後宮の死体は語りかける

炭田おと

文字の大きさ
44 / 56

43_寵妃の本領

しおりを挟む


「・・・・まったく、これはどういうことだろうか」


 ――――目の前に立ち塞がる趙徳妃ちょうとくひを見て、私はそう呟かずにはいられなかった。


「あらあら陛下。・・・・こんな夜分に、どこに行かれるおつもりですか?」

 側仕えを引き連れて、客人のもとへ向かっている途中で、まるで待ち構えるように通路の真ん中に立っていた趙徳妃ちょうとくひと出くわした。


 しかも趙徳妃ちょうとくひは、顔は笑っているものの、頬は怒りで紅潮している。私がこれからどこで、誰と会おうとしていたのか、知っていることは一目瞭然だ。


「陛下」

 楚々とした仕草で、趙徳妃ちょうとくひは私に歩み寄ってくる。

「それで、どこに行かれるおつもりだったのですか?」

「・・・・客人に会いに行くつもりで――――」

「客人? 今、客人とおっしゃいましたか?」

 趙徳妃ちょうとくひは厚い唇を、笑みの形に歪める。

「陛下、客人の中には若い娘もおります。かような夜分に訪ねれば、あらぬ噂の種となりましょう」

「・・・・・・・・」


 趙徳妃ちょうとくひの目を、直視できない。彼女だけじゃなく、彼女に付き従う宮女きゅうじょ達まで、一様に眼光を尖らせていた。


 その団結力が生み出す威圧感に耐えられず、私の側仕えは全員、萎れた花のように項垂れてしまう。


「は、話がしたいだけで――――」

「さすれば、明日、清和殿せいわでんでゆるりとお話すればよろしいでしょう。わざわざ夜、客人の部屋にお渡りになる必要はありませぬ」

「・・・・・・・・」

 趙徳妃ちょうとくひは、妃嬪ひひんの中で一番素直に、嫉妬心をぶつけてくる。

 だが彼女が特別、嫉妬深いというわけじゃない。

 彼女は素直なだけだ。他の妃嬪ひひん達は感情を抑え、あるいは隠している。

 私は趙徳妃ちょうとくひの素直な面を気に入っていたが、こういうときは厄介だった。


「いったい、誰が告げ口したやら――――いや、考えるまでもないか」

 私は趙徳妃ちょうとくひを睨む。

俊煕しゅんきの奴だな? まったく、告げ口をするとは、あやつも卑劣な真似を・・・・」

「まあ、殿下のことを悪くおっしゃるなんて」

 趙徳妃ちょうとくひは大仰に、呆れてみせる。

俊煕しゅんき殿下は皇子の中でもっとも高潔な方ですよ。・・・・お父上に似ずに、まこと誠実なお方に成長されました」

「・・・・その言葉は痛いな」

 生真面目な俊煕しゅんきが、こんな手段を使ったことが意外だった。


 だがすぐに怒りは静まり、おかしさが込み上げてくる。


「くくく・・・・」

「・・・・陛下。何がおかしいのですか?」

 堪えきれずに笑い声を零すと、趙徳妃ちょうとくひは目を吊り上げた。

「怒るな。そなたを笑っているのではない」

「では、何がおかしいのです?」

俊煕しゅんきのことだ。生真面目なあやつが、こんな小細工をするとはな」

 ひとしきり笑って、私は趙徳妃ちょうとくひを見る。

「今晩はいい気分だ。そなたの言う通り、客人とは明日話すことにしよう。もともと、俊煕しゅんきを少しからかうつもりで、それ以上の意図はなかったのだ」

「まあ、お人が悪い」

 私の意図が別にあると知り、趙徳妃ちょうとくひの怒りは、静まったようだった。彼女は袖で口元を隠して、くすくすと笑う。

「なぜ、そのようなことをなさるのです? 俊煕しゅんき殿下は、誰よりも皇子らしくいようと、常に心がけていらっしゃるのに」


「だからこそだ。あやつは、品格だの徳だの規範だのといった壁を、破るべきなのだ。・・・・もっと広い視野を持たなければ、私が倒れた後、帝位を巡る争いに巻き込まれ、兄弟に殺されることになるだろう」


「・・・・・・・・」

 趙徳妃ちょうとくひは青ざめ、笑顔は露のように消えてしまう。


「・・・・すまん。そなたにする話ではなかったな。このような辛気臭い話はやめよう」

「では、客人のもとへはお渡りにならないのですね?」

「ああ、やめておく。・・・・だから誤解をするなと言っておるに。まことに、俊煕しゅんきをからかおうと思っただけなのだ」

「まことですか? ・・・・陛下は嘘をつくのがお上手ですから」

「しつこいぞ。まことだと、何度も言っているだろう」


「失礼しました。――――それでは、陛下」


 趙徳妃ちょうとくひはにこりと笑う。


「本日は華藍宮がらんきゅうにおいでください。陛下がご所望だった、西域せいいきの冷酒を用意しております」

「それはよい。では、華藍宮がらんきゅうに行くとしよう」


 私が手を差し出すと、機嫌がよくなった趙徳妃ちょうとくひは、私の手の上に自分の手を重ねた。


 そして並んで歩き出す。


 私達の後を、側仕えと宮女きゅうじょが列を成してついてきた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

幼馴染に10年片想いしてたら、冷酷御曹司にプロポーズされました

ほーみ
恋愛
 春の匂いが、駅前の並木道をくすぐる。満開の桜の下、私はひとり歩いていた。駅までの道は、高校時代、彼とよく歩いた道だ。  制服姿の学生が笑いながらすれ違っていくのを横目に、私はスマホを見下ろした。  「今日、伝えるって決めたんじゃなかったの?」  送信したきり返信のないメッセージ。画面には「既読」の文字があるだけだった。  ――渡瀬 湊。私が10年間片想いをしている、幼馴染。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました

藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。 次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん
恋愛
 ――仕事で疲れて会えない。  十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。  記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。  そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン

自信家CEOは花嫁を略奪する

朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」 そのはずだったのに、 そう言ったはずなのに―― 私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。 それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ? だったら、なぜ? お願いだからもうかまわないで―― 松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。 だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。 璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。 そしてその期間が来てしまった。 半年後、親が決めた相手と結婚する。 退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――

処理中です...