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その日は、心まで澄みわたるような快晴だった。透き通るような青が、雲をすべて取り払って、皇都の美しい景色を照らしていた。
朝から、祖父の指示で、私とクロエ、ファンクハウザーのタウンハウスで働くすべての使用人が、エントランスの一階に集められていた。
ーーーージャコブ様、ハインリッヒ様が、邸宅の者を全員、エントランスに集めるようにと仰せです。
今朝、唐突に祖父の従者にそう言われ、ここに来ざるを得なかった。
「・・・・話って何だろうな」
使用人達はどこか、落ち着きがない。祖父の登場を待っている間も、そわそわと身体を揺らし、お喋りをやめられないようだった。
無理もない。このタウンハウスはずっと祖父の支配下に置かれていたが、祖父が自ら前に出て、大々的に何かを指示することはなかった。祖父はいつだって、暗い部屋から従者を通して、指示を出すだけだったのだ。
「・・・・ジャコブ。おじい様の話って、何なの?」
隣にいるクロエも、不安を隠せずにいるようだった。
「・・・・わからない」
「おじい様がこんなふうにみんなの前に出るの、はじめてじゃない?」
「ああ、そうだな。一体何の話なのか、見当もーーーー」
車椅子に乗った祖父と、車椅子を押す従者が、中二階のバルコニーに現れたので、慌てて口をつぐんだ。
祖父はバルコニーの手すり近くまで移動すると、車椅子を押していた従者を杖で追い払った。
従者が階段を降りてくると、今度はなぜか、階下にいたアルテが入れ違いに、階段を上がっていく。
「おい、アルテ、どこに行く?」
私の問いかけを、アルテは一瞥で流し、無視した。その態度の悪さに、カッと頭に血が上ったものの、祖父の手前、騒ぎを起こすわけにはいかなかったので、ぐっと怒りをこらえた。
吹き抜けに上がったアルテが、祖父の横に立つ。
その姿を見上げて、誰もが首を傾げた。
今までの祖父なら、アルテが世話人のように隣に立つことを許さなかったはずだ。隣に立とうとすれば、その瞬間に杖で殴られていたはず。アルテだけじゃない、たとえ隣に立つのが私でも、祖父は許さなかっただろう。彼を世話する者は隣ではなく、従者のように後ろに立たなければならないのだ。
だが、その時のアルテは、祖父の隣に立つことを許されていた。
祖父がちらりとーーーーまるで顔色をうかがうように、アルテを見る。アルテがうなずくと、彼は大きく息を吸いこんだ。
「これよりこの邸宅のすべての権限を、伯爵夫人であるアルテに移譲する」
その言葉は雷のように、私やクロエ、使用人達を打った。
つかの間の沈黙を終えて、使用人達はざわつきはじめる。
「使用人の人事も、ファンクハウザーの資産運用も、今後はすべてアルテに一任する。みなも、彼女に従うように」
「どういうことですか、おじい様!」
最後まで聞いていられず、私は声を上げた。
「なぜアルテに任せるんですか? 当主は私ですよ!」
答えが返ってくるまでに、奇妙な間があった。祖父はすぐには反論せずに、アルテのほうをちらりとうかがったのだ。アルテが無表情のまま視線を返すと、祖父は脅えるように顔を歪ませる。
「黙れ! 貴様、小童の分際で私の決定に口を挟むつもりか!?」
老いてなお、声量が衰えない祖父の叱責が、エントランスの空気を揺らした。脅えた使用人達は、頭を打たれたようにいっせいに首を下げる。私もそれ以上、問い詰めることができなかった。
「とにかく、これからはアルテがすべてを仕切る。以上だ!」
捨て鉢気味に吐き捨てると、祖父は自分で車椅子を動かし、逃げるように部屋に戻ってしまった。
祖父が部屋に戻った後も、ざわめきは消えなかった。
「ちょっとどういうことなの、ジャコブ!」
クロエに肩を揺さぶられたが、動揺のあまり答えることができなかった。
ーーーーこの騒ぎの中、当事者であるアルテは無表情のまま、人々の慌てぶりを静観していた。私達が感じている混乱や動揺など、他人事だと言わんばかりの態度だった。
その顔を見ていると、頭に血が上った。
「どういうことなんだ、アルテ!」
思わず叫ぶと、エントランスがシンと静まりかえる。
「さっきの言葉を聞いてなかったの? ハインリッヒ様が言ったとおり、これからは私がファンクハウザーのすべてを担うわ」
怒鳴りつけられてもアルテは動じず、逆に睨み返してきた。
「まずは、使用人を全員入れ替える」
「そんな・・・・!」
使用人達は青ざめた。
「働きがよかった人には、紹介状を書くわ。逆に、これまでの働きが悪かったり、態度が悪かった人には、紹介状をわたすつもりはない。一週間の猶予を与えるから、その間に荷物をまとめて、邸宅を離れる準備をしておいて。それから、ジャコブ」
呼び捨てにされ、肩が揺れる。
「ファンクハウザーが関わっているすべての事業の、帳簿が見たい。私の部屋に持ってこさせて」
「なっ・・・・!」
動揺の声を聞こうともせずに、アルテは階段を降りはじめた。私も階段に近づき、アルテの前に立つ。
「帳簿を見せろだと!?」
「大半のことは補佐官が担ってるんだから、代理ぐらいできるわ」
「そういう問題じゃない! なぜ、お前ごときにーーーー」
「これは、あなたのおじい様の決定よ」
アルテは私の言葉をさえぎり、冷ややかな視線を返してきた。感情が見えない、輝きのない瞳だった。
「ーーーー文句があるのなら、おじい様に直訴してきたらどう?」
「・・・・・・・・」
虚をつかれ、何も反論できなくなってしまった。
アルテの眼差しを見て、わかった。私を黙らせるのに、それ以上の効果的な言葉が他にないことを、彼女は誰よりもよく知っているのだ。
「あんた、一体、どんな手を使ったのよ!」
激高したクロエが、アルテの肩につかみかかる。アルテは顔を顰めると、クロエの手を振り払う。クロエの顔色は、一瞬で赤から青へ変化していた。
「この・・・・!」
「おやめください、クロエ様」
しかも二人の間に、ファンクハウザーの執事が割りこんできた。
「落ち着いてください」
彼はアルテを背中に庇い、クロエをなだめようとしていた。
「どうしてその女を庇うわけ!?」
「・・・・ハインリッヒ様の指示なので・・・・」
この邸宅で、まるで免罪符のように使われていた、〝ハインリッヒの指示〟という言葉。ーーーーそれが今、切り立った断崖のように、私達の前に立ちはだかっていた。
以前は、アルテがクロエに物申し、執事がクロエを庇って、アルテを黙らせるというのが日常の光景だったのに、今では完全に立場が逆転していた。
(一体、何が起こったんだ・・・・?)
クロエがまだ騒いでいたが、私は加勢する心の余裕がなかった。
ーーーーこの邸宅で働く者すべてが、当主である私よりも、祖父の指示に従うことを知っている。その祖父がお墨付きを与えた以上、私はアルテの権限に口出しすることができない。
「どんな汚い手を使ったのよ!」
クロエがどれだけ叫んでも、アルテは汚物を視界に入れたくないと言わんばかりに顔をそむけ、彼女を睨むことすらしなかった。
アルテが別人のように見えた。思わずじっと見つめていると、視線に気づいたのか、アルテがこちらを見る。
ーーーー早めにおじい様から、権限を奪っておくべきだったわね。
冷ややかな眼差しが、言葉よりも雄弁に、私にそう語りかけていた。
※ ※ ※
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