鬼の花嫁

炭田おと

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33_閻魔堂

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 夜堵と別れ、宴会場に戻ろうとしたところで、私は桜の廓の最奥にある、門を見つけていた。

(閻魔の門だ・・・・)

 ――――閻魔えんまの門。閻魔堂えんまどうがある区域の、入口に立っている門だ。

 いつもは門の前に、門番が立っているはずなのに、今は誰もいない。

(そういえば佳景様のところにいるんだっけ・・・・)

 佳景様が、いきなり神輿に乗りたいと言い出したため、門番をしていた女衛士が呼び出され、実際に神輿を担がされていた。

 かなり長い間、佳景様の遊びに付き合わされていたようだから、疲れて、今も花蘇芳の宮で休んでいるのかもしれない。

 私の記憶が正しければ、閻魔の門を抜けると、うかんむりの形をした道があるはずだ。その道は、閻魔の道と呼ばれていて、道の両側には、灯籠とうろうが置かれている。石造りの灯籠は苔生していて、閻魔堂が建てられてから今に至るまでの、年月の長さを想像させた。

 実は、閻魔の門の片方は、梅の廓に繋がっている。

 桜の廓に繋がっている片方の門は、閻魔の婚礼中は開かれるけれど、もう一つの門は開かれることはない。意味をなさない門だ。


 ――――実は私は幼い頃に何度か、閻魔の道に入ったことがある。


 私が閻魔堂を見たがると、父上がこっそりと塀に梯子をかけて、私を中に入れてくれたのだ。

 閻魔堂は、この国の中心。だから私は、立派なお堂を想像していた。

 でも実際は、とても小さな建物だった。

 開き戸の装飾は凝っていたけれど、角を持ち、大きな目玉をぎょろつかせている小鬼の装飾は、神聖というよりは地獄の入口を思わせて、怖いと感じたことを、今でも覚えている。

 でも幼い頃の私は、怖いと思いながらも、不思議とこの場所に心を引き付けられて、何度も父上に、この場所に連れてきてほしいとねだった。

 父上は渋っていたものの、根気よく頼むと、ここに連れてきてくれた。そして閻魔堂の側で、父上と話をした。

 閻魔の道に入ることができるのは、御主と花嫁だけ。女中が足を踏み入れていい場所じゃない。

 だから引き返すべきだったのに――――気づけば私は吸い寄せられるように、閻魔の門をくぐっていた。

 灯籠に挟まれた道を歩くと、小さなお堂が見えてくる。


 ――――閻魔堂だ。


 ――――閻魔。歴史に登場する最初の鬼。鬼の始祖。鬼国の建国者であり、鬼の王。


「・・・・・・・・」

 思い出は、場所に宿ると聞いたことがある。

 その時の私も、閻魔堂を見ることで、あの時の優しい思い出を、昨日の出来事のように思い出すことができた。

 お堂の前の階段に腰かけて、あの頃のことを思い出す。

 優しい毎日だったと思う。――――今、未来が見えないから余計に、あの頃の出来事を温かく感じるのかもしれなかった。


「そこで何をしてるの?」


 鋭い声が飛んできて、私は跳びあがりそうになる。

「閻魔堂には、花嫁しか近づいてはならないのよ。勝手に閻魔の道に入るなんて・・・・」

 つかつかと近づいてきたのは、美しい着物を着た少女だった。

「凛帆様・・・・」

「あなたは・・・・」

 私も驚いたけれど、凛帆様も驚いていた。

「びっくりしたわ。あなただったのね」

 凛帆様の表情は、一瞬だけ優しくなった。だけどすぐに、また険しい表情に戻ってしまう。

「勝手に閻魔堂に近づいたら、駄目じゃない。このことを女中取締が知ったら、厳しい罰を受けてしまうわ」

「も、申し訳ありません・・・・」

 私は深く頭を下げる。

「どうしても、この場所を一目見てみたかったんです」

「気持ちはわかるけど・・・・ここに入るところを誰かに見られたら、減給だけじゃすまないわ」

 凛帆様は近づいてきて、私の手を取る。

「早くここを出ましょう。誰かに見つからないうちに」

「は、はい」

「さ、急いで」

 凛帆様は私の手を引っ張って、閻魔の門に向かおうとした。

 だけど、足を前に踏み出そうとしたところで、私は空気の流れに、奇妙な気配が混じっていることに気づいた。

 気になって、気配の糸の根元を捜す。


 ――――道端に置かれた灯籠の台座に、赤い光が走っていた。


 私は灯籠に近づき、台座を覗き込む。

 確かに、四角い台座と、石畳の境界線に、赤く光る線が見えた。その光は脈動するように、強くなったり、弱くなったりを繰り返している。

「・・・・なにかしら、これ」

 凛帆様も、その赤い光が気になったのか、台座を覗き込んでいた。

「・・・・これ、もしかして、鬼力きりょくかしら? つまりこれは、血なの?」

 その赤い何かに見入っていると、いつの間にか凛帆様が隣に並んでいた。

「おそらく、血だと思います」


 鬼力きりょくとは、鬼道きどうを使うために必要な力で、人間の身体に生来備わっているものだと考えられている。

 鬼力は、血液の中に宿っている。だから鬼道を使うとき、人は血を使う。私が袖に隠している形代にも、とっさに使うことができるように、あらかじめ自分の血を馴染ませていた。

 鬼が鬼道を使えないのも、本能的に血を欲するのも、この鬼力が関係しているからだ、という説を唱える人もいるけれど、詳しいことはわかっていない。


 灯籠の台座に血の線を引いて、鬼道を使い、何らかの術を発動しているようだった。だからその血の線は、光っている。


 私や凛帆様が感じ取ったのは、鬼力の気配だった。


「この場所には、結界が張られているようね」

「凛帆様、鬼道の仕組みも知ってるんですか?」

 驚きながら、私は問いかけた。

 その光の線が、鬼道の鬼力によって光っていること、そして結界が張られていることは、きっと素人では見抜けないはずだ。

「そういうあなたも、鬼道のことがわかるのね」

「え、ええ、護身のために・・・・」

「私も、護身のために習ったの」

 凛帆様の多方面の知識の深さには、驚かされる。歌や踊り、作法を習得するだけでも大変だったはずなのに、鬼道の知識まで身に着けているなんて。

「閻魔堂を守るために、この場所に結界を張っているのね」

「・・・・いいえ、違うと思います」

 私がそう言うと、凛帆様は不思議そうに、私の顔を覗き込んだ。

「閻魔の道に、結界は張られていませんでした。結界を作ったという話も、聞いていません」

 ――――昔は、閻魔堂に結界は張られていなかった。その後はここに入ることはできなくなっていたけれど、閻魔堂に結界が張られたなんて話は、聞いていない。

「あなた、私と年齢がそう変わらないように見えるのに、御政堂のことに詳しいのね。ここに勤めて、長いの?」

 凛帆様にそう言われて、少し焦った。

「だけど、御政堂の鬼道師が結界を張ったんじゃないのなら、誰がこの結界を作ったの?」

「・・・・わかりません」

 勤続年数について、追及されなかったことに安心しながら、私は考えた。

「・・・・だけど、この鬼道の線、とても荒いです。まるで、急いで作ったみたいに」

 鬼道を構成する血の線は、たわんだ糸のように歪んでいる。

「御政堂が正式に結界を張ったのなら、もっと丁寧に作るはずです。御政堂の鬼道師が、こんないい加減な仕事をするはずがありません」

「・・・・確かにそうだわ」


「急いで、結界を張らなきゃならない理由なんて――――」


 ――――嫌な予感に、胸を塞がれた、その時。


「・・・・!」


 ――――轟音が響いて、地面が揺れた。

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