着物に着替えたようだ。だからなのか、行列の中で見たときとは、まるで違う、活発な印象を受けた。
「凛帆様は、今は閻魔の花嫁としてここにいるんですから、自覚を持ってください!」
凛帆様と仲がよさそうな少女は、おそらく南鬼国から随伴してきた、お付きの女中だろう。
砕けた口調から、彼女達が気が置けない間柄であることが読み取れる。仕えている期間も長いのだろうと、想像できた。
「そうね。・・・・だけど気後れする」
「どうしてですか?」
「ここはすべてが、高価すぎるのよ。こんな場所じゃ、気持ちが休まらない」
「凛帆様、いつものようにおてんばして、物を壊さないでくださいよ」
「あら、私だけじゃなく、あなたにもその危険はあるんだけどね、結衣花」
「わ、私は大丈夫です!」
お付きの女中は、結衣花という名前らしい。
一人の女中が、楚々とした歩みで、凛帆様に近づいていく。
彼女は凛帆様の前に跪き、三つ指をついた。
「はじめまして、凛帆様。今日から、凛帆様付きの桜女中になりました、香澄という者です。なにか不自由なことがございましたら、なんなりと申しつけください」
「ありがとう。・・・・さっそくだけど、一つ聞きたいことがあるの。聞いていいかしら?」
「なんなりと」
「あの塀の向こうには、梅の廓があるのよね?」
「ええ、そうです。御台所が住まわれています」
「そう・・・・じゃ、ここから見えるあの屋根は、御台所のお住まいかしら?」
「いえ、あの場所は・・・・」
香澄さんは口ごもってしまう。
「どうかした?」
「・・・・あの建物は、穏葉様のお住まいの、木蔦の宮です」
「穏葉様?」
「先代の御主が養女として引きとられた方で、その・・・・先代の御主が賊に襲われ命を落としたさいに、穏葉様もそこに居合わせ――――それ以来、心を閉ざし、屋敷に引きこもっていらっしゃるのだとか」
「そう・・・・」
この場所では、穏葉――――私のことは、禁句になっているのだと、それだけで凛帆様には伝わっただろう。
「あなた、何をぼんやりしているの!」
「あ、すみません!」
先輩の女中に注意されて、私は慌てて、手を動かす。
だけど先輩の女中の目付きが、柔らかくなることはなかった。
「・・・・もういいわ。ここは私がやるから、あなたには別の仕事をあげる」
「別の仕事?」
「こっちよ。ついてきて」
先輩の女中は歩き出した。
花嫁達の住まいから少し離れると、庭には、一本の花もなくなってしまった。花が咲き乱れる庭園を見た後に、緑一色の草地を見ると、なんだか寂しいと感じてしまう。
「あれを掃除して」
「え? あれ?」
私はきょろきょろとあたりを見まわした。
何もない場所だ。奥にあばら家のようなものが見えるだけで、他には何もない。
「あれって・・・・」
「あの馬小屋よ!」
女中は、あばら家を指差した。
(あれ、馬小屋だったの・・・・)
豪華絢爛な建物が並ぶ中、その馬小屋だけ粗末で、この場所には不釣り合いだった。
「・・・・あの馬小屋は、使われているんでしょうか?」
「普段は使われてないわ。でも、もうすぐ花嫁行列に使われた馬が連れてこられるはずだから、それまでにぴかぴかに磨いておいてちょうだい」
「わ、私一人でですか?」
「そうよ」
馬小屋はかなり広く、時間もないから、私一人ではすべてを掃除するなんて不可能だ。
「私一人では無理です。他から人手を――――」
「無理って決めつけずに、さっさと取りかかりなさいよ」
先輩の女中は私に、箒と雑巾を押しつけると、どこかに行ってしまった。
「はあ・・・・」
溜息を吐きだしながら、私は動き出した。
――――百合の宮、牡丹の宮、菊の宮、花蘇芳の宮、芥子の宮、立浪草の宮、雪のしずくの宮と呼ばれている。どの宮に、どの花嫁を割り当てるのかは長老達が決め、選定の理由は長老以外には明かされていない。
どの宮も御殿建築の髄をこらした、豪勢な造りになっていて、中に入れば、美しい彩色と、光る金箔で縁どられた襖絵や屏風絵が、座敷を彩っている。
だけどこの場所で一番美しいのは、庭を彩る花々だろう。まるで一年中、花が咲き誇っている、常春の極楽浄土のような景色だ。
「綺麗な庭ね!」
庭の掃除をしていると、明るい声が耳に入ってきた。
百合の宮の縁側に出てきた少女が、目を輝かせて、庭を見ていた。
「凛帆様、声が大きいですよ!」
「ご、ごめん、つい浮かれちゃって・・・・」
あの少女は、閻魔の花嫁の一人らしい。
(確か、一条家のお嬢様よね)
――――一条凛帆。一条家から送り出された閻魔の花嫁の名前が、凛帆という名前だったはずだ。
今は重たい白無垢を脱いで、動きやすい軽めの着物に着替えたようだ。だからなのか、行列の中で見たときとは、まるで違う、活発な印象を受けた。
「凛帆様は、今は閻魔の花嫁としてここにいるんですから、自覚を持ってください!」
凛帆様と仲がよさそうな少女は、おそらく南鬼国から随伴してきた、お付きの女中だろう。
砕けた口調から、彼女達が気が置けない間柄であることが読み取れる。仕えている期間も長いのだろうと、想像できた。
「そうね。・・・・だけど気後れする」
「どうしてですか?」
「ここはすべてが、高価すぎるのよ。こんな場所じゃ、気持ちが休まらない」
「凛帆様、いつものようにおてんばして、物を壊さないでくださいよ」
「あら、私だけじゃなく、あなたにもその危険はあるんだけどね、結衣花」
「わ、私は大丈夫です!」
お付きの女中は、結衣花という名前らしい。
一人の女中が、楚々とした歩みで、凛帆様に近づいていく。
彼女は凛帆様の前に跪き、三つ指をついた。
「はじめまして、凛帆様。今日から、凛帆様付きの桜女中になりました、香澄という者です。なにか不自由なことがございましたら、なんなりと申しつけください」
「ありがとう。・・・・さっそくだけど、一つ聞きたいことがあるの。聞いていいかしら?」
「なんなりと」
「あの塀の向こうには、梅の廓があるのよね?」
「ええ、そうです。御台所が住まわれています」
「そう・・・・じゃ、ここから見えるあの屋根は、御台所のお住まいかしら?」
「いえ、あの場所は・・・・」
香澄さんは口ごもってしまう。
「どうかした?」
「・・・・あの建物は、穏葉様のお住まいの、木蔦の宮です」
「穏葉様?」
「先代の御主が養女として引きとられた方で、その・・・・先代の御主が賊に襲われ命を落としたさいに、穏葉様もそこに居合わせ――――それ以来、心を閉ざし、屋敷に引きこもっていらっしゃるのだとか」
「そう・・・・」
この場所では、穏葉――――私のことは、禁句になっているのだと、それだけで凛帆様には伝わっただろう。
「あなた、何をぼんやりしているの!」
「あ、すみません!」
先輩の女中に注意されて、私は慌てて、手を動かす。
だけど先輩の女中の目付きが、柔らかくなることはなかった。
「・・・・もういいわ。ここは私がやるから、あなたには別の仕事をあげる」
「別の仕事?」
「こっちよ。ついてきて」
先輩の女中は歩き出した。
花嫁達の住まいから少し離れると、庭には、一本の花もなくなってしまった。花が咲き乱れる庭園を見た後に、緑一色の草地を見ると、なんだか寂しいと感じてしまう。
「あれを掃除して」
「え? あれ?」
私はきょろきょろとあたりを見まわした。
何もない場所だ。奥にあばら家のようなものが見えるだけで、他には何もない。
「あれって・・・・」
「あの馬小屋よ!」
女中は、あばら家を指差した。
(あれ、馬小屋だったの・・・・)
豪華絢爛な建物が並ぶ中、その馬小屋だけ粗末で、この場所には不釣り合いだった。
「・・・・あの馬小屋は、使われているんでしょうか?」
「普段は使われてないわ。でも、もうすぐ花嫁行列に使われた馬が連れてこられるはずだから、それまでにぴかぴかに磨いておいてちょうだい」
「わ、私一人でですか?」
「そうよ」
馬小屋はかなり広く、時間もないから、私一人ではすべてを掃除するなんて不可能だ。
「私一人では無理です。他から人手を――――」
「無理って決めつけずに、さっさと取りかかりなさいよ」
先輩の女中は私に、箒と雑巾を押しつけると、どこかに行ってしまった。
「はあ・・・・」
溜息を吐きだしながら、私は動き出した。
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