鬼の花嫁

炭田おと

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17_もしかしたら・・・

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 鬼久頭代と取引した後も、私は桜下女として、庭の掃き掃除をしていた。

「昨日、勇啓様と会ったわ」

「本当? もしかして、話すことができた?」

「ええ! もう、舞い上がって、何を話したのか全然覚えてないの!」

 少し離れた場所では、桜女中達が仕事をしながら、お喋りに花を咲かせていた。

「・・・・・・・・」

 落ち葉を集めながら、私は桜女中達の会話の内容に、耳を澄ました。

「勇啓様は、本当に気さくな方よね。ますます好感度が上がったわ」

「偉い方々の中には、女中を見下している人も多いからね。みんなが、勇啓様のようにお優しい方だったなら、楽しく仕事ができるのに」

 女中達の笑い声が、空に弾ける。

(鬼久頭代に協力するって言っちゃったけど・・・・)

 冷静に考えると、いまだに、桜の廓に馴染めていない私に、聞き込みをするなんて難しいことだった。

 桜の廓で働く桜女中や桜下女は、同じ過程を積み、仲間意識を育んでから、ここにやってきている。

 だけど私は、年配の女中である千代の口利きで、桜下女になった。自分達がたどってきた過程をすっ飛ばして、年配の女中の口利きという武器を使ってここにやってきた私は、彼女達にとっては目障りな存在のようで、気づけば孤立するようになっていた。

 今は、失敗に気づいて、後悔している。

 昔から一人でいることが多かったから、一人でいることは苦にならないけれど、仲間と距離を縮めて、聞き込みをしなければならないとなると、とたんに難易度は跳ね上がった。


「そういえば、聞いた? 勇啓様を助けた、女中の話」

 ――――考え込んでいた私の耳に、朗報が飛び込んでくる。


「聞いた、聞いた! ・・・・でも、勇啓様がその女中にお礼をいうために捜しだそうとしたら、そんな女中はいなかったんでしょう?」

「女中の格好をした町娘だったってこと?」

「ところが――――そうでもないのよ」

 箒を持つ手が止まってしまう。意識のすべてが、聴覚に集中していた。

「・・・・桜女中取締の話によると、あの日、桜女中の着物が一着、なくなっていたそうなのよ」

「本当なの!?」

 ――――桜女中の着物は、同じものに統一するため、御政堂が用意してくれる。淡い桃色の生地に、桜の模様があしらわれた着物だ。

 梅の廓の女中達はもちろん、私達、桜下女が着ている着物も、桜女中と区別するために、別の模様にしてある。だから知っている人が見れば、一目で身分がわかるはずだった。

「・・・・それって、どういうことなの?」

「さあ・・・・」

「・・・・もしかして桜下女が着物を盗んで、桜女中に成りすましてたんじゃないの?」

 彼女達の声は、熱を帯びてくる。

 背中に視線を感じるのは、気のせいじゃないはずだ。焼けつくような敵意が、真夏の強烈な日差しのように、じりじりと背中を焼いていく。

「それは私も考えたんだけど、どうもその可能性も低いみたい。勇啓様は、桜下女の顔も一人一人、きちんと確かめたの。・・・・でも、桜下女の中にも、勇啓様の命の恩人はいなかったそうよ」

「・・・・そうなの・・・・」

 下女達の無罪は証明されたようだ。

 勇啓様に感謝しつつ、私はまたそっと、桜女中達の姿を盗み見る。下女が関係ないと知って、彼女達はもう私を見てはいなかった。

「じゃ、京月の町娘が、桜女中の着物に似たものを勝手に作って、成りすましてたんじゃない? 女中に憧れる子も、多いって聞くし」

「それはないわよ。だって桜女中の着物は、閻魔の婚礼が開かれるたびに変わるし、複雑な模様だから、完璧に複製するなんて、職人並みの腕前がなきゃ無理だわ。それに、桜女中はめったに外出しないのよ?そもそもどうやって、柄を知るの?」

「でも、だったら誰が、桜女中の着物を持ち出せるの? ここには、限られた女しか入れないのよ?」

「誰かが入り込んで、盗んだってこと?」

「やめてよ、怖いこと言わないで!」

「あり得ないことじゃないわよ。こんな怖い話を知ってる?」

 やがて彼女達の話は脱線し、怖い話のほうへ向かってしまった。


 これ以上は収穫はないと判断して、私は盗み聞きを止め、今、知りえた情報を頭の中でまとめる。


(・・・・勇啓様を助けたのは、桜女中の着物を盗んだ、誰かってこと?)

 恩人が着ていたのは、桜女中の着物で間違いないようだ。桜女中の着物の模様は閻魔の婚礼が開かれるたびに一新されるし、女中の着物をよく見ている勇啓様が、見間違える可能性は低い。

 誰かが桜の廓に忍びこんだとも、考えにくかった。厳重な警備をかいくぐるのは容易じゃないし、万が一それができたとして、たかが着物一着のために、そこまでするだろうか。

(でも――――だとしたら、誰が?)


 桜の廓にいる女は、桜女中と桜下女のみ。

 それ以外には、誰もいない―――はず。


(桜の廓の中にいれば、着物を盗むことは難しくない・・・・)

 一方で、桜の廓にさえ入り込めれば、着物を盗むことは難しくないはずだ。閻魔の婚礼ははじまったばかりで、桜女中と桜下女は大忙しで、誰かの動きに気を配る余裕がない。

 ただ、最初の難点の、桜の廓に入り込むという部分の難易度はとても高い。門の前には衛門部省から派遣された、優秀な女衛士が立っているから、彼女らの目を誤魔化すのは難しい。


「あなた、いつまで手を休めてるの!」

 桜女中に怒鳴られて、私は我に返った。

「え、あ・・・・す、すみませんでした!」

 慌てて落ち葉を集めようとしたけれど、足元を見ると、もう落ち葉は一枚も落ちていなかった。話を聞き取るのに夢中になっている間に、庭の掃除は終わっていたようだ。

「もうここはいいから、落ち葉を捨ててきなさい」

「・・・・すみません」

 集めた落ち葉を籠に入れて、私はその場から逃げ出した。

凛帆りんほ様!」

 落ち葉を運んでいる最中、どこからか少女の声が飛んできた。

 垣根の影から、そっと声がした方向を盗み見る。

「もう、凛帆様! 閻魔の花嫁が、どうして女中のように掃除なんかしてるんですか!」

 百合の宮の縁側に立っている二人の少女のうち、一人が、もう一方の少女の手から雑巾を奪おうとしていた。

「だって退屈で・・・・それにみんな忙しそうにしてるんだもの。人手は少しでも、多いほうがいいでしょ?」

「それは凛帆様の仕事ではありません! 凛帆様の仕事は、閻魔の花嫁としての威厳を保つことです!」

 そして、凛帆様の手から、雑巾は取り上げられてしまう。

 二人のやりとりを微笑ましく思った。

 凛帆様は、他の花嫁と違い、気取らない、親しみやすい人柄のようだ。一言も話していないのに、私の好感度は一方的に上がっていく。


 ――――だけど、凛帆様の後ろ姿を見ているうちに、私はあることに気づいた。


(・・・・そうだ。もう一組、いるじゃない。桜の廓にいる、女性が)


 凛帆様は立ち上がり、溜息を零す。

 その横顔が、目に焼き付いた。


(――――閻魔の花嫁だ)


「それでね、寧々様が――――」

 他の女中の声が聞こえたから、私は慌てて動き出した。

 歩きながら、考える。

(だけど、もし桜女中に成りすましたのが本当に閻魔の花嫁なら、あの中の誰なの?)

 閻魔の花嫁は、七人。――――仮に、私が捜している恩人が閻魔の花嫁だったのだとしたら、七人のうちの誰が、恩人の特徴に当て嵌まるだろうか。

(それに、一体何のために?)

 推測通り、閻魔の花嫁が勇啓様の恩人なのだとしたら――――何のために桜女中に成りすまして、白鳥の庭園に向かったのだろうか。

(・・・・理由はわからないけど、七人のうちの誰なのか、それを確かめないと)

 私は決意して、頭の中で作戦を組み立てた。

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