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しおりを挟むこうして私は、一時的とはいえ、ファンクハウザー家を乗っ取った。
屋根裏ではスペースが足りなかったため、私は一階の部屋に移動し、帳簿も移動先の部屋に運ばせた。
机上に積まれた帳簿の山を見ただけで、私はうんざりしたけれど、前に進むためには避けては通れないと自分に言い聞かせ、紙の山に手を伸ばす。
帳簿の確認には、数日を要した。
「・・・・・・・・」
お茶を持ってきた執事の、冷ややかな視線を横顔に感じる。
どうせ私には、帳簿の内容など理解できないと決めつけている眼差しだった。ハインリッヒに命令されたから、表面的に従うそぶりを見せているだけで、すぐに権限はジャコブに戻されると高をくくっているようだ。私を見くびっていることを、隠そうともしていない。
「これで全部です」
後から入ってきた補佐官が、最後の帳簿を机の横に置いた。
ジャコブは最初は、無駄な抵抗をした。帳簿を隠したり、塗りつぶしたりして、私に内容を知られまいとしたのだ。少しぐらい隠しても、私には見抜けないと思ったのだろう。
予想できたことなので、対応できた。帳簿を確かめてから、補佐官に足りない帳簿の提出を求めた。従わないなら、今すぐ邸宅から出ていってもらうと脅すと、彼も隠し通せないと思ったのか、残りの帳簿を持ってきたのだ。
(バウムガルトナー侯爵が言ったとおりだ。塩取引の収支がおかしい)
帳簿の収支には、明らかに適当な数字を当てはめているだけの場所がいくつもあった。
ーーーージャコブ・フォン・ファンクハウザーは塩取引の儲けの一部を着服しています。
モルゲンレーテの塩は専売制で、皇室が利益を独占している。
ファンクハウザーは先祖の功労のおかげで、皇室から、塩の販売の管理を任されていた。塩田からの運搬ルートも製塩法も、すべてファンクハウザーが押さえている。
領地からの収益が少ないファンクハウザーが、伯爵家としての体面を保てたのは、この塩の販売による利益が大きかった。
だけど当然ながら、管理を任されているだけなので、塩による利益の大半は、国庫に納めなければならない。ジャコブはそのお金を少しでも減らすために、塩の利益の額を少なく見せているのだ。
(クロエは浪費家だから、ジャコブはお金が必要だものね)
粉飾自体はよくある手口だけど、やりかたがあまりに雑だった。調査が入れば、すぐに露見するはず。皇室の信頼をいいことに、ジャコブはその信頼に胡坐をかいていたようだ。あるいはハインリッヒの時代から、この悪習ははじまっていたのかもしれない。
(前世の経験があってよかったわ)
前世で経理の仕事をしていたときの経験から、すぐに帳簿の収支がおかしいことに気づくことができた。
「奥様」
帳簿を見ていると、用事を言いつけていた執事が、部屋に戻ってきた。
「お客様がお見えです」
「お通しして」
客人が誰なのか、私が問い返すこともなかったことを訝しみつつ、執事は頭を下げて出て行った。
ーーーー私が権限を与えられたその翌日に、私を訪ねてくる客人なんて、一人しかいないから、聞き返すまでもなかっただけだ。
「やあ、ファンクハウザー伯爵夫人」
予想通り、クリストフ・フォン・バウムガルトナー侯爵が部屋に入ってくる。
彼は入ってくるなり帽子を脱ぎ、私に笑いかけてくれた。
「歓迎します、閣下」
私も立ち上がり、笑い返す。
「こちらにお座りください」
「ありがとう」
バウムガルトナー侯爵は、二台のソファの片側に座った。私は対座に腰を下ろし、執事を見上げる。
「お茶を用意して」
「かしこまりました」
執事を追い出し、二人きりになってから、私達はあらためて笑いあった。
「ちょうどいいところに来てくれましたね、バウムガルトナー侯爵」
「帳簿の確認が終わったのかな?」
「ええ、あなたが言ったとおりでした。塩の販売による利益を誤魔化して、利益の一部を着服しているようです」
「やはりそうか」
「すごく雑な粉飾ですよ。調査されたら、隠し通せませんね」
バウムガルトナー侯爵は溜息をついた。
「ーーーーこの不正を、陛下に告発するんですか?」
私が問いかけると、バウムガルトナー侯爵は深くうなずいた。
「ジャコブは、バウムガルトナーから仕事を与えられながら、裏ではヴュートリッヒの派閥に加わろうとして、うちの事業の情報をヴュートリッヒに売っているんだ。こんな真似をされたら、うちもたまったもんじゃない」
ヴュートリッヒはバウムガルトナーを弱らせるため、バウムガルトナーの陣営にいる貴族達を寝返らそうとしているようだ。その一環として、ジャコブに近づき、バウムガルトナーの情報を売るように持ちかけたらしい。
バウムガルトナーから任される仕事は、長年、ファンクハウザーの重要な収入源になってきた。だからバウムガルトナーはファンクハウザーの恩人なのだ。
でもジャコブは、その恩に背いた。義理や恩よりも、目の前の利益を追求したのだ。
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