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1_どん底からの再出発
しおりを挟む「・・・・ふう」
長旅の疲れから、溜息を落としつつ、私はベッドの脇に鞄を置いた。
そして窓に立ち、ディエレシスの首都リモージュの街並みを、ぼんやり眺めた。
春になり、リモージュの町には、和やかな空気が漂っていた。リモージュは花の町と呼ばれるほど花壇が多く、今も色鮮やかな花が咲き誇っている。
ルシヨンの屋敷から送られてきた荷物は、部屋の隅に積み上げられている。早く荷物をほどいて、部屋の中を片付けなければならないけれど、手を付ける気力が湧かなかった。
「片づけを手伝いましょうか、カロルさん」
しばらくして、ポーリンさんが部屋に入ってきた。
「なんだ、まだ荷物をほどいてもいないじゃない」
「ごめんなさい。何もする気力が湧かなくて・・・・」
ポーリンさんは、困ったように笑った。
「まあ、色々あったからね。いいのよ。ゆっくり片付けなさい」
「はい・・・・」
「それにしても、まったくひどい話ね。・・・・一方的に、婚約を破棄するなんて」
「・・・・・・・・」
この一週間で、私の人生は激変した。
そのはじまりとなったのが、婚約者ベンジャミン・ド・マルタンの裏切りだ。
私、カロル・ド・ルシヨンと、ベンジャミン・ド・マルタンは、家同士の取り決めで、幼い頃に婚約を交わした。同じ伯爵という地位で、所有する領地が隣接していたからだ。
ルシヨン伯爵家は、ディエレシスの西、ルシヨン領を治める一族で、一応、爵位を持つ貴族の端くれではある。といっても、ルシヨンは何もない辺境の地、一族は貴族とは思えないほど貧しい。
月に数回会うだけのベンジャミンとは、恋愛結婚のような、甘美なエピソードは一切なかったものの、誠実な人物だと信じていた。
運命的な出会いや、劇的な物語りなんていらない。ただ穏やかに、領地を一緒に守ってくれる人と添い遂げたいと願っていた。ベンジャミンも同じ気持ちでいてくれていると信じていた。
だけど結婚できる年齢になっても、ベンジャミンはなにかと理由をつけて、結婚を先延ばしにしていた。
――――そして、ある日突然、私は真実を知ることになる。
上昇志向の強いベンジャミンは、私との婚約が決まった後も、身分の高いご令嬢との縁を求め続けて、各地の社交場に顔を出していたそうだ。
だけどそこでは相手を見つけられず、ある日、ルシヨンの屋敷を訪れた時に、偶然居合わせた、私の友達のアデレードに一目惚れした。
アデレード・ミュレーは黄金色の髪を持つ、美しい女性だ。サバサバした性格で、それもベンジャミンの好みだったらしい。
それに、アデレードの父親は私の父と同じ地位で、領地の広さも変わらないけれど、国王に接触できる役職に就いている。もっと高い地位を、と望むベンジャミンには、それも魅力的に思えたようだ。
一番ショックだったのは、友達のアデレードが、ベンジャミンが私の婚約者と知りつつ、求婚を受けたことだった。
後から他の友達が教えてくれたところによると、アデレードは隠しているけれど、本当はとても上昇志向が高い人だったらしい。彼女にも婚約者がいたけれど、相手の家格が低いことが気に入らなかったらしく、密かに相手を捜していたそうだ。
ベンジャミンがアデレードを見染めたのかと思っていたら、アデレードのほうも、ベンジャミンを見染めていたらしい。
そんなことになっているとは露知らず、私はある日一方的に、婚約の破棄を告げられる。ベンジャミンとアデレードは、私に隠れて逢瀬を続けていたけれど、それを知らなかった私にとっては、突然のことだった。
かなり落ち込んだけれど、相手が婚約を破棄したいというのなら、それを受け入れるしかなかった。
――――だけど、不幸というものは続くものだ。
立ち直る余裕もないまま、今度は私は、父の死という悲劇と向かい合わされることになった。
もともと心臓に持病があった父は、視察中に突然倒れ、そのまま亡くなってしまった。
立て続けの不幸を前にして、呆然と立ち尽くすことしかできない私に、三度目の不幸が襲いかかってきた。
――――ルシヨンの財産と領地を、叔父であるブラウリオ・ド・ルシヨンに奪われることになったのだ。
私は一人娘で、ディエレシスでは、女性が財産を相続することが認められている。父は生前、私のために遺言を作成して、遺言書が収められた棚の鍵を、私に持たせてくれた。
だから、遺産の相続人に、叔父の名前が書いてあるはずがない。
慌てて遺言書を確認しようとしたものの、私が不在中に、遺言書は棚ごと持ち去られていて、確かめることができなかった。
叔父が私に見せた遺言書の文字は、明らかに父の筆跡と違っていた。
私は抗議したけれど、叔父は取り合わず、屋敷も自分が相続するからと、私をルシヨンの屋敷から追いだした。
――――こうして私は、すべてを失った。
領地も、住む家も、わずかな家財の相続すら認められなかったため、一文無しとなった私は路頭に迷うことになった。
そんな私に、自分の家に来ればいいと手を差し伸べてくれたのが、親戚のマテオ・ブロトンスおじさんだった。
私はマテオおじさんを頼るしかなく、今こうして、マテオおじさんの屋敷にいる。
マテオおじさんは領地こそ持たないものの、リモージュ王宮で重要な役職を任されている大臣で、高給取りだ。屋敷も大きく、客間も数多くあるから、私を引き取ってくれたのだろう。
ポーリンさんは、マテオおじさんの奥さんだ。本当に二人には、感謝してもしきれない。
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