二人の転生悪女 ー偽聖女のヒロイン成り代わり作戦を防げー

炭田おと

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 ーーーー次の日さっそく、ホワイトレディの力を試せる機会が訪れた。



 ハインリッヒの部屋に呼ばれたのだ。いつものように、私を殴るつもりなのだろう。


「失礼します」


 顎を上げて、ハインリッヒの部屋に入り、扉を閉めた。



 老人はいつものように暗い部屋の隅で、アームチェアに腰かけていた。



 私が入室しても、老人は無言を貫いている。彼はいつも言葉の代わりのように、レリーフ細工が彫られた椅子を揺らして、小動物の鳴き声のような軋み音を鳴らすのだ。



 ーーーーいつもこの沈黙を恐れていた。この息が詰まるような静けさが、暴力の前触れだったからだ。



 老人はいつも何も語らず、突然暴力を振るう。ミスや態度の悪さを咎めるなどの前触れが少しでもあったなら、身構えることができるのに、それがないから彼の暴力はより恐ろしいものとして、私達を苦しめた。



 でもーーーーそれも今日で終わりだ。私が、終わらせる。



 老人は手の動きだけで、私に、自分の前に来るように指示した。

 私は指示されたとおりに、ハインリッヒに近づく。次にハインリッヒは、ひざまずくようにという指示を出してきた。ここでも私は指示されるまま、彼の前に膝をついた。

 今の自分には、反撃できる力があるとわかっているのに、脳裏に焼き付いた暴力にたいする恐怖が、身体を震わせている。


 ふと、手の甲に刻まれた紋章が目に入った。紋章はまるで語りかけてくるように、光を瞬かせている。


「・・・・・・・・」


 それに勇気づけられて、私は顔を上げ、ハインリッヒを睨みつけた。


 ハインリッヒは目が悪い。

 壮年に差しかかるあたりで目を患い、以降、薬で進行を抑えているものの、徐々に視野が狭まっているらしい。今はもう、明暗も、物体の輪郭もぼんやりとしか認識できないようだ。


 そんな彼でも、睨まれていることはわかったようだった。


 ハインリッヒは、反抗的な態度を嫌う。その時も私の態度が気に入らなかったのか、振り上げた杖で、私を殴ろうとした。



 ーーーーだけど、杖は振り下ろされることはなかった。



「・・・・!」



 目の前を横切っていった無数の光に目を奪われ、ハインリッヒは杖を振り上げた姿勢のまま、動きを止める。



 彼の濁った瞳にも、光り輝きながら飛翔する、何千頭もの蝶の姿は鮮明に映ったようだ。



 ハインリッヒが、〝それ〟が自分の背後にいると気づいたのは、自分を押し潰そうとしている圧倒的な威圧感を感じたからだろうか。彼の両眼は、恐怖で見開かれ、顔の皮膚を這うように、冷汗が流れていた。



 ーーーー真っ白な巨人は、蝶として分離した自分の破片を吸収しながら、徐々に形を成しつつあった。



 老人は恐々と、関節部分が錆びた人形のように首を動かした。



 彼の、半分白濁した瞳は、まるで錆びた鏡のように、真っ白な巨人の姿を歪んで映していた。



「ひ、ひぃぃぃっ!」


 はじめて、この老人の悲鳴を聞いた。老人はホワイトレディを見るなり、恐怖におののいて、尻餅をついたのだ。


 ハインリッヒがこちらに背中を向けている間に、私は大股で距離を詰める。


「な、何だ、なんだ、これは! 誰かーーーー」

「黙らせて、ホワイトレディ」


 ハインリッヒの背後に立って命令を下すと、ホワイトレディは速やかに命令を実行した。


「うぐっ・・・・!」


 ホワイトレディに首をつかまれて、ハインリッヒの助けを求める声は、呆気なく喉の奥に引っこんでいった。彼が片時も手放さなかった杖も、あっさり手から離れていく。


 そもそもハインリッヒが誰かを部屋に呼んで暴力を振るう間、ジャコブやクロエはもちろん、使用人達はこの部屋から遠ざかっている。見て見ぬふりをするにしても、悲鳴を聞き流したり、助けを求める声を無視することに、なけなしの良心が痛むのだろう。それに万が一の時に、助けを求める声が聞こえなかったという言い訳も通用しなくなる。


 ハインリッヒ自身が、作り出した見えない暗黙の城が、今は彼に不利に働いていた。


「うぐ・・・・うぐ・・・・っ」


 ホワイトレディの手を振り払おうと、ハインリッヒは手足をばたつかせる。


 もちろんそんな弱々しい抵抗で、ホワイトレディの拘束が緩むはずもなかったけれど、なにしろハインリッヒは高齢なので、動揺から心臓発作を起こして、死ぬ可能性はある。


「今からは、大きな声を出さないで。約束するなら、解放してあげる」


 私が睨みながらそう脅すと、彼は一生懸命首を縦に振った。


「ぐっ・・・・!」


 私が目で合図すると、ホワイトレディはぱっと腕を開き、解放されたハインリッヒが再び尻餅をつく。


 ハインリッヒの前に立ち、見下ろす。



 恐怖で縮こまり、いつも以上に背中が丸まっているせいだろうか、彼は信じられないほど小柄に見えた。しかも言葉を忘れた赤ん坊のように号泣している。皺と涙と鼻水だらけになったその顔は、どんな泣き顔よりも醜悪だった。


 私達はどうしてこの、弱々しくて小さな暴君を、死神のように恐れなければならなかったのか。すべてが滑稽で、凶暴で駄々をこねることしかできない子供のような老人に、権力を与えたまま放置した人達が憎かった。



「・・・・自分が暴力を振るう側だったときは、泣いている私達を罵倒したくせに、立場が逆になると私達よりもずっと無様に泣くのね」



 声をかけると、老人の肩がびくりと跳ね上がる。


 ハインリッヒは今はじめて、私に気づいたような反応を見せた。いや、知らない人間を見るような目つきだ。


 私がハインリッヒの杖を拾い、彼がそうしていたように、杖の先で床を叩く。ハインリッヒは私が立てる物音一つ一つにびくついていた。


「これからは、私が主導権を握らせてもらう」

「あ・・・・ああ・・・・」

「私が発言していいというまで、口を開かないで」


 老人はぐっと顔に力を入れて、唇を引き結ぶ。


 私は震えるハインリッヒに、にっこりと笑いかけた。




「ーーーー明日、みんなを集めて、ある宣言してもらいたいの」




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