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しおりを挟む夜に閉ざされたモルゲンレーテの皇都は、一部の繁華街を除いて、暗闇としじまの中に沈んでいた。まるで世界全体が闇色の毛布にくるまっているような、静かなる暗夜だった。
「・・・・・・・・」
伯爵夫人の部屋とは思えない、みすぼらしい屋根裏の部屋で、私はバウムガルトナー侯爵が持ってきてくれた水晶玉と向かい合っていた。
屋根裏の窓は雑な作りで、初冬の隙間風をしのいではくれないけれど、今日だけは気にならなかった。
蝋燭の火をかざすと、水晶玉の表面に灯火が移りこむ。小さな火は水晶玉の中で踊っているように、身をくねらせていた。
(こんな小さなものが、ホワイトレディの触媒なんて・・・・)
やはり、普通の水晶玉に見える。私は貴族なのにそれほど審美眼には自信がないので、その水晶玉が、やはり祭りの日に、道端の物売りが売っている安物にしか見えなかった。水晶玉がイミテーションの宝石の中にまじっても、見分けられる自信がない。
半信半疑のまま、私はバウムガルトナー侯爵に教えられた内容を思い出しながら、水晶玉に手をかざす。
「ホワイトレディ、呼びかけに応えて、姿を見せて!」
自分なりに、気合を入れて呼びかけたつもりだった。
ーーーーだけど、屋根裏を包む静寂に、変化はなかった。
水晶玉はさっきと同じように、表面で蝋燭の灯りをくゆらせるだけ。映画の演出でよくあるような、部屋全体が吹き出すような光の乱舞に包まれることはなかった。
「・・・・何も出てこないじゃない」
やっぱりバウムガルトナー侯爵の勘違いだったんじゃないかと、落胆しながら、私は立ち上がろうとした。
「・・・・!?」
次の瞬間、立てようとした膝からすっと力が抜けて、私はまた座りこんでしまった。
「な、何なの・・・・」
異変があったのは膝だけではなかった。手にも徐々に力が入らなくなり、指先が震えはじめる。船酔いしているように頭がくらくらして、視界もぼやけていた。
さっきは反応がなかった水晶玉が、少し遅れて、光を放っていた。まるで大気中に散らばっていた光の粒子を集めているように、砂金のような光の粒が、水晶玉の中心で渦巻いている。
やがてばらばらだった光の粒は、一枚の布のような真っ白な壁になって、強烈な強さで私の視界を奪っていた。眩さに耐えられずに、私は目を閉じる。
光はしばらくするとすべてを覆っていた。やがて瞼越しでも、光が収束していくのが感じられたので、私は恐々と瞼を開ける。
水晶玉を置いたテーブルは、真っ二つに割れていた。
そして木片とかしたテーブルの残骸の上に、彫像のような、真っ白な女性が立っていた。
女性は三メートルに届きそうな巨人で、長い髪を後ろで束ね、騎士の鎧をまとっていた。彼女は色を持たず、輪郭は光の線の集合体で構成されている。ガラスのように半透明の姿を透過して、奥の壁が見えていた。
燭台は倒れ、蝋燭の火も消えていたけれど、女性が発する優しい光が部屋を照らしているから、さっきよりもはっきりと部屋の中が見えるほどだった。
ーーーー光の女騎士。伝説で聞いたとおりの、神々しい姿を前にして、私は呼吸を忘れていた。
「あ、あなたがホワイトレディなの・・・・?」
恐々と問いかけてみる。
ホワイトレディは何も言わない代わりに、私の前にひざまずいた。
「あ・・・・」
立ち上がろうとしたけれど、やはり膝に力が入らなかった。
(魔力を吸われたんだ)
ーーーー神獣は出現時に、その場にいる人物の魔力を吸収しようとする。確か、バウムガルトナー侯爵がそう言っていたはずだ。
この世界の人間が当然のように持っている魔力は、消費して枯渇してしまうと、健康に影響が表れるらしい。今の私は、急激に魔力を吸われた影響で、疲弊状態に陥っているのだろう。
「私の言葉は、伝わってるのね? 伝わっているなら、うなずいて」
座っていても、会話はできる。だから私は、ホワイトレディとの意思疎通を試みてみた。
すると、確かにホワイトレディはうなずいた。
「あなたは、私に従ってくれるのね?」
また、うなずきが返ってくる。
バウムガルトナー侯爵は協力関係を結んだあと、神獣にまつわることも、推論も交えて教えてくれた。
この世界に古来より存在する、神獣という存在が、どんなふうに生まれ存続してきたのか、誰も知らない。原作小説には神獣が誕生した経緯についての記述がなかったし、この世界でも、研究対象にはなっているものの、誰も解明できていなかった。魔法の原理と同じく、術者がよくわからないまま、使っているのが現状だ。
神獣と呼ばれているものの、彼らに自我や意志といったものは存在せず、魔法と同じように現象に近いものだと、バウムガルトナー侯爵は推測していた。
その証拠に、神獣に決まった形というものはないらしい。ホワイトレディという名前の由来になった白く輝く騎士の姿も、本来の姿ではなく、術者の想像を反映しているそうだ。
なのでホワイトレディの姿は一定ではなく、術者が望めば、どんな姿にも変身できるのだという。
「姿を変えてみて」
命令してみたけれど、ホワイトレディは首を傾げるような仕草をしただけだった。
(もっと具体的に言わないと駄目だってこと?)
少し悩んでから、私は命令の内容を変えてみた。
「蝶になってみて」
すると今度は、反応があった。
ホワイトレディがうなずいた直後、まるで分解されるように、彼女の姿は粉々になっていった。そして散り散りになった光の切れ端の一つ一つが、羽化をするように両翼を広げて動き出す。
最終的に蝶の姿になったそれらは、海中で渦巻く魚群のように、あるいは風になぶられた桜の花びらのように、私を中心に駆け巡る。
真っ白に輝く何千頭もの蝶が、渦を巻く光景は幻想的で、言葉では言い表せないほど美しかった。天国が存在するなら、こんなふうにすべてが光り輝いて見えるのかもしれないと思えるほどだった。
戯れるように舞い続ける蝶々に触れてみたくて、思わず手を伸ばす。
すると一頭の蝶が私の指先に降り立ってくれた。
「・・・・っ!」
手の甲に、痛みをともなった痺れが走る。
次の瞬間、何千もの蝶は幻想のように一瞬で消え去り、代わりに私の手の甲に、真っ白に光る紋章が残った。紋章を縁取る白い光は強弱を繰り返したあと、光を失う。
「契約が結ばれたということなのね」
水晶玉に手をかざして叫んだ時のように、私が願えば、ホワイトレディはいつでも出現してくれるはずだ。
ーーーー紋章に触れていると、一人じゃないと思えた。そしてただただ無様なまでに無力だった自分に、〝戦えるカード〟ができたのだと実感できた。
(もう、やられっぱなしにはしないわ)
心に強く、そう誓った。
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