二人の転生悪女 ー偽聖女のヒロイン成り代わり作戦を防げー

炭田おと

文字の大きさ
14 / 152

13

しおりを挟む


 夜に閉ざされたモルゲンレーテの皇都は、一部の繁華街を除いて、暗闇としじまの中に沈んでいた。まるで世界全体が闇色の毛布にくるまっているような、静かなる暗夜だった。


「・・・・・・・・」


 伯爵夫人の部屋とは思えない、みすぼらしい屋根裏の部屋で、私はバウムガルトナー侯爵が持ってきてくれた水晶玉と向かい合っていた。

 屋根裏の窓は雑な作りで、初冬の隙間風をしのいではくれないけれど、今日だけは気にならなかった。


 蝋燭の火をかざすと、水晶玉の表面に灯火ともしびが移りこむ。小さな火は水晶玉の中で踊っているように、身をくねらせていた。


(こんな小さなものが、ホワイトレディの触媒なんて・・・・)


 やはり、普通の水晶玉に見える。私は貴族なのにそれほど審美眼には自信がないので、その水晶玉が、やはり祭りの日に、道端の物売りが売っている安物にしか見えなかった。水晶玉がイミテーションの宝石の中にまじっても、見分けられる自信がない。


 半信半疑のまま、私はバウムガルトナー侯爵に教えられた内容を思い出しながら、水晶玉に手をかざす。



「ホワイトレディ、呼びかけに応えて、姿を見せて!」



 自分なりに、気合を入れて呼びかけたつもりだった。



 ーーーーだけど、屋根裏を包む静寂に、変化はなかった。



 水晶玉はさっきと同じように、表面で蝋燭の灯りをくゆらせるだけ。映画の演出でよくあるような、部屋全体が吹き出すような光の乱舞に包まれることはなかった。



「・・・・何も出てこないじゃない」


 やっぱりバウムガルトナー侯爵の勘違いだったんじゃないかと、落胆しながら、私は立ち上がろうとした。



「・・・・!?」



 次の瞬間、立てようとした膝からすっと力が抜けて、私はまた座りこんでしまった。



「な、何なの・・・・」


 異変があったのは膝だけではなかった。手にも徐々に力が入らなくなり、指先が震えはじめる。船酔いしているように頭がくらくらして、視界もぼやけていた。


 さっきは反応がなかった水晶玉が、少し遅れて、光を放っていた。まるで大気中に散らばっていた光の粒子を集めているように、砂金のような光の粒が、水晶玉の中心で渦巻いている。



 やがてばらばらだった光の粒は、一枚の布のような真っ白な壁になって、強烈な強さで私の視界を奪っていた。眩さに耐えられずに、私は目を閉じる。


 光はしばらくするとすべてを覆っていた。やがて瞼越しでも、光が収束していくのが感じられたので、私は恐々と瞼を開ける。



 水晶玉を置いたテーブルは、真っ二つに割れていた。



 そして木片とかしたテーブルの残骸の上に、彫像のような、真っ白な女性が立っていた。



 女性は三メートルに届きそうな巨人で、長い髪を後ろで束ね、騎士の鎧をまとっていた。彼女は色を持たず、輪郭は光の線の集合体で構成されている。ガラスのように半透明の姿を透過して、奥の壁が見えていた。



 燭台は倒れ、蝋燭の火も消えていたけれど、女性が発する優しい光が部屋を照らしているから、さっきよりもはっきりと部屋の中が見えるほどだった。



 ーーーー光の女騎士。伝説で聞いたとおりの、神々しい姿を前にして、私は呼吸を忘れていた。



「あ、あなたがホワイトレディなの・・・・?」


 恐々と問いかけてみる。


 ホワイトレディは何も言わない代わりに、私の前にひざまずいた。


「あ・・・・」


 立ち上がろうとしたけれど、やはり膝に力が入らなかった。


(魔力を吸われたんだ)


 ーーーー神獣は出現時に、その場にいる人物の魔力を吸収しようとする。確か、バウムガルトナー侯爵がそう言っていたはずだ。


 この世界の人間が当然のように持っている魔力は、消費して枯渇してしまうと、健康に影響が表れるらしい。今の私は、急激に魔力を吸われた影響で、疲弊状態に陥っているのだろう。


「私の言葉は、伝わってるのね? 伝わっているなら、うなずいて」


 座っていても、会話はできる。だから私は、ホワイトレディとの意思疎通を試みてみた。


 すると、確かにホワイトレディはうなずいた。


「あなたは、私に従ってくれるのね?」


 また、うなずきが返ってくる。



 バウムガルトナー侯爵は協力関係を結んだあと、神獣にまつわることも、推論も交えて教えてくれた。


 この世界に古来より存在する、神獣という存在が、どんなふうに生まれ存続してきたのか、誰も知らない。原作小説には神獣が誕生した経緯についての記述がなかったし、この世界でも、研究対象にはなっているものの、誰も解明できていなかった。魔法の原理と同じく、術者がよくわからないまま、使っているのが現状だ。

 神獣と呼ばれているものの、彼らに自我や意志といったものは存在せず、魔法と同じように現象に近いものだと、バウムガルトナー侯爵は推測していた。

 その証拠に、神獣に決まった形というものはないらしい。ホワイトレディという名前の由来になった白く輝く騎士の姿も、本来の姿ではなく、術者の想像を反映しているそうだ。

 なのでホワイトレディの姿は一定ではなく、術者が望めば、どんな姿にも変身できるのだという。



「姿を変えてみて」


 命令してみたけれど、ホワイトレディは首を傾げるような仕草をしただけだった。


(もっと具体的に言わないと駄目だってこと?)


 少し悩んでから、私は命令の内容を変えてみた。


「蝶になってみて」


 すると今度は、反応があった。



 ホワイトレディがうなずいた直後、まるで分解されるように、彼女の姿は粉々になっていった。そして散り散りになった光の切れ端の一つ一つが、羽化をするように両翼を広げて動き出す。



 最終的に蝶の姿になったそれらは、海中で渦巻く魚群のように、あるいは風になぶられた桜の花びらのように、私を中心に駆け巡る。



 真っ白に輝く何千頭もの蝶が、渦を巻く光景は幻想的で、言葉では言い表せないほど美しかった。天国が存在するなら、こんなふうにすべてが光り輝いて見えるのかもしれないと思えるほどだった。



 戯れるように舞い続ける蝶々に触れてみたくて、思わず手を伸ばす。


 すると一頭の蝶が私の指先に降り立ってくれた。


「・・・・っ!」


 手の甲に、痛みをともなった痺れが走る。



 次の瞬間、何千もの蝶は幻想のように一瞬で消え去り、代わりに私の手の甲に、真っ白に光る紋章が残った。紋章を縁取る白い光は強弱を繰り返したあと、光を失う。



「契約が結ばれたということなのね」


 水晶玉に手をかざして叫んだ時のように、私が願えば、ホワイトレディはいつでも出現してくれるはずだ。


 ーーーー紋章に触れていると、一人じゃないと思えた。そしてただただ無様なまでに無力だった自分に、〝戦えるカード〟ができたのだと実感できた。



(もう、やられっぱなしにはしないわ)



 心に強く、そう誓った。





しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜+おまけSS

himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。 えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。 ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ! アルファポリス恋愛ランキング入りしました! 読んでくれた皆様ありがとうございます。 *他サイトでも公開中 なろう日間総合ランキング2位に入りました!

結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。

佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。 結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。 アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。 アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。

[完結]私を巻き込まないで下さい

シマ
恋愛
私、イリーナ15歳。賊に襲われているのを助けられた8歳の時から、師匠と一緒に暮らしている。 魔力持ちと分かって魔法を教えて貰ったけど、何故か全然発動しなかった。 でも、魔物を倒した時に採れる魔石。石の魔力が無くなると使えなくなるけど、その魔石に魔力を注いで甦らせる事が出来た。 その力を生かして、師匠と装具や魔道具の修理の仕事をしながら、のんびり暮らしていた。 ある日、師匠を訪ねて来た、お客さんから生活が変わっていく。 え?今、話題の勇者様が兄弟子?師匠が王族?ナニそれ私、知らないよ。 平凡で普通の生活がしたいの。 私を巻き込まないで下さい! 恋愛要素は、中盤以降から出てきます 9月28日 本編完結 10月4日 番外編完結 長い間、お付き合い頂きありがとうございました。

元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜

日々埋没。
ファンタジー
​「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」  ​かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。  その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。  ​レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。 ​ 地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。 ​「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」  ​新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。  一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。  ​やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。  レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。

虐げられていた次期公爵の四歳児の契約母になります!~幼子を幸せにしたいのに、未来の旦那様である王太子が私を溺愛してきます~

八重
恋愛
伯爵令嬢フローラは、公爵令息ディーターの婚約者。 しかし、そんな日々の裏で心を痛めていることが一つあった。 それはディーターの異母弟、四歳のルイトが兄に虐げられていること。 幼い彼を救いたいと思った彼女は、「ある計画」の準備を進めることにする。 それは、ルイトを救い出すための唯一の方法──。 そんな時、フローラはディーターから突然婚約破棄される。 婚約破棄宣言を受けた彼女は「今しかない」と計画を実行した。 彼女の計画、それは自らが代理母となること。 だが、この代理母には国との間で結ばれた「ある契約」が存在して……。 こうして始まったフローラの代理母としての生活。 しかし、ルイトの無邪気な笑顔と可愛さが、フローラの苦労を温かい喜びに変えていく。 さらに、見目麗しいながら策士として有名な第一王子ヴィルが、フローラに興味を持ち始めて……。 ほのぼの心温まる、子育て溺愛ストーリーです。 ※ヒロインが序盤くじけがちな部分ありますが、それをバネに強くなります ※「小説家になろう」が先行公開です(第二章開始しました)

小石だと思っていた妻が、実は宝石だった。〜ある伯爵夫の自滅

みこと。
恋愛
アーノルド・ロッキムは裕福な伯爵家の当主だ。我が世の春を楽しみ、憂いなく遊び暮らしていたところ、引退中の親から子爵家の娘を嫁にと勧められる。 美人だと伝え聞く子爵の娘を娶ってみれば、田舎臭い冴えない女。 アーノルドは妻を離れに押し込み、顧みることなく、大切な約束も無視してしまった。 この縁談に秘められた、真の意味にも気づかずに──。 ※全7話で完結。「小説家になろう」様でも掲載しています。

ヒロインに躱されて落ちていく途中で悪役令嬢に転生したのを思い出しました。時遅く断罪・追放されて、冒険者になろうとしたら護衛騎士に馬鹿にされ

古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
第二回ドリコムメディア大賞一次選考通過作品。 ドジな公爵令嬢キャサリンは憎き聖女を王宮の大階段から突き落とそうとして、躱されて、死のダイブをしてしまった。そして、その瞬間、前世の記憶を取り戻したのだ。 そして、黒服の神様にこの異世界小説の世界の中に悪役令嬢として転移させられたことを思い出したのだ。でも、こんな時に思いしてもどうするのよ! しかし、キャサリンは何とか、チートスキルを見つけ出して命だけはなんとか助かるのだ。しかし、それから断罪が始まってはかない抵抗をするも隣国に追放させられてしまう。 「でも、良いわ。私はこのチートスキルで隣国で冒険者として生きて行くのよ」そのキャサリンを白い目で見る護衛騎士との冒険者生活が今始まる。 冒険者がどんなものか全く知らない公爵令嬢とそれに仕方なしに付き合わされる最強騎士の恋愛物語になるはずです。でも、その騎士も訳アリで…。ハッピーエンドはお約束。毎日更新目指して頑張ります。 皆様のお陰でHOTランキング第4位になりました。有難うございます。 小説家になろう、カクヨムでも連載中です。

処理中です...