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74_鬼道師と戦います!
しおりを挟む夜道を、鬼久頭代と一緒に歩く。
外国からの技術力の流入で、この周辺には電灯が設置してある。
だから夜でもこの辺りは明るく、提灯を持つ必要がない。
「・・・・帰り、遅くなりましたね」
「そうだな」
その短いやり取りで、会話は終わってしまった。
道を歩いているのは、私と鬼久頭代だけ、だからこそ沈黙が際立つ。
気まずい、と思っていると、道の前から人影が近づいてきた。
私は道を譲ろうとしたけれど、鬼久頭代は真っ直ぐ進んでいった。怪訝に思って横顔を見て、その眼光の冷たさに背筋が凍える。
距離が縮まると、人影は唐突に立ち止まった。
「・・・・!」
刃が風を裂く音を聞いて、身体が凍り付く。
――――人影が抜き放った刃が、電灯の光を弾いている。
近くで彼らを見て、わかった。私、ではなく、鬼久頭代を見据える男達の目は、殺意でぬらぬらと光っていたのだ。
(私達を狙っている? ・・・・まさか、鬼久頭代の叔父様が・・・・)
屯所での不穏なやり取りが、耳に蘇る。鬼久頭代の叔父様が、脅迫ともとれる捨て台詞を吐いた後で、襲撃されるなんて、無関係だとは思えない。
「・・・・本当にわかりやすい人だ。脅迫した後に、すぐに鬼をよこすとは」
この状況にも関わらず、鬼久頭代の口の端には微笑が浮かんでいて、私は背筋が寒くなる。
「――――だが、わかりやすいのは助かる。こちらも動きやすいからな」
すっと、流れるような動作で、鞘から刀身が抜かれた。刃の輪郭を、鈍い光の粒が滑り落ちていく。
「御嶌、隠れていろ」
「は、はい!」
私は慌てて、身を翻した。
「・・・・!」
私が動いた瞬間にはもう、背後で音が弾けていた。
思わず振り返ると、火花が目に飛び込んでくる。
――――短い間に、火花が何度も瞬き、大気が渦巻くのを感じた。
息つく間もない斬り合いの余波。それを背中で感じながら、私は電柱の影に転がり込む。
多勢に無勢だったけれど、鬼久頭代が負けることはなかった。次々と襲いかかってくる襲撃者を、演劇の殺陣のような動きで、斬り倒していく。
襲撃者は返り討ちにあい、ばたばたと倒れていく。
(大丈夫だ。鬼久頭代は強いんだから)
白鳥の庭園で襲撃されたときも、御政堂の中に賊が入り込んだ時も、多勢に無勢だったけれど、鬼久頭代は無傷で敵を制圧していた。鬼久頭代の強さは折り紙付きだ、勝負がつくのも時間の問題だろう。
――――だけど、疑問が残る。
(・・・・鬼久頭代の強さは、叔父様にもわかっていたはず)
叔父という立場なら、鬼久頭代の強さも把握しているはずだ。
なのに、罠にかけようとせず、真正面から襲撃させるなんて、奇妙だ。
「・・・・!」
その時視界の端に、白い色が舞う。蝶のようなその動きに、私は目を奪われていた。
それは電灯の光の輪の中に入り、光を浴びて一瞬、発光するように輝く。
(あれは――――形代!?)
見えたのは一瞬だったけれど、それが形代だとはっきりわかった。いつも持ち歩いている形代を、見間違えるはずがない。
形代は潜るように、暗闇の中に消える。
「鬼久頭代、鬼道師が隠れています! 形代に気を付けてください!」
この状況で形代が飛ばされたのなら、その目的は、鬼久頭代への攻撃以外にはあり得ない。
鬼久頭代の背後に、形代が近づく。
「後ろに形代が・・・・!」
だけど私が叫ぶ前に、鬼久頭代の刃が水平に大気を薙ぎ払い、形代を真っ二つに切断していた。小さくなった破片が、花びらのように舞い落ちていく。
鬼久頭代はとっくに、形代に気づいていたようだ。
(信じられないような視野の広さだ)
まるで背中に目がついているようだ、と以前感じたことを思い出す。
だけど、放たれた形代は一枚じゃなかった。
次々と飛んでくる形代が、光を浴びて、海の中のくらげのように、一瞬だけ、ほんのりと白い色を瞬かせる。
鬼久頭代は襲撃者に対応しつつ、ついでのように形代を切断していった。どんなに忙しい動きを要求されていても、絶対に形代を見逃さない。
動じず、淡々と形代を切っていくその姿は見事だったけれど、一枚でも逃してしまえば、それで動きを封じられる恐れがあった。
(このままじゃ、鬼久頭代だけが一方的に体力を削られる!)
敵の数が多いうえに、どこから飛んでくるかわからない形代を祓い続けなければならないのなら、消耗戦になってしまう。
先に体力が尽きるのは、状況から考えて、鬼久頭代だろう。
(隠れている鬼道師を見つけないと!)
鬼久頭代は、今はまだ襲撃者を相手にしていて、隠れている鬼道師を捜す余裕はなさそうだ。
(私が見つけないと)
目を凝らすけれど、道が暗いこともあって、鬼道師の姿を見つけられない。
だけど、暗くてよく見えないのは向こうも同じはず。
それに、隠れられる場所は、多くない。塀は高いし、曲がり角は遠い。
(だとしたら、鬼道師が隠れている可能性がある場所は、一つだけ)
鬼道師が潜んでいるとしたら、塀の向こう側だろう。おそらく梯子などを立てかけて、形代を飛ばすときだけ、こちらを見ている。
(駄目だ、見つからない・・・・)
私の視力では、鬼道師達がどのあたりに潜んでいるのか、わからない。
鬼ならば夜目が利くから、街灯も提灯もない暗闇でも、物の輪郭を見分けられると聞いている。鬼の視力が、羨ましかった。
(鬼は、夜目が利く・・・・)
頭の中で、ある作戦が思いつく。
「鬼久頭代!」
敵の攻撃が途絶えた瞬間を狙って、呼びかけると、鬼久頭代の目がこちらに向いた。
敵に聞かれてしまうから、作戦の内容を声で伝えるわけにはいかない。
代わりに私は、目で電灯を見ることで、作戦を伝えようとした。
どうか伝わりますように、と心の中で願っていると、鬼久頭代が頷いたのが見えた。
「余所見している場合か!」
また、鬼達が頭代に斬りかかる。
私は電柱の影に下がりながら、形代を飛ばした。
私が飛ばした形代が、電球の表面に張りつく。
「爆!」
術を発動する私の声と、電球が破裂する音が重なった。
一瞬、断末魔のように強烈な光が散る。
そして道は完全に、暗闇に支配された。
「ぐあ!」
「ぎゃっ・・・・!」
私の目には見えなくなっても、暗闇の中で、鬼久頭代と襲撃者の戦いは続いていた。
おそらく、突然電灯が消えたことに動揺して、鬼達の動きは鈍ったのだろう、暗くなった直後に悲鳴が聞こえ、倒れる音が耳に入ってきた。
鬼は夜目が利く。だけど、人間は暗闇の中では動けない。
――――隠れている鬼道師達の目では、鬼久頭代の姿をとらえられなくなり、形代を飛ばすこともできなくなったはずだ。
また私は、形代を飛ばす。
空高く舞い上がった形代は、火に包まれ、鬼火のように揺らめいた。
形代が生み出す光の輪で、塀の屋根の輪郭が見えた。形代はすぐに燃え尽きてしまったけれど、塀がある場所をある程度把握することはできた。
(塀の屋根があるのは、あの場所だ!)
私は塀の屋根がある場所に向かって、形代を飛ばす。暗くて確かめられないけれど、たぶん形代は、狙い通り屋根瓦に張り付いたはずだ。
一枚一枚の威力は弱いけれど、何枚もの形代を一度に起爆させることで、威力を強めることができる。
「爆!」
私の発動の声で、形代はいっせいに起爆し、炎の壁を噴き上げる。
「うわあああ!」
塀のほうから誰かの悲鳴が聞こえた。
同時に、小さな火の玉が、いくつも空に散らばっていく。鬼道師が手に持っていた形代に、火が付いたようだった。その火が、暗闇に包まれた空を、花火のように一瞬だけ、ほんのりと赤くした。
「御嶌、出てきていいぞ」
暗闇から、鬼久頭代の声が聞こえる。
「お、終わったんですか?」
「ああ、こっちに来い」
「は、はい」
鬼久頭代のところに行こうとしたけれど、そもそも暗くて、鬼久頭代がどこにいるのかがわからない。手探りで前に進もうとすると、誰かに手をつかまれた。
「こっちだ」
近くから鬼久頭代の声が聞こえて、胸を撫で下ろす。
私は鬼久頭代に手を引かれ、次の電灯の明かりを目指して進む。光の輪に入り、鬼久頭代の姿を目で見ることができた時は、本当に安心した。
「お前に助けられたな」
「いえ・・・・」
明るい場所で鬼久頭代を見ると、頭代は息を乱してもいないし、汗をかいてもいなかった。
(あれだけ動いていたのに、疲れているようには見えない・・・・)
鬼久頭代の体力の心配をしていた。だけど、鬼久頭代の様子を見るに、私が動かなくても、彼は鬼を倒した後で、鬼道師を捕まえたのかもしれない。
「・・・・あの鬼達は」
「気を失っている。後で人を寄こして、捕まえさせよう」
「鬼道師はどうなりましたか?」
「お前が火で脅した直後に、気配が消えた。逃げたんだろう」
「そうですか・・・・」
捕まえられなかったことが残念だ。
「おそらく山高組の鬼だろうな。目をつけていた山高組の鬼と、特徴が一致する」
「目をつけていた?」
「いつか、仕掛けてくるだろうと思っていた」
鬼久頭代は淡々と話す。襲撃までされたのに、たいした問題ではないと考えているような口ぶりだった。
「・・・・これを仕組んだのは、やっぱり頭代の叔父様なんですか?」
「間違いないだろう」
鬼久頭代は、命を狙われたのに、どうしてこんなに落ち着いていられるのだろう。私のほうが焦ってしまった。
鬼久頭代は、自分で問題を解決できると言っていた。すでに何らかの糸口をつかんでいるのかもしれない。
「・・・・あの人が、鬼久頭代の命を狙っていることはわかりました。山高組との繋がりで、叔父様を捕まえることはできないんでしょうか?」
「叔父は巧妙に繋がりを隠している。現段階でそれを理由に拘束するのは、無理だろう」
「では、どうやって対抗するんです?」
今後も叔父様が山高組の鬼を使って、攻撃を仕掛けてくるのなら、鬼久頭代も危険なはずだ。
「俺のことはいい。それよりも、早く帰ろう」
肝心なことは、教えてくれない。部外者の私には、話せないということなのだろう。そのことを、少し寂しく思う。
「ここまで来れば、私一人で大丈夫です。狙われてるんですから、鬼久頭代は早く、家に戻ってください」
狙われているのは鬼久頭代なのだから、鬼久頭代の安全を第一に考えるべきだと思った。
だけど鬼久頭代は、顔を顰める。
「馬鹿を言うな。一緒にいたお前も目を付けられている。このまま帰るのは危険だ」
「でも・・・・」
「家に来い」
「は・・・・?」
私は驚いて、ぼんやりと鬼久頭代の顔を見つめてしまった。
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