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しおりを挟む大陸の西端に位置し、広大な土地を要する大国、モルゲンレーテ。
国土は縦に長く、北部は雪国で、温暖な気候の南部は、穀物の栽培に向いている。見渡す限りの麦畑は、まるで朝焼けの海のようで、周辺諸国はモルゲンレーテを、神に祝福された国と呼んでいた。
そんなモルゲンレーテには、三大侯爵家と呼ばれる、強大な力を持った三つの家門がある。
ーーーー質実剛健を旨とする、アルムガルト。
ーーーー建国に貢献し、代々軍部の幹部を輩出してきた、ヴュートリッヒ。
ーーーー港をいくつも所有し、交易を活発化させ、モルゲンレーテの経済に寄与したバウムガルトナー。
三つの家門は、それぞれ家名と同じ名前の土地を、領地として持っている。
私ーーーーアルテ・フォン・アルムガルトはその名のとおり、アルムガルト家の公爵令嬢として、この世に生を受けた。
物心ついたころから、私は奇妙な違和感に付きまとわれていた。
両親や家庭教師からモルゲンレーテという国名や、三大侯爵家の家門名を教わる前から、それらの名前に聞き覚えがあるように感じていた。それに直観という形で、未来で起こることを何となく予測できた。
(どこかで聞いた覚えがあるのよね・・・・)
だけどどこで聞いたのか、肝心の部分が思い出せない。
(それにこの姿も・・・・)
鏡に映る自分の顔や、緑色の瞳、青紫色の髪にも違和感をぬぐえなかった。貴族令嬢にふさわしい、人形のような顔だったけれど、鏡を見るたびに他人の顔だと感じてしまう。
不可解な点は、そこだけじゃなかった。
私には、別の国で、別の姿、別の名前で生きていた記憶があった。朧気ではっきりとしたものではなかったけれど、別人として、別の国で人生を歩んでいた時の記憶が、確かに頭の中に残っていたのだ。
ーーーーそれらの謎の答えは、十歳の時、同じ年頃の貴族の令嬢達のティーパーティーに参加したことで、得られることになった。
「陛下は、誰を皇太子に選ばれるのかしら・・・・」
同年代にしてはやや大人びているニーナが、その話題を口にしたのがきっかけだった。
「ニーナ!」
ニーナの友達が、慌てた様子で彼女の口を塞ごうとする。
「何するのよ!」
「そういうことを軽々しく口にしちゃ駄目だってば! 口は禍の元だって、お父様から教わらなかったの?」
モルゲンレーテには、五人の皇子がいる。
ーーーー第一皇子のコルネリウス、第二皇子のヨルグ、第三皇子のダミアン、第四皇子のベルント、第五皇子のフィリップ。
ある理由から、十四代目の皇帝ディートマル四世は結婚と離婚を繰り返したため、母親が違う皇太子候補が五人もいた。
モルゲンレーテも皇位継承の順序が決まっていて、普通なら第一皇子が皇太子として立てられているはずだけれど、陛下は今までどの皇子にたいしても、立太子の儀礼を行っていない。母親が同じなのは第三皇子と第四皇子だけなので、皇太子の座を巡って、皇子達の母方の家門が、水面下で熾烈な争いを繰り広げているそうだ。
「儀礼が遅れているだけで、やっぱり皇位継承の順序にのっとって、第一皇子のコルネリウス殿下が皇太子になるんじゃないかしら? 母方の家門も、他の皇子よりも強いもの」
「第一皇子を後継者にするつもりだったのなら、なぜすぐに、コルネリウス殿下を皇太子として立てなかったのかしら?」
「陛下が皇祖と同じ、銀髪と赤目の皇子を皇太子にすることを望んでいるからだそうよ」
私が何気なく口を挟むと、令嬢達に注目されてしまった。
モルゲンレーテを建国した初代皇帝には、すさまじい力があったという伝説がある。当時、西端の五つの王国を一つに統合したのは、彼の政治力と、召喚術の力が大きかったと言い伝えられている。
ーーーー召喚術。この世界ではあらゆる破壊魔法の頂点に君臨するのが、召喚術らしい。
その中でもモルゲンレーテの皇祖の〝聖なる七剣〟と、彼の忠実なる騎士が使役した神獣〝ホワイトレディ〟は、大陸最強と称えられていた。
モルゲンレーテでは、皇祖は神のように崇められている。皇祖は神に選ばれたとしか思えないような人物であり、そんな皇祖によって建国されたこの国も、神に祝福された国だと言えるからだ。伝説の真偽はさておき、モルゲンレーテの人達は伝説を信じて、中には固執と呼べるほどこだわる人もいた。
ーーーー今現在、モルゲンレーテの統治者である十四代目の皇帝ディートマル四世も、そんな伝説に執着した一人だ。
もう長い間、皇族から召喚術を使える者が生まれていないらしい。召喚術で伝説を作った皇祖の子孫が、召喚術を使えないという事実が、陛下には耐えがたかったようだ。
だけど召喚術の才能は、いつ発現するかわからない。幼いころには発言せず、青年、成人後に発現することもある。子供時代には才能の有無を判別できないのだ。
なので陛下は、皇祖と同じ特徴、銀髪に赤い瞳という外見にこだわった。銀髪赤目の子供に、皇位継承権をわたすことに固執し、望み通りの特徴を持った子供が生まれるまで、結婚と離婚を繰り返したというわけだ。
モルゲンレーテは国教によって、夫婦の形態は一夫一妻と定められている。よって重婚は罪だ。その上、他に候補がいないなどの特殊なケースを除いて、婚外子に継承権が認められることはないので、陛下が目的を叶えるためには、新しい妃を迎えるしかなかった。
「アルテ嬢は、陛下がどの皇子を選ぶと考えてるの?」
「私は・・・・」
ーーーーダミアン。頭には、第三皇子の名前が浮かんでいた。直観というよりは、いつもの違和感からくる確信に近かった。
「第三皇子のダミアン殿下が、皇太子に選ばれると思うわ」
「第三皇子? 確かに第三皇子だけ銀髪で赤い瞳だし、お母上のフックス侯爵家は南部の大貴族だけど、コルネリウス様のバルシュミーデ家の格の高さから比べると、見劣りしないかしら」
「大貴族って言っても、しょせんは南部の田舎者だし」
令嬢達は、くすくすと笑う。幼いながらも、彼女らの頭には身分や貧富、出身地の格という、まわりから馬鹿にされないためのハードルのようなものが刻まれているようだった。
「関係ないと思う。ダミアン殿下のお母上の家門には陛下から、新しい爵位と土地が割り当てられるんじゃないかな。少しでも格が上がるように」
そんな話をしたあと、すぐに話題は変わって、令嬢達はまた別の話題で盛り上がっていた。
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