二人の転生悪女 ー偽聖女のヒロイン成り代わり作戦を防げー

炭田おと

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          ※ ※ ※



 その日は、心まで澄みわたるような快晴だった。透き通るような青が、雲をすべて取り払って、皇都の美しい景色を照らしていた。


 朝から、祖父の指示で、私とクロエ、ファンクハウザーのタウンハウスで働くすべての使用人が、エントランスの一階に集められていた。



 ーーーージャコブ様、ハインリッヒ様が、邸宅の者を全員、エントランスに集めるようにと仰せです。



 今朝、唐突に祖父の従者にそう言われ、ここに来ざるを得なかった。


「・・・・話って何だろうな」


 使用人達はどこか、落ち着きがない。祖父の登場を待っている間も、そわそわと身体を揺らし、お喋りをやめられないようだった。


 無理もない。このタウンハウスはずっと祖父の支配下に置かれていたが、祖父が自ら前に出て、大々的に何かを指示することはなかった。祖父はいつだって、暗い部屋から従者を通して、指示を出すだけだったのだ。


「・・・・ジャコブ。おじい様の話って、何なの?」


 隣にいるクロエも、不安を隠せずにいるようだった。


「・・・・わからない」

「おじい様がこんなふうにみんなの前に出るの、はじめてじゃない?」

「ああ、そうだな。一体何の話なのか、見当もーーーー」


 車椅子に乗った祖父と、車椅子を押す従者が、中二階のバルコニーに現れたので、慌てて口をつぐんだ。


 祖父はバルコニーの手すり近くまで移動すると、車椅子を押していた従者を杖で追い払った。


 従者が階段を降りてくると、今度はなぜか、階下にいたアルテが入れ違いに、階段を上がっていく。


「おい、アルテ、どこに行く?」


 私の問いかけを、アルテは一瞥で流し、無視した。その態度の悪さに、カッと頭に血が上ったものの、祖父の手前、騒ぎを起こすわけにはいかなかったので、ぐっと怒りをこらえた。



 吹き抜けに上がったアルテが、祖父の横に立つ。



 その姿を見上げて、誰もが首を傾げた。


 今までの祖父なら、アルテが世話人のように隣に立つことを許さなかったはずだ。隣に立とうとすれば、その瞬間に杖で殴られていたはず。アルテだけじゃない、たとえ隣に立つのが私でも、祖父は許さなかっただろう。彼を世話する者は隣ではなく、従者のように後ろに立たなければならないのだ。



 だが、その時のアルテは、祖父の隣に立つことを許されていた。



 祖父がちらりとーーーーまるで顔色をうかがうように、アルテを見る。アルテがうなずくと、彼は大きく息を吸いこんだ。



「これよりこの邸宅のすべての権限を、伯爵夫人であるアルテに移譲する」



 その言葉は雷のように、私やクロエ、使用人達を打った。



 つかの間の沈黙を終えて、使用人達はざわつきはじめる。



「使用人の人事も、ファンクハウザーの資産運用も、今後はすべてアルテに一任する。みなも、彼女に従うように」


「どういうことですか、おじい様!」


 最後まで聞いていられず、私は声を上げた。


「なぜアルテに任せるんですか? 当主は私ですよ!」


 答えが返ってくるまでに、奇妙な間があった。祖父はすぐには反論せずに、アルテのほうをちらりとうかがったのだ。アルテが無表情のまま視線を返すと、祖父は脅えるように顔を歪ませる。



「黙れ! 貴様、小童の分際で私の決定に口を挟むつもりか!?」



 老いてなお、声量が衰えない祖父の叱責が、エントランスの空気を揺らした。脅えた使用人達は、頭を打たれたようにいっせいに首を下げる。私もそれ以上、問い詰めることができなかった。


「とにかく、これからはアルテがすべてを仕切る。以上だ!」


 捨て鉢気味に吐き捨てると、祖父は自分で車椅子を動かし、逃げるように部屋に戻ってしまった。


 祖父が部屋に戻った後も、ざわめきは消えなかった。


「ちょっとどういうことなの、ジャコブ!」


 クロエに肩を揺さぶられたが、動揺のあまり答えることができなかった。



 ーーーーこの騒ぎの中、当事者であるアルテは無表情のまま、人々の慌てぶりを静観していた。私達が感じている混乱や動揺など、他人事だと言わんばかりの態度だった。



 その顔を見ていると、頭に血が上った。


「どういうことなんだ、アルテ!」


 思わず叫ぶと、エントランスがシンと静まりかえる。


「さっきの言葉を聞いてなかったの? ハインリッヒ様が言ったとおり、これからは私がファンクハウザーのすべてを担うわ」


 怒鳴りつけられてもアルテは動じず、逆に睨み返してきた。


「まずは、使用人を全員入れ替える」

「そんな・・・・!」


 使用人達は青ざめた。


「働きがよかった人には、紹介状を書くわ。逆に、これまでの働きが悪かったり、態度が悪かった人には、紹介状をわたすつもりはない。一週間の猶予を与えるから、その間に荷物をまとめて、邸宅を離れる準備をしておいて。それから、ジャコブ」


 呼び捨てにされ、肩が揺れる。


「ファンクハウザーが関わっているすべての事業の、帳簿が見たい。私の部屋に持ってこさせて」

「なっ・・・・!」


 動揺の声を聞こうともせずに、アルテは階段を降りはじめた。私も階段に近づき、アルテの前に立つ。


「帳簿を見せろだと!?」

「大半のことは補佐官が担ってるんだから、代理ぐらいできるわ」

「そういう問題じゃない! なぜ、お前ごときにーーーー」



「これは、あなたのおじい様の決定よ」



 アルテは私の言葉をさえぎり、冷ややかな視線を返してきた。感情が見えない、輝きのない瞳だった。



「ーーーー文句があるのなら、おじい様に直訴してきたらどう?」



「・・・・・・・・」



 虚をつかれ、何も反論できなくなってしまった。



 アルテの眼差しを見て、わかった。私を黙らせるのに、それ以上の効果的な言葉が他にないことを、彼女は誰よりもよく知っているのだ。



「あんた、一体、どんな手を使ったのよ!」


 激高したクロエが、アルテの肩につかみかかる。アルテは顔を顰めると、クロエの手を振り払う。クロエの顔色は、一瞬で赤から青へ変化していた。


「この・・・・!」

「おやめください、クロエ様」


 しかも二人の間に、ファンクハウザーの執事が割りこんできた。


「落ち着いてください」


 彼はアルテを背中に庇い、クロエをなだめようとしていた。


「どうしてその女を庇うわけ!?」

「・・・・ハインリッヒ様の指示なので・・・・」



 この邸宅で、まるで免罪符めんざいふのように使われていた、〝ハインリッヒの指示〟という言葉。ーーーーそれが今、切り立った断崖のように、私達の前に立ちはだかっていた。



 以前は、アルテがクロエに物申し、執事がクロエを庇って、アルテを黙らせるというのが日常の光景だったのに、今では完全に立場が逆転していた。


(一体、何が起こったんだ・・・・?)


 クロエがまだ騒いでいたが、私は加勢する心の余裕がなかった。



 ーーーーこの邸宅で働く者すべてが、当主である私よりも、祖父の指示に従うことを知っている。その祖父がお墨付きを与えた以上、私はアルテの権限に口出しすることができない。



「どんな汚い手を使ったのよ!」


 クロエがどれだけ叫んでも、アルテは汚物を視界に入れたくないと言わんばかりに顔をそむけ、彼女を睨むことすらしなかった。


 アルテが別人のように見えた。思わずじっと見つめていると、視線に気づいたのか、アルテがこちらを見る。



 ーーーー早めにおじい様から、権限を奪っておくべきだったわね。



 冷ややかな眼差しが、言葉よりも雄弁に、私にそう語りかけていた。




          ※ ※ ※


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