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「行ってらっしゃいませ、アリアドナお嬢様」
使用人に見送られながら、私は庭に出た。
夜のヴュートリッヒ邸の、玄関から門まで、まっすぐ伸びる私道の両側には、常夜灯が光をともしている。門の向こう側には、まるでお姫様が乗っているような真っ白な馬車が停まっていて、おとぎ話の中にいるような幻想的な光景だった。
今夜、皇宮で舞踏会が開かれる。皇室主催の大規模な催し物で、大勢の貴族が参加する予定だ。
だから今日は私も、いつも以上に入念に着飾った。
「今日も、お嬢様は美しいですね」
「ありがとう。気合を入れてめかしこんだかいがあったわ」
一足先に、馬車のそばで待機していた従者にエスコートされ、私は馬車に乗りこむ。
「それじゃ、出発ーーーー」
「待って、お姉様!」
従者が馬車の扉を閉めようとしたところで、甲高い声が飛んできた。
ーーーー義理の妹の、エルネスタの声だった。私道を見ると、行儀が悪いことにスカートをまくしたてて追いかけてくる、エルネスタの姿が見えた。
「早く出してーーーー」
「舞踏会に行くなら、私も連れて行ってよ!」
相手をするのも面倒だったから、無視しようと思っていたのに、エルネスタが追いつくほうが早かった。
「それにそれは、私のドレスよ!」
馬車に飛びつくなり、エルネスタは私のドレスを引っ張ってくる。
「ちょっと、スカートを引っ張らないで! 飾りがずれちゃうじゃない!」
「どうして勝手に着ていくの!」
「私のほうが似合うからよ!」
エルネスタの甲高い声が耳障りで、私は彼女を突き飛ばした。エルネスタはよろめいて、尻餅をつく。
「エルネスタお嬢様、馬車から離れてください。出発できません」
従者がエルネスタを追い払おうとしてくれたけれど、エルネスタは引き下がらずに、もう一度馬車の中に身を乗り出した。
「そのドレスは、私が舞踏会で着ようと思ってたものなのよ! どうしてアリアドナお姉様ばっかり! 私だって舞踏会に行きたいのに!」
エルネスタは泣き出してしまった。
この子の悪い癖だ、思い通りにいかないとすぐに泣きだす。エルネスタの、この頭が悪そうな言動の、すべてが嫌いだった。無視してさっさと出発したいのに、エルネスタが馬車の取っ手にしがみついているから、出発できない。
「返してよ!」
「ーーーー身の程をわきまえなさいよ」
冷たく睨むと、脅えたのか、エルネスタの涙は引っこんだ。
「私は遊びに行くんじゃないわ。ヴュートリッヒの令嬢として、社交界で人脈を作るために行くのよ。あんたみたいに、遊ぶのが目的じゃないの」
「私だって、人脈作りに貢献できるわ! だから私も連れていって!」
「邪魔なのよ。あなた、話を盛り上げるの下手じゃない。そういう子が一人いるだけで、盛り下がるのよね・・・・」
「私にだってできるわ!」
「まったく・・・・」
話しているうちに、苛々してきた。
「まずは今のその無様な顔を鏡で見てきたら? そんな姿で、私と張り合えるとでも? ド田舎の芋臭い貴族でも、あなたよりはマシなはずよ」
「・・・・っ!」
言葉の棘で思いっきり突き刺してみると、エルネスタは反論もできずに黙りこんでしまった。
今は頭に血が上っているせいで快弁だけれど、普段のエルネスタは口数が少ない。いや、頭の回転が遅いせいで、うまく喋れず、嫌味にも対応できないというのが正しかった。
(頭が弱いから、すぐに反論できないのよね)
私は気を取り直して、エルネスタににっこりと笑いかけた。
「エルネスタ、お願いよ、理解してちょうだい」
「理解・・・・?」
「私がこうして人脈を広げることで、あなただって得をしてるのよ。私が皇太子殿下と結婚して、皇太子妃に、ゆくゆくは皇后になれば、あなたは皇后の妹と呼ばれるようになるんだから。いい結婚相手が見つかるはずよ」
「こ、皇太子妃になれるかなんて、わからないじゃない」
「・・・・・・・・」
せっかく許してやろうという寛大な気持ちになっていたのに、エルネスタが余計な一言を言ったせいで、いい気分が台無しになった。
「ーーーー決まってるの。私は、そういう星の下に生まれたのよ。・・・・あなたには、理解できないでしょうけどね」
私はエルネスタを突き飛ばし、馬車の扉を閉める。
「出発して」
御者が鞭をふるって、馬車が動き出した。私は頬杖をついて、窓を見る。
恨めしい目つきのまま、馬車を見送っているエルネスタの姿は笑いを誘った。
「アリアドナ・フォン・ヴュートリッヒ様のご入場です!」
私が入場すると、広間に歓声が上がった。
そこは外の暗さが嘘のような、きらびやかな金色の世界だった。
シャンデリアの橙色の光が、着飾った人々を頭上から照らし、会場全体を明るく輝かせていた。金色の世界では、令嬢達がまとった色とりどりのドレスも、飾られた花のように見えた。
「来てくれたんだね、アリアドナ!」
真っ先に第五皇子のフィリップと、第四皇子のベルントが私に近づいてきてくれた。
「ベルント殿下、フィリップ殿下、ご挨拶申し上げます」
「久しぶりだな、侯爵令嬢。来てくれて、感謝する」
二人の後ろから、今度はディートマル陛下が現れたので、私はスカートをつまんで、片足を斜め後ろに下げた。
「ご招待していただき、感謝申し上げます、陛下」
「街で人気の聖女に来てもらったのだから、感謝するのは私のほうさ。今日の舞踏会、ぜひ楽しんでいってくれ」
陛下が下がると、今度は他の貴族達が私のまわりに集まってくる。
「侯爵令嬢は、今日もお美しいですね」
「他の令嬢がどんなに着飾っていても、アリアドナ嬢が現れると、引き立て役になってしまいますね」
人々は口々に、私のことを称賛してくれる。
私がまだ大勢いる貴族令嬢の一人でしかなかったときは、本当に苦労した。ヴュートリッヒを立て直し、〝魅惑の瞳〟を手に入れてからようやく、軌道に乗りはじめた。
魅惑の瞳の効果は絶大だった。今まで私のことを、出自がよくわからない女として見下していた人達が、目を見て話すだけで、尻尾を振ってきたのだ。ヴュートリッヒの事業が好調になると、それも追い風になった。
「アリアドナ、来たのね」
友達のニーナも近づいてきた。
「・・・・ディアナ嬢のドレス、見た? 似合わないのに赤なんて着ちゃってさ」
会話の途中で、ニーナが耳打ちしてくる。
令嬢達の輪の中で、似合わない赤いドレスでがんばっているディアナ嬢を見る。サイズの合っていないドレスを見て、思わず笑ってしまった。
「田舎から出てきたばかりで、張り切ってるんでしょ」
「あの子、私達のサロンに参加したいみたい。どうする? 呼ぶ? 田舎の貧乏貴族を輪に入れて、格が落ちるのは嫌なんだけど・・・・」
「一度招待してみるのもいいんじゃない? いつも同じメンバーだとマンネリ化して退屈になるから、余興になってくれる子も必要よ」
「あ、またオモチャにするつもりでしょ?」
「人聞きの悪いこと言わないで。・・・・田舎のご令嬢が、皇都の社交界でもやっていけるのかどうかを確かめようって話じゃない」
「はいはい、物は言いようだよね。わかった、招待してみようじゃない」
ニーナは私から離れていった。ニーナは私の言葉を、ディアナ嬢にどう伝えたのだろうか。
「アリアドナもあなたを歓迎するって言ってたわ。あなたみたいな人を待ってたんだって」
ニーナのセリフは、簡単に想像できる。きっとディアナ嬢は感激し、涙していることだろう。
ニーナと入れ替わりに、フィリップが私のところに戻ってきた。
「・・・・本当に今日も君は綺麗だね、アリアドナ」
魅惑の瞳を手に入れて一番嬉しかったのは、皇子達の心をつかめたことだった。特にフィリップは、皇宮にいる三人の皇子の中で、一番、熱心な愛情を私に向けてくれた。
「そう? ・・・・ああ、でもほら、みんな綺麗な子達が集まると、自分なんてたいしたことないって感じちゃう。綺麗な花畑に、雑草になってまじった気分」
「君が雑草だって? そんな馬鹿な。雑草は、他の女の子達だよ。この場所で花なのは、君だけだ」
すぐにフィリップが否定してくれた。
フィリップの目を見るだけで、彼が自分に夢中だと言うことがわかる。
原作小説では見ることも触れることもできなかったキャラクターに、こうして愛を囁かれていることが嬉しくてたまらない。
いまや私が社交界に出れば、注目しない人はいなくなっていた。みなが私に挨拶するために集まってくれるし、称賛してくれる。ーーーー自分が主演の舞台に立っているようで、心地よかった。
(・・・・残念なことに、私の推しはここにはいないんだけどね)
たった一つ残念なことがあるとすれば、今この場に、私が原作小説で一番推していた人物がいないということだけだ。
(まあ、来年の狩猟大会で会えるだろうし。子供時代しか知らないから、成長した姿が楽しみだわ)
原作小説通りなら、美青年として成長しているだろう。
再会できる日が待ち遠しかった。
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