二人の転生悪女 ー偽聖女のヒロイン成り代わり作戦を防げー

炭田おと

文字の大きさ
15 / 152

14

しおりを挟む




          ※ ※ ※




「行ってらっしゃいませ、アリアドナお嬢様」


 使用人に見送られながら、私は庭に出た。


 夜のヴュートリッヒ邸の、玄関から門まで、まっすぐ伸びる私道の両側には、常夜灯じょうやとうが光をともしている。門の向こう側には、まるでお姫様が乗っているような真っ白な馬車が停まっていて、おとぎ話の中にいるような幻想的な光景だった。


 今夜、皇宮で舞踏会が開かれる。皇室主催の大規模なもよおもので、大勢の貴族が参加する予定だ。


 だから今日は私も、いつも以上に入念に着飾った。


「今日も、お嬢様は美しいですね」

「ありがとう。気合を入れてめかしこんだかいがあったわ」


 一足先に、馬車のそばで待機していた従者にエスコートされ、私は馬車に乗りこむ。


「それじゃ、出発ーーーー」


「待って、お姉様!」


 従者が馬車の扉を閉めようとしたところで、甲高い声が飛んできた。



 ーーーー義理の妹の、エルネスタの声だった。私道を見ると、行儀が悪いことにスカートをまくしたてて追いかけてくる、エルネスタの姿が見えた。



「早く出してーーーー」

「舞踏会に行くなら、私も連れて行ってよ!」


 相手をするのも面倒だったから、無視しようと思っていたのに、エルネスタが追いつくほうが早かった。


「それにそれは、私のドレスよ!」


 馬車に飛びつくなり、エルネスタは私のドレスを引っ張ってくる。


「ちょっと、スカートを引っ張らないで! 飾りがずれちゃうじゃない!」

「どうして勝手に着ていくの!」

「私のほうが似合うからよ!」


 エルネスタの甲高い声が耳障りで、私は彼女を突き飛ばした。エルネスタはよろめいて、尻餅をつく。


「エルネスタお嬢様、馬車から離れてください。出発できません」


 従者がエルネスタを追い払おうとしてくれたけれど、エルネスタは引き下がらずに、もう一度馬車の中に身を乗り出した。


「そのドレスは、私が舞踏会で着ようと思ってたものなのよ! どうしてアリアドナお姉様ばっかり! 私だって舞踏会に行きたいのに!」


 エルネスタは泣き出してしまった。


 この子の悪い癖だ、思い通りにいかないとすぐに泣きだす。エルネスタの、この頭が悪そうな言動の、すべてが嫌いだった。無視してさっさと出発したいのに、エルネスタが馬車の取っ手にしがみついているから、出発できない。


「返してよ!」



「ーーーー身の程をわきまえなさいよ」



 冷たく睨むと、脅えたのか、エルネスタの涙は引っこんだ。



「私は遊びに行くんじゃないわ。ヴュートリッヒの令嬢として、社交界で人脈を作るために行くのよ。あんたみたいに、遊ぶのが目的じゃないの」

「私だって、人脈作りに貢献できるわ! だから私も連れていって!」

「邪魔なのよ。あなた、話を盛り上げるの下手じゃない。そういう子が一人いるだけで、盛り下がるのよね・・・・」

「私にだってできるわ!」

「まったく・・・・」


 話しているうちに、苛々してきた。


「まずは今のその無様な顔を鏡で見てきたら? そんな姿で、私と張り合えるとでも? ド田舎の芋臭い貴族でも、あなたよりはマシなはずよ」


「・・・・っ!」



 言葉の棘で思いっきり突き刺してみると、エルネスタは反論もできずに黙りこんでしまった。


 今は頭に血が上っているせいで快弁だけれど、普段のエルネスタは口数が少ない。いや、頭の回転が遅いせいで、うまく喋れず、嫌味にも対応できないというのが正しかった。


(頭が弱いから、すぐに反論できないのよね)


 私は気を取り直して、エルネスタににっこりと笑いかけた。


「エルネスタ、お願いよ、理解してちょうだい」

「理解・・・・?」

「私がこうして人脈を広げることで、あなただって得をしてるのよ。私が皇太子殿下と結婚して、皇太子妃に、ゆくゆくは皇后になれば、あなたは皇后の妹と呼ばれるようになるんだから。いい結婚相手が見つかるはずよ」

「こ、皇太子妃になれるかなんて、わからないじゃない」

「・・・・・・・・」


 せっかく許してやろうという寛大な気持ちになっていたのに、エルネスタが余計な一言を言ったせいで、いい気分が台無しになった。



「ーーーー決まってるの。私は、そういう星の下に生まれたのよ。・・・・あなたには、理解できないでしょうけどね」



 私はエルネスタを突き飛ばし、馬車の扉を閉める。


「出発して」



 御者が鞭をふるって、馬車が動き出した。私は頬杖をついて、窓を見る。



 恨めしい目つきのまま、馬車を見送っているエルネスタの姿は笑いを誘った。







「アリアドナ・フォン・ヴュートリッヒ様のご入場です!」


 私が入場すると、広間に歓声が上がった。


 そこは外の暗さが嘘のような、きらびやかな金色の世界だった。


 シャンデリアの橙色の光が、着飾った人々を頭上から照らし、会場全体を明るく輝かせていた。金色の世界では、令嬢達がまとった色とりどりのドレスも、飾られた花のように見えた。



「来てくれたんだね、アリアドナ!」


 真っ先に第五皇子のフィリップと、第四皇子のベルントが私に近づいてきてくれた。


「ベルント殿下、フィリップ殿下、ご挨拶申し上げます」

「久しぶりだな、侯爵令嬢。来てくれて、感謝する」


 二人の後ろから、今度はディートマル陛下が現れたので、私はスカートをつまんで、片足を斜め後ろに下げた。


「ご招待していただき、感謝申し上げます、陛下」

「街で人気の聖女に来てもらったのだから、感謝するのは私のほうさ。今日の舞踏会、ぜひ楽しんでいってくれ」


 陛下が下がると、今度は他の貴族達が私のまわりに集まってくる。


「侯爵令嬢は、今日もお美しいですね」

「他の令嬢がどんなに着飾っていても、アリアドナ嬢が現れると、引き立て役になってしまいますね」



 人々は口々に、私のことを称賛してくれる。



 私がまだ大勢いる貴族令嬢の一人でしかなかったときは、本当に苦労した。ヴュートリッヒを立て直し、〝魅惑の瞳〟を手に入れてからようやく、軌道に乗りはじめた。

 魅惑の瞳の効果は絶大だった。今まで私のことを、出自がよくわからない女として見下していた人達が、目を見て話すだけで、尻尾を振ってきたのだ。ヴュートリッヒの事業が好調になると、それも追い風になった。



「アリアドナ、来たのね」


 友達のニーナも近づいてきた。


「・・・・ディアナ嬢のドレス、見た? 似合わないのに赤なんて着ちゃってさ」


 会話の途中で、ニーナが耳打ちしてくる。


 令嬢達の輪の中で、似合わない赤いドレスでがんばっているディアナ嬢を見る。サイズの合っていないドレスを見て、思わず笑ってしまった。


「田舎から出てきたばかりで、張り切ってるんでしょ」

「あの子、私達のサロンに参加したいみたい。どうする? 呼ぶ? 田舎の貧乏貴族を輪に入れて、格が落ちるのは嫌なんだけど・・・・」

「一度招待してみるのもいいんじゃない? いつも同じメンバーだとマンネリ化して退屈になるから、余興になってくれる子も必要よ」

「あ、またオモチャにするつもりでしょ?」

「人聞きの悪いこと言わないで。・・・・田舎のご令嬢が、皇都の社交界でもやっていけるのかどうかを確かめようって話じゃない」

「はいはい、物は言いようだよね。わかった、招待してみようじゃない」


 ニーナは私から離れていった。ニーナは私の言葉を、ディアナ嬢にどう伝えたのだろうか。


「アリアドナもあなたを歓迎するって言ってたわ。あなたみたいな人を待ってたんだって」


 ニーナのセリフは、簡単に想像できる。きっとディアナ嬢は感激し、涙していることだろう。


 ニーナと入れ替わりに、フィリップが私のところに戻ってきた。


「・・・・本当に今日も君は綺麗だね、アリアドナ」


 魅惑の瞳を手に入れて一番嬉しかったのは、皇子達の心をつかめたことだった。特にフィリップは、皇宮にいる三人の皇子の中で、一番、熱心な愛情を私に向けてくれた。


「そう? ・・・・ああ、でもほら、みんな綺麗な子達が集まると、自分なんてたいしたことないって感じちゃう。綺麗な花畑に、雑草になってまじった気分」

「君が雑草だって? そんな馬鹿な。雑草は、他の女の子達だよ。この場所で花なのは、君だけだ」


 すぐにフィリップが否定してくれた。


 フィリップの目を見るだけで、彼が自分に夢中だと言うことがわかる。


 原作小説では見ることも触れることもできなかったキャラクターに、こうして愛を囁かれていることが嬉しくてたまらない。


 いまや私が社交界に出れば、注目しない人はいなくなっていた。みなが私に挨拶するために集まってくれるし、称賛してくれる。ーーーー自分が主演の舞台に立っているようで、心地よかった。



(・・・・残念なことに、私の推しはここにはいないんだけどね)


 たった一つ残念なことがあるとすれば、今この場に、私が原作小説で一番推していた人物がいないということだけだ。


(まあ、来年の狩猟大会で会えるだろうし。子供時代しか知らないから、成長した姿が楽しみだわ)


 原作小説通りなら、美青年として成長しているだろう。



 再会できる日が待ち遠しかった。


しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜+おまけSS

himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。 えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。 ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ! アルファポリス恋愛ランキング入りしました! 読んでくれた皆様ありがとうございます。 *他サイトでも公開中 なろう日間総合ランキング2位に入りました!

結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。

佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。 結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。 アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。 アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。

断罪前に“悪役"令嬢は、姿を消した。

パリパリかぷちーの
恋愛
高貴な公爵令嬢ティアラ。 将来の王妃候補とされてきたが、ある日、学園で「悪役令嬢」と呼ばれるようになり、理不尽な噂に追いつめられる。 平民出身のヒロインに嫉妬して、陥れようとしている。 根も葉もない悪評が広まる中、ティアラは学園から姿を消してしまう。 その突然の失踪に、大騒ぎ。

【完結】婚約発表前日、貧乏国王女の私はお飾りの妃を求められていたと知りまして

Rohdea
恋愛
────とうとうこの時が来たのね 決められた運命を受け入れて生きていくつもりだったのに──── 貧乏国の王女のウェンディ。 貧乏だろうと王女として生まれたからには、国のために生きるのが当たり前。 そう思って生きて来た。 そんなある日、婚約が決まったことを父親から告げられる。 その相手は女癖が悪いという噂の他国の王子。 複雑な思いを抱くもこれは国のためにも受け入れるべき結婚。断るなんて選択肢はない。 そう腹を括ったウェンディに対して、なぜか様子がおかしくなったのは、 護衛騎士のエリオット。 そんな彼の様子を不思議に思いながらも、婚約者となった王子、ヨナスとの対面を果たすウェンディ。 愛はなくてもせめてお互いを尊重しやっていけたなら…… そう考えていたウェンディに対してヨナスは、 はっきりと“お飾りの妃”を求めているのだと口にした。 それを聞いたウェンディは────…… ⋆˳˙ ୨୧…………………………………………………………………………………………………………………୨୧˙˳⋆ 関連作 『結婚式当日、婚約者と姉に裏切られて惨めに捨てられた花嫁ですが』 『誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら』 『記念日当日、婚約者に可愛くて病弱な義妹の方が大切だと告げられましたので』 ※こちらのシリーズ作品のスピンオフとなります。 リクエストのありました、 全ての作品に出ていて記念日~ではヒーローにまで昇進した、 陽気な公爵令息エドゥアルトの両親の話。 時系列的に『誕生日当日~』より前の話。 なのでベビーは出ませんが、若かりし頃のガーネットは登場します。 (追記 その後を書いたのでベビーたちも登場しました)

[完結]私を巻き込まないで下さい

シマ
恋愛
私、イリーナ15歳。賊に襲われているのを助けられた8歳の時から、師匠と一緒に暮らしている。 魔力持ちと分かって魔法を教えて貰ったけど、何故か全然発動しなかった。 でも、魔物を倒した時に採れる魔石。石の魔力が無くなると使えなくなるけど、その魔石に魔力を注いで甦らせる事が出来た。 その力を生かして、師匠と装具や魔道具の修理の仕事をしながら、のんびり暮らしていた。 ある日、師匠を訪ねて来た、お客さんから生活が変わっていく。 え?今、話題の勇者様が兄弟子?師匠が王族?ナニそれ私、知らないよ。 平凡で普通の生活がしたいの。 私を巻き込まないで下さい! 恋愛要素は、中盤以降から出てきます 9月28日 本編完結 10月4日 番外編完結 長い間、お付き合い頂きありがとうございました。

元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜

日々埋没。
ファンタジー
​「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」  ​かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。  その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。  ​レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。 ​ 地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。 ​「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」  ​新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。  一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。  ​やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。  レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。

虐げられていた次期公爵の四歳児の契約母になります!~幼子を幸せにしたいのに、未来の旦那様である王太子が私を溺愛してきます~

八重
恋愛
伯爵令嬢フローラは、公爵令息ディーターの婚約者。 しかし、そんな日々の裏で心を痛めていることが一つあった。 それはディーターの異母弟、四歳のルイトが兄に虐げられていること。 幼い彼を救いたいと思った彼女は、「ある計画」の準備を進めることにする。 それは、ルイトを救い出すための唯一の方法──。 そんな時、フローラはディーターから突然婚約破棄される。 婚約破棄宣言を受けた彼女は「今しかない」と計画を実行した。 彼女の計画、それは自らが代理母となること。 だが、この代理母には国との間で結ばれた「ある契約」が存在して……。 こうして始まったフローラの代理母としての生活。 しかし、ルイトの無邪気な笑顔と可愛さが、フローラの苦労を温かい喜びに変えていく。 さらに、見目麗しいながら策士として有名な第一王子ヴィルが、フローラに興味を持ち始めて……。 ほのぼの心温まる、子育て溺愛ストーリーです。 ※ヒロインが序盤くじけがちな部分ありますが、それをバネに強くなります ※「小説家になろう」が先行公開です(第二章開始しました)

処理中です...