鬼の花嫁

炭田おと

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9_警備の裏側_燿茜視点

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「整列!」

 翔肇の声が響くと、庭に並んだ鬼峻隊きしゅんたいの隊士達は、背筋を伸ばした。

 本格的に御政堂の警備をはじめる日の朝、俺は鬼峻隊の屯所の庭に、隊士達を集めて、御政堂の警備の担当について話をしていた。

 鬼峻隊が屯所として使っている屋敷は、石塀に囲まれている。

 敷地内に建物は三棟あり、一つは隊士達が暮らす屯所、もう一つがなまこ壁の蔵で、最後の一棟は道場だ。

「お前達も知っているとおり、これから京月は閻魔の婚礼で忙しくなる」

 閻魔の婚礼と聞いて、隊士達の表情が引き締まる。

「お前達には、御政堂のまわりを重点的に警備してもらう。閻魔の婚礼は北鬼にとって、最も重要な儀式、失敗することは許されない。・・・・お前達の担当区域にはおそらく、刑門部省の武官もいるだろうが、仲良くするんだ」

 血気盛んで、子供のように単純明快な頭脳。鬼峻隊の隊士の大半が、その厄介な二つの要素を兼ね備えている。

 頭に血が上りやすいから、現場で喧嘩をしないよう、きちんと言い含めておく必要があった。

「喧嘩は絶対にするな。わかってるな?」

「はい! わかっています!」

「・・・・・・・・」

 いつもどおり、返事だけは威勢がいい。本人達も気を引き締めているつもりなのだろうが、それでも本番になると子供のようにはしゃいでしまうのが、鬼峻隊の隊士だった。

頭首とうしゅ!」

 訓示の途中で、門の前で見張りをしていたはずの隊士が、庭に入ってきた。

「なんだ」


刑門部卿けいもんぶきょうの野郎が、来やがりました!」

 隊士達がざわつく。


「・・・・諒影りょういんか・・・・」

 ――――さっそく、挨拶にきたのか。俺は溜息を吐いた。

 刑門部も、婚礼では御政堂の警備を担当することになっている。

 一応、刑門部は御政堂の中、鬼峻隊は御政堂の外と分けられているが、警備がそんなに簡単に区分けできるとは思えない。絶対衝突する、と翔肇も言っていた。


「殴りこみに来やがったんですかねえ!」

「どうせあの野郎、また嫌味を言ってくるつもりですよ! 頭首! 出迎えは俺に任せてください!」

「面倒を起こすな。お前達は早く持ち場に・・・・」

「いえ、黙ってられませんよ! 刑門部の武官はいつもお高くとまって、俺達を見下してやがるんですよ! 今日こそは言いかえしてやらねえと・・・・」

 俺が何も言っていないのに、隊士の一人が勝手に動きだした。俺は庭に降りて、その隊士が俺の前を横切ろうとした瞬間に、木刀を振り下ろす。

「ぐっ・・・・!」

 隊士は白目をむいて、崩れるように倒れる。

 それで他の隊士も大人しくなった。

「面倒を起こすなと言ったはずだ」

 そう言い捨てて、俺は客間に向かう。

「俺も行くよ」

 翔肇も後をついてきた。





 客間の襖を開けると、格子窓の前に立っている男の背中が見えた。

 俺が入ってきた気配を感じたのか、彼はゆっくりと振り返る。


「・・・・久しぶりだ、鬼久燿茜、久宮翔肇」


 ――――刑門部卿、鬼廻諒影。


 先々代の御主の末息子で、勇啓様達の大叔父にあたる人物だ。といっても、先々代の御主が高齢の時にできた息子なので、勇啓様とあまり年齢は変わらなかった。


「本当に久しぶりだな、諒影。何年ぶりだっけ?」

「覚えてないな。前に会ったのは、確か――――」

「お互い、忙しい身だ。世間話はまた今度にしよう」

 俺は二人の話を遮った。

「それで、用件は?」

「閻魔の婚礼の警備について、話し合いに来た」

 諒影は穏やかに笑っている。

 ――――穏やかに見えるが、油断ならない男だ。

「警備についてなら、すでに話し合ったはずだ」

「問題を避けるために、刑門部と鬼峻隊の管轄を、完全に分けておきたい。刑門部は御政堂と目抜き通り、鬼峻隊には、下町地区を担当してもらいたい」

「・・・・担当区画は、そう簡単に分けられるものではない。閻魔の婚礼を邪魔するため、御政堂を襲撃しようとする動きもいくつかつかんでいる。むしろ御政堂の警備は、我々に任せてもらいたい」

「それはできない。代々、閻魔の婚礼で、御政堂の警備は、刑門部に任されてきた。慣例を壊せと?」

「悪しき慣例ならば、壊すべきだな」

「・・・・まるで、刑門部に警備を負かせるのが、悪しき慣例であるような物言いだな」

「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」

 笑顔の攻防戦が、しばらくの間、続いた。

 どちらも一歩も引かず、決着はつきそうにない。

 翔肇が俺達の間に挟まれて、冷や汗をかいていた。とりなそうと言葉を捜していたようだが、見つからなかったようだ。

 ――――国を挙げた行事の時には、必ず、組織間の境界線の問題が表面化する。鬼峻隊と刑門部省、どちらが上位組織なのか、それが決められていないために生じる諍いだった。

 前回の行事では、刑門部に煮え湯を飲まされている。俺が知らない間に、鬼峻隊の警備地区が、大幅に削られていたのだ。諒影が長老達に根回しした結果だった。

「鬼峻隊の警備地区から、御政堂を外すことはできない。今回は刑門部に折れてもらう・・・・」


 騒々しい足音が近づいてきたのは、その時だった。

「燿茜! いる!?」

 断りもなく、明獅が客間に入ってきた。

「・・・・明獅あかし。今、俺達は、大事な話をしているんだぞ」

「おお、諒影! お前、来てたのか!」

 明獅はいつものように、話を聞いていない。諒影を見るなり、また声を張り上げた。大きな声に、耳が痛くなる。

「・・・・久しぶりだな、明獅」

 諒影は愛想笑いを浮かべつつ、なぜか警戒した様子を見せていた。

「何しに来たの?」

「警備の担当区域の境界線について、話し合いに・・・・」

「そっかー」

 明獅はどかっと、諒影の隣にあぐらをかいた。


 ――――微妙な沈黙が流れる。


「・・・・なぜ座る?」

「俺も話を聞こうと思って」

「刑門部との話し合いなんて面倒だから、参加したくないって言ってたのはお前だろ・・・・」

「気が変わった」

「本当に気分屋だな!」

「どうせ話を聞くつもりはないんだろう。邪魔だから、出ていけ」

「嫌だ」

 明獅は頑として、そこを動こうとしない。

「・・・・仕方ない。このまま話を続けよう」

「このまま続けるのか?」

 諒影が目で、それはやめろと訴えてくる。

「本人が居座ろうとするのなら、仕方がない」

「・・・・なぜ追い出さない?」

「この状態になった明獅を追い出すには、本気で殺すつもりでいかないと無理だからだ」

「・・・・・・・・」

 諒影は深い深い、溜息を吐き出す。

 仕方なく俺と諒影は、そのままで話し合うことになった。

「衛門部省と話し合って、警備の配置を図面にした。これがそうだ」

 諒影が畳の上に御政堂の見取り図を広げて、話を続ける。

 最初は問題なく話を進められていたが、そのうちにじっとしていることに飽きたのか、明獅が立ち上がり、客間の中をうろつきはじめた。

 それでも無視して話し合いを続けていると、また唐突に、明獅が立ち止まる。

 背後霊のように諒影の後ろに立ち、なぜか諒影の頭頂部を見下ろして、微動だにしない。

 動きまわっていた明獅が、突然岩のように動かなくなると、それはそれで落ち着かないのか、諒影の口数が急に減ってしまう。

「・・・・鬼久頭代」

 諒影は咳払いして、居住まいを正した。

「・・・・さっきから君の部下が、私の頭をじっと睨んで動かないんだが、注意してもらえないか」

 背後に立ったまま動かない男の存在など、不気味を通り越して脅威だろう。諒影じゃなくても、戸惑うはずだ。

「明獅。何している?」

「諒影の頭頂部を見てたんだ」

「・・・・なぜ?」

「よく考えたらさあ、こうして諒影を見下ろしたことなんて、数えるほどしかないなあって思って。だって諒影って、俺より背が高いじゃん? だから頭頂部なんて、今しか見る機会がないと思ったんだ。あ、つむじ、見っけ」

 明獅は諒影のつむじをつつこうとする。

 諒影は明獅の手を振り払い、俺を睨む。

「彼は君の部下だろう? この自由すぎる行動を止めてくれ」

「悪いが、明獅の自由すぎる性格は、俺でもどうにもできない。慣れてくれ」

「慣れの一言で済まそうとするな・・・・」

「ハゲろ! えい!」

「嫌な呪いをかけるな!」

 笑う明獅と、困り果てる諒影。

「やめろって、馬鹿!」

 翔肇は何とか明獅を止めようとしていたが、そんなことで明獅が止まるはずもなかった。

「・・・・これでは、話ができないな」

 この自由人はどうにもできないと諦めたのか、諒影は立ち上がった。

「今日は、もう帰ることにする。・・・・鬼久頭代。警備の境界線について、考えておいてくれ。閻魔の婚礼を、問題なく進めるために」

「・・・・・・・・」

「またな、諒影!」

 明獅の見送りの声には返事をせずに、諒影は客間を出ていく。

 ――――そして襖は閉じられた。

「あーあ・・・・怒らせちゃったよ・・・・」

 諒影の足音が聞こえなくなると、翔肇の肩は萎むように落ちていた。

「明獅! お前のせいだぞ!」

「ん? 俺、何かした?」

「・・・・・・・・」

 当の本人には悪気はない。――――はた迷惑なことに、明獅にはいつも、まったく悪気がないのだ。

「燿茜、お前からも何か言ってくれ」

「・・・・諒影を撃退したいときは、明獅を使えばいいようだな」

「撃退方法は学ばなくていいから!」

 俺は聞こえなかった振りをして、立ち上がった。

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