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しおりを挟む「皇太子殿下のご入場です!」
少し遅れて、皇太子ダミアンが会場に入場した。
ダンスや談笑に戯れていた貴族達が、挨拶するためにダミアンのまわりに集まったけれど、私はその輪には加わらなかった。
「アリアドナは挨拶しないの?」
「私は遠慮するわ。・・・・ダミアン殿下はお疲れのようだし」
私は正直、ダミアンには興味がないから、挨拶するのも億劫だった。
ーーーーどうせダミアンは、物語の序盤で退場する脇役なのだから、好感度を稼いでも意味がない。
原作小説でも、銀髪に赤い瞳であることと、病弱であることが記述されているぐらいで、性格や立場に関して触れられることがないほど、存在感が薄いキャラクターだった。実際今も、化粧では隠せないほど顔色が悪く見える。
(・・・・残念なことに彼は、本当のヒーローが出てくるまでの踏み台なのよね)
ジュースが入ったグラスを、目の高さに掲げてみる。グラスの湾曲したガラスを通してみると、ダミアンの姿も歪んで見えた。
ここでは、すべてが光り輝いている。壁の絵画の額縁や、着飾った人々まで、グラスの表面を滑っていく光の粒すら、装飾品の一つに見えるほどだった。すべてが眩すぎた。
光のせいか、それとも人々の熱気のせいか、お酒も飲んでいないのに顔が火照って、酔っているような気分になってきた。
「フィリップ、少し疲れたから、バルコニーで風に当たってくる」
「一人で大丈夫? 僕もついていこうか」
「大丈夫よ。すぐに戻ってくるから」
フィリップのそばを離れ、カーテンをくぐって、私はバルコニーに出た。
舞踏会が開かれている広間が演劇の舞台なら、ガラス戸とカーテンで仕切られたバルコニーは舞台裏だった。初冬のほんのりと冷たい風が、心地いい。
(フィリップのことは好きだけど、ちょっとうざいのよね・・・・)
フィリップはどんな状況でも、私と一緒にいようとするから、ちょっと鬱陶しい。もう少し自分の意思を持って、行動してほしかった。
いや、変に意志を持たせないほうがいいのかもしれない。ーーーーどうせ彼は、皇帝にはなれないのだから。
(まあ、まだ子供だし)
フィリップはまだ十代前半で、背も伸びきっていないし、顔立ちも幼い。成長後の姿が楽しみではあるものの、原作でも彼は最後まで、気弱で大人しい人物として描かれていたから、今後も私好みの、強い人間になることは期待できないだろう。
「あ、ここにいたのね、アリアドナ」
しばらくすると、ニーナもバルコニーに出てきた。
「・・・・そういえば、アルテの話、聞いた?」
しばらく世間話をしたあと、ニーナが唐突に、アルテの話題を口にした。
「あいかわらず、嫁ぎ先の家で愛人にいじめられてるみたいよ? 愛人のクロエって奴、自分が本当の伯爵夫人だって言って、出しゃばってきてるみたい」
ニーナはくすくすと笑う。
「そんないい方しなくていいじゃない。可哀そうでしょ?」
「別に。うじうじした性格だったから、昔からあいつのこと嫌いだったのよね」
ニーナはすぐに別の話題に移り、取りとめもない話を続けた。
私はその話題には興味がなかったから、聞き流す。
(・・・・アルテはいつになったら、悪役として活躍しはじめるのかしら・・・・)
空を見つめてぼんやりしていると、ふっとアルテの顔が頭に浮かんだ。
(やっぱりアルテに、ここが小説の中の世界だって教えたのは、よくなかったかしら?)
アルテ・フォン・アルムガルトとして生まれた少女が、前世の記憶を持っていたことには驚かされた。
原作を知っていることに優越感を覚えたけれど、同時にこのことを誰にも打ち明けられないことを、残念に思っていた。そんな時にアルテと出会ったものだから、つい浮かれてしまって、余計なことをべらべらと喋ってしまった。
ーーーーでも、お喋りが過ぎたと後で後悔し、不安になった。
(ここが小説の世界だと知ったアルテが、原作とはまったく違う動きをするようになったら? ・・・・それどころか、主人公の座を望んだら?)
アルテは物語を締めくくる悪役なのだから、彼女が原作とは大幅に違う動きをするようになったら、何もかもが台無しになってしまう。
疑惑を抱いてからは、アルテには情報をわたさないようにしていたけれど、それでも不安が消えることはなかった。
ーーーーだから、アルテの弟を馬車の事故を装って殺し、彼女を一年早く、ファンクハウザー邸に送ることにしたのだ。結婚さえすれば、アルテは原作通りファンクハウザー邸に閉じこめられ、身動きがとれなくなるからだ。
狙い通りアルテはファンクハウザー邸に閉じ込められ、社交界にはめったに顔を出さなくなった。
これで彼女に残されたのは、たった一つの道しかなくなった。ーーーーファンクハウザー邸で虐待され、悪役として開花する、その道しか。
彼女が悪役として開花するのは、もう少し先だろう。それまでには、準備を整えておきたい。
(盛り上がるのは、アルテが悪役として表舞台に出てくるころよね。本命のヒーローが皇宮に戻ってくるのもそのころだしーーーー今から、楽しみだわ)
物語が、盛り上がってくる瞬間が待ち遠しかった。
私は夜空を見上げながら、自分の未来に思いを馳せた。
※ ※ ※
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