鬼の花嫁

炭田おと

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34_襲撃_耀茜視点

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「燿茜!」

 桜の廓に戻って、しばらくしたところで、隊士達の様子を見に行っていた翔肇が戻ってきた。

「・・・・なにか起こったのか?」

 翔肇しょうけいは頷いて、会話をまわりに聞こえないよう、俺に耳打ちする。

「御政堂のまわりを巡回していた隊士から、報告があった。・・・・梗朱に似た男を見かけたそうだ」

梗朱きょうしゅ――――」

 討政派の鴉衆からすしゅうの一人、梗朱。

 鬼峻隊や刑門部省の働きで、鴉衆は京月にいることができなくなり、都から離れていったはずだった。

 隊士が見たのが、梗朱だとすると、厄介だ。閻魔の婚礼中であるこの大事な時期に、何をしに戻ってきたのか。

「・・・・どうする?」

「俺が行く。翔肇、ここはお前に任せる――――」


 ――――その時、爆発音に耳を塞がれた。


「・・・・!」

 爆風と同時に白煙が降りかかってきて、視界も塞がれる。

 一拍おいて、再び爆発音が鼓膜を貫き、爆風が覆い被さってきた。

 爆音、は三度鳴り響いた。砂塵が煙幕のように広がって、右も左もわからない中、要人や女中達の悲鳴と怒号が聞こえている。

「なんだ! 何が起こった!?」

 近くにいた長老が叫んだが、混乱した現場からは、返事がなかった。

「ひぃぃぃ!」

 煙を突き破って、小太りの男が俺達の前に飛び出していた。

 上座に座っていた、要人の一人だ。

「待ってください」

「うぎゃっ!」

 引き留めるため、要人の襟をつかむ。首が締まったのか、尻尾を踏まれた猫のような声が、その口から飛び出していた。

「な、何をする!?」

「何があったんですか?」

「み、貢物が爆発したんだ! そ、それで――――」

 おたおたと、おかしな挙動をする男の背後で、白い糸のような光が走った。

「うおっ・・・・!」

 とっさに、要人を押さえつける。

 切断されるように、大気の流れが断ち切られる。


 ――――要人の首があった場所を薙ぎ払ったのは、曇りのない刀身だった。


「なんだ!? 何なんだ!?」

「下がっていてください」

「ぎゃあ!」

 要人が男を突き飛ばすのと、煙の白い壁を突き破って、覆面の男が現われたのは、ほぼ同時だった。

 切っ先が円を描いて、煙の筋が後を追うように流れる。

 覆面の男が大上段から振り下ろした刀と、俺が下段から振り上げた刀が、中段あたりでぶつかって、火花を散らした。

 男が後ろによろめくと、入れ代わりに、別の男が前に出てきて、斬りかかってくる。

 その男と何度か斬り合い、鍔迫り合いになった。力押しに勝ち、俺は男の刀を上に弾く。

 男は両腕を振り上げるような格好になり、胴体ががら空きになった。

 その一瞬の隙を縫って、俺は刀を突きだす。

 心臓を貫いて、刀身を引き抜くと、今度は血が棚引いた。

 すかさず斬りかかってきた二人目の男の喉に、刀身を走らせて、迸った血がまだ落ちないうちに、最後の一人の心臓も貫く。


 倒れた三人は、別々の方向に頭を向けて、二度と動かなかった。


「こ、こいつらは何者だ!?」

 倒れて、動かなくなった男達を見て、要人が叫ぶ。

「・・・・どうやら敵に侵入されたようだ」

「侵入されただと!?」

「燿茜! 早く、御主達を守らないと!」

「御主なら、大丈夫だろう」

「・・・・え?」

 視界を塞いでいた白煙が、散っていく。

 それで、宴会場を見渡すことができた。


 御主と花嫁達は、無傷だった。御主の顔には驚きが張り付いていて、花嫁達はすっかり怯えている。


「鬼久頭代。そちらは大丈夫か?」


 御主達の前には、抜き身の刀を持った諒影りょういんが立っている。


 彼の足元には、襲撃者が数人、血だまりの中に倒れていた。返り血を浴びた諒影の顔は涼しげなままで、動揺はまったく浮かんでいない。


「こちらは問題ない」

 視線を巡らせる。

 鬼峻隊の隊士と、刑門部省の武官は優秀だ。煙が霧散した時にはもう、立っている襲撃者は一人もいなくなっていた。

「怪我人はいるか」

「軽傷の者が、数人います」

「御政堂の中に運べ。すぐに医者を呼ぶ」

「はい!」

 諒影の指示で、武官達が忙しく動き出す。

「頭首!」

「息のある賊を捕らえ、手当てをして、地下牢に入れておけ。残りの者は、残党がいないかどうか、くまなく調べるんだ」

「了解です!」

 鬼峻隊の隊士も散っていった。

「御主、安全が確認できるまで、この場所を封鎖します。許可を」

「う、うむ」

「この場所をいったん封鎖する! 桜の門を閉じろ!」

 諒影の一声で、桜の門は閉じられた。


 俺は膝をついて、男の顔から、覆面を剥ぎとった。

 男は瞠目したまま、事切れていた。――――顔に見覚えはない。

 だが、動きや力の強さから見て、鬼で間違いないだろう。

 襲撃者の手首を裏返して、俺はあるものを見つける。

「・・・・翔肇。見ろ」

「ん?」

 翔肇は襲撃者の手首を覗き込み、眉を顰めた。


「――――鴉の刺青――――」


 男の手首の内側には、黒い鳥の入れ墨が彫られている。鴉と思われるその鳥の脚は三本で、両翼は大きく広げられていた。


「・・・・どうやら、鴉衆の仕業だったようだ」


 鴉衆の鬼達は、組織の一員であることを示すために、身体のどこかに鴉の刺青を刻む。形や大きさなどは違っても、三本足の鴉という点だけは、一致していた。


「凛帆様! 凛帆様、どこにいらっしゃるんですか!?」

 一人の桜女中が、誰かの名前を呼びながら、広場を駆け回っている。

「凛帆・・・・」

「一条家の、花嫁の名前じゃないか?」

「どうしたんだ?」

 その女中が近くに来たので、呼び止める。

「凛帆様が、どこにもいらっしゃらないんです! 息抜きをすると言って、閻魔堂のほうへ行ってから、まだ戻ってきていません!」

 花嫁に目を戻すと、確かに一人、人数が足りない。

 翔肇を見ると、翔肇は頷く。

「ま、待ってください! 私も行きます」

 閻魔堂のほうへ行こうとすると、桜女中が後を追いかけてきた。

「いや、君はここにいて。花嫁は必ず、連れ戻すから」

 翔肇がそう言うと、不安そうにしながらも、桜女中は立ち止まる。


 ――――だが、閻魔の門を越えようとしたところで、問題が起こった。


「・・・・!」


 門の敷居を踏み越えようとした足に、電流のような衝撃が走り、俺の身体は弾かれる。


「うわっ・・・・!」

 翔肇も同じ衝撃を感じたらしく、よろめいていた。

「なんだ、これ・・・・」

 翔肇が腕を前に突き出したが、今度は指先が衝撃に襲われたようで、慌てて腕を引っ込めていた。

「――――結界が張られているようだ」

 その場所を越えようとすると、痺れを伴なった痛みに襲われる。耐えられない痛みじゃないが、前に進もうとすれば、衝撃に弾き返されるだろう。

「・・・・かなり強力な結界のようだ」

「鬼道師を連れてきてくれ! 早く!」

「は、はい!」

 近くにいた役人達が、忙しく動き出した。

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