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しおりを挟む「やっぱりそうなのね! あなたも私と同じように、前世の記憶を持ってるんだわ!」
艶やかな黒髪を風に遊ばせながら、アリアドナは花のように笑った。
三大侯爵家であるヴュートリッヒ家の庭園の花畑は、天国の入り口のように幻想的で、そんな美しい花畑を背景に笑うアリアドナは天使に見えた。
「前世の記憶?」
「この世界はね。ーーーー〝花畑の聖女〟っていう題名の、ライトノベルの中の世界なの」
生まれてからずっと感じてきた違和感にたいする答えがわかって、目から鱗が落ちる思いだった。
〝花畑の聖女〟は、バウムガルトナー家の令嬢シュリアが、大勢の男性に愛されながら、治癒能力を開花させ、聖女の称号を得て、やがては皇后まで成り上がる物語ということだった。
「・・・・その物語、私も読んだ気がする」
「でしょ!?」
アリアドナは推測が当たっていたことを喜んで、ぴょんぴょんと跳ねた。
彼女から小説のあらすじを聞いて、はっきりと思い出すことができた。
モルゲンレーテにアルムガルト、ヴュートリッヒ、バウムガルトナー、そしてシュリアーーーー聞き覚えがあると思っていたすべての単語が、一つの小説に繋がったのだ。
「でも、読んだのは途中までだった気がする。好みに合わなくて、読むのを止めちゃったのよね・・・・」
ーーーー〝花畑の聖女〟のストーリーは一事が万事、ヒロインであるシュリアだけに都合よく進んだ。
作中に出てくる男性のメインキャラは、ほとんどがシュリアの純粋さに心を奪われ、彼女に尽くすようになる。困難が起こってもシュリアが自分の力で乗り越えるというよりは、シュリアを愛する人々が解決に導いてしまうため、何となく盛り上がりに欠けると感じていた。
一方、シュリアをいじめる悪女達はことごとく返り討ちに遭い、悲惨な最期を迎えた。ヒロインであるシュリアの日々が、まわりの人達に溺愛されながら、ほんわかと進むのとは対照的に、性格が悪いとはいえ、そこまで大罪を犯したわけじゃない悪女達の最期は、その罪には見合わないほど過酷だった。
この極端すぎる勧善懲悪が好みに合わなくて、私は序盤で読むのをやめていた。だから〝花畑の聖女〟の中盤以降の流れや、結末は知らない。
「ええーっ! あの小説面白いのに、最後まで読んでないの!?」
アリアドナと友達になった私は、未来を知っている彼女を頼るようになった。そして、十歳以上も年上のジャコブ・フォン・ファンクハウザーとの婚約が決まった時、未来を知る彼女に聞いた。
「ーーーーこの結婚で、私は幸せになれる?」
「大丈夫、幸せになれるよ」
アリアドナがそう言ってくれたから、私は安心して、結婚に踏み切ることができた。
ーーーーでもその言葉とは裏腹に、結婚生活は暴力と欺瞞に満ちた、悪夢そのものだった。
夫の愛人に、邸宅での権限をすべて奪われ、引退したはずの先々代の当主、ハインリッヒに、鞭で打たれる家畜のような日々。ーーーーそんな中で私は、だんだんと人間らしさを失っていった。
そんなある日、私の前に、ある人が現れた。
「はじめまして。ファンクハウザー伯爵夫人」
訪ねてきたのは、クリストフ・フォン・バウムガルトナー侯爵だった。原作のヒロイン、シュリアの父親だ。
「あなたに協力を求めたくて、今日訪ねてきたという次第です」
「どうして私なんかに・・・・?」
「ご謙遜を。ーーーー原作ではあなたは、ヒロインとヒーローを最後まで追い詰めるラスボスなんですよ?」
頭が真っ白になって、目も点になった。
「はいぃっ!? 私がラスボス!?」
「アリアドナはあなたに、必要なことを何も教えなかったようですね」
口をぱくぱくさせる私を横目に、立ち上がったバウムガルトナー侯爵は、窓辺に移動する。
「原作のアルテ・フォン・アルムガルトは、嫁ぎ先のファンクハウザー家で虐待され、心を病み、闇落ちしてしまうんです。すべてに絶望し、手段を選ばなくなったあなたは老人や夫、その愛人を殺して、ファンクハウザー家を乗っ取ります。それだけにはとどまらず、やがて政界に乗り出し、暗躍するようになる。ーーーーそして最終的には、皇室すら意のままに操ろうとするんです」
「・・・・本当に私がラスボスなんですか?」
「ええ、そうです。ーーーー〝花畑の聖女〟の物語は、ディートマル四世の死後、皇位を継承したヒーローと、彼と結ばれ皇后になったシュリアが、皇室を乗っ取ろうと画策したアルテ・フォン・ファンクハウザーや、彼女と結託した大貴族の罪を暴き、処刑することで終幕します」
頭を金づちで殴られたような衝撃を受けた。私は立ち眩みでまっすぐ立つことができなくなり、崩れるように椅子に座る。
「だってアリアドナは、そんなこと一言も・・・・!」
ーーーー大丈夫、幸せになれるよ。
アリアドナの言葉を信じ、ただただ耐えてきた。原作の結末を知っているアリアドナの言葉なら、信じられると思ったから、それだけが支えだった。
すると、バウムガルトナー侯爵の顔から、笑顔が消える。
「アリアドナはあなたに、嘘をついたんですよ」
「え?」
「彼女が自分の利益のために、あなたに嘘をついたと考えたことは?」
「だ、だって、そんなことをして一体何の意味が・・・・」
「あなたが心を病んで、闇落ちして悪役になったほうが、彼女にとっては都合がよかったのでは?」
アリアドナのことを友達だと思っていた私は、その言葉が受け入れがたくて、バウムガルトナー侯爵を睨みつける。
「信じられません。だって私がラスボスになったところで、アリアドナが得するとは思えませんから」
「利益はあります。ーーーーそこで、私があなたに協力を申し出てきた話に繋がるんですよ」
私は目で、バウムガルトナー侯爵に説明を求めた。
「実は、私が前世の記憶を取り戻したのはごく最近なんです。それで気づいたんです。この世界の物語が、原作とはかけ離れたものになっていることを」
「かけ離れた・・・・?」
「原作の〝花畑の聖女〟では、中盤で三大侯爵家の力関係に変化が起きます。ヴュートリッヒが没落するんです。でもこの世界では、まったく逆のことが起きました。バウムガルトナーとアルムガルトが没落して、ヴュートリッヒの一人勝ち状態になったんです」
結婚後、私は社交界から遠ざかったばかりか、以前の友達とも疎遠になっていた。アリアドナとも、かなり長い間会っていない。
だから、そんなことになっていることを知らなかった。
「ーーーーアリアドナ・フォン・ヴュートリッヒの望みは、シュリアに成り代わることだったんでしょう。そしてあらゆる手を使い、野望を実現させて見せた」
「アリアドナが、シュリアの役柄を乗っ取ったとおっしゃるんですか?」
「そうとしか思えません。だって原作では、アリアドナはあなたと同じく、シュリアと敵対する悪女だったんですからね。あなたほどの大物にはなれずに、中盤であえなく脱落する小物でしたが」
「・・・・・・・・」
「アリアドナの目的ははっきりしています。ーーーー原作ヒロインの立場を乗っ取って、皇后になることです。そして目的の邪魔になる要素は徹底的に排除、もしくは望み通りに操ろうとしている。前者はシュリアを貶めて排除することで、後者はーーーー」
「原作通り、私をラストボスにすること、ですね?」
問い返すと、バウムガルトナー侯爵はうなずいた。
「アリアドナはあなたに悪の枢軸になってもらって、ヒロインに成り代わった自分が、悪を打倒するという、原作の筋道をたどりたいんだと思います。でも、あなたは悪の枢軸として裁かれる結末なんて、望んでいないはず」
侯爵は私に、手を差し伸べてくれた。
「我々の利害は、一致している。ーーーー伯爵夫人。私に、手を貸してくれないでしょうか?」
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