後宮の死体は語りかける

炭田おと

文字の大きさ
45 / 56

44_理想の皇子様

しおりを挟む


 夜風に吹かれながら、私と俊煕しゅんき殿下は並んで歩く。

 大勢の人が暮らしている場所なのに、夜になれば人の気配も消え失せて、まるで廃墟を歩いている気分だった。


「・・・・それで殿下、どこまで歩きましょうか?」

 しばらく歩いてから、私は立ち止まり、殿下に問いかける。

「夜の散歩ならば、御花園ぎょかえんまで歩いてみるのもいいかもしれませんね。御花園ぎょかえんに入れるかどうかは、わかりませんが」


「・・・・嶺依りょうい殿に、一つ、聞きたいことがあります」


 呟くように言って、俊煕しゅんき殿下は身を翻し、まっすぐ私を見た。真剣な表情に、私は少し緊張する。


「なんでしょう?」


「万が一――――父上が、あなたのことを側女として召し上げると言ったら、あなたはどうするつもりでしたか?」


 虚を突かれて、しばらく声が出なかった。


 酒席でのやりとりが頭に浮かぶ。陛下は冗談を言っただけだと思うけれど、言葉は受け取り方によって、大きく変わってしまうものだ。


「・・・・陛下は、そんなことは望まないでしょう。宴席でのあの言葉は、ただの冗談だと思います」

「確かにあの時の言葉は、冗談です。・・・・でも父上は気まぐれですから、本気になることもあります」


「・・・・万が一にも、そんなことはないと思いますが、もし陛下がそのつもりでおっしゃったのなら、私は謹んで、その役目を拝命するだけです」


 殿下は驚いたのか、瞠目して、固まってしまった。


「私の身分で、陛下の命を拒むことはできません。国中の女性が、陛下がお望みになるのなら、それに従うしかないでしょう。私の望みは関係ありません。おそらく私の身分では、側室にすらなれないでしょうが、命令とあれば、お仕えするだけです」

「・・・・・・・・」

「陛下は豪快な方ですが、一方で思慮深い面もお持ちです。ですから冗談で気に入ったとおっしゃっても、迂闊な命令は下さないかと。その点では、間違いは起こらないと私は思っています」

「そう・・・・ですか」

 殿下は俯いてしまった。

「・・・・あなたは型破りで自由な方ですから、違う答えかもしれないと思っていました」

「自由・・・・」


 私と俊煕しゅんき殿下は、まったく違う世界で生きている。

 土地によって、生き方も常識も違うというだけなのに、その違いが殿下の目には、自由に生きているように映ったのかもしれない。


(・・・・殿下は、自由になりたいのかな?)


 規則でがんじがらめの皇宮の中で、俊煕しゅんき殿下は理想の皇子であろうと心掛けているように見えた。真面目で、どんな時でも弱音は吐かずに、皇帝の息子らしくふるまっている。


 でもきっと、それは苦しいことだ。


 誰もが生まれながらに、まわりが望む理想の姿であれるわけじゃない。理想に近づこうと努力し続けてようやく、まわりは評価してくれる。

 俊煕しゅんき殿下は、そうなろうと励んでいるように見えた。


 だけど、自由気ままな同年代の青年達と比べると、その姿は少し苦しく見える。殿下は、本来の自分を殺し過ぎなのだ。


「・・・・殿下、お話したと思いますが、私の故郷は、一年の大半を雪に閉ざされています」

 話題が変わったことを不思議に感じたのか、殿下は目を瞬かせる。

「一面の銀世界が、月光に照らし出される様はとても幻想的ですが、暮らすには不向きな土地です。作物を育てるにも、家畜を育てるにも向いていないのです。・・・・生活は苦しいものです」

「なぜ、そのような土地に? 別の土地に移住するという方法もあります」

「他の土地はすでに、他の部族が所有しています。無理に移動しようとすれば、争いになるでしょう。暮らすには不向きだと知っていて、ジェマ族があの土地に家を持ったのは、他の部族との争いに負け、追いやられたからなんです」

 戦いに負け、住む土地を変えるしかなかった。ここ数十年、大きな戦は起こっていないけれど、辺境の部族の小競り合いは、今でも絶え間なく起こっているはずだ。

「寂しく、過酷でも、私はあの土地が好きです。だけどジェマ族のみなが、そう思っているわけじゃありません。獣害も多いですから、人々の心は荒んでいます。そのうえ、他の部族が奴隷を得る目的で私達の土地に踏み込み、女子供を連れ去っていきます」

 俊煕しゅんき殿下は、信じられないという顔をした。

「・・・・信じられません。許されぬことです」

「あの土地には、私達を守ってくれる法がない」


 殿下は、辺境の土地の事情を知らないのだろう。私達が住んでいる土地には、西京せいきょうのように悪行を防ぐ法も、法を取り締まる組織もない。


「・・・・私達は小部族、蹂躙されていることを知りながら、報復することも叶いません。だから私は陛下のお力を借りるために、都に来ました。そのためならば、なんでもいたしましょう」

 殿下はまた、目を伏せる。

「・・・・殿下の目に、私は自由に生きているように映ったのかもしれませんが、それは違います。私は強いわけじゃなく、どこにでもいるちっぽけな人間です。この世界に、本当の意味で自由な者など、一人もいないでしょう。誰もがなにかしら、縛られて生きています。殿下も、そうなのでしょう?」

「・・・・ええ、そうです。俺の考えは甘かったようだ」

 殿下は苦笑して、そう言った。


「でも、あらためてあなたの強さがわかりました」


「私は強いわけじゃありません。あの土地の生き方に、適応しただけです。つらい思いをしているのは、すべてのジェマ族がそうですから」


「でもあなたは、その苦しみを淡々と受け入れている。俺や誰かに、同情してほしいとは思っていない。――――それは強さだと思います」


「・・・・・・・・」

 その言葉を嬉しいと感じたものの、私の語彙力では、その気持ちをどうやって殿下に伝えればいいのか、わからなかった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

幼馴染に10年片想いしてたら、冷酷御曹司にプロポーズされました

ほーみ
恋愛
 春の匂いが、駅前の並木道をくすぐる。満開の桜の下、私はひとり歩いていた。駅までの道は、高校時代、彼とよく歩いた道だ。  制服姿の学生が笑いながらすれ違っていくのを横目に、私はスマホを見下ろした。  「今日、伝えるって決めたんじゃなかったの?」  送信したきり返信のないメッセージ。画面には「既読」の文字があるだけだった。  ――渡瀬 湊。私が10年間片想いをしている、幼馴染。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました

藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。 次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん
恋愛
 ――仕事で疲れて会えない。  十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。  記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。  そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン

自信家CEOは花嫁を略奪する

朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」 そのはずだったのに、 そう言ったはずなのに―― 私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。 それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ? だったら、なぜ? お願いだからもうかまわないで―― 松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。 だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。 璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。 そしてその期間が来てしまった。 半年後、親が決めた相手と結婚する。 退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――

処理中です...