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しおりを挟むヨルグ殿下は、ヴュートリッヒの騎士達から少し離れた場所で馬を止めた。
「よお!」
大きな声だった。
ヴュートリッヒの騎士達は驚いたのか、肩を震わせて、振り返る。
「よ、ヨルグ殿下?」
「騎士の分際で、貴婦人を多勢で追い回した上、護衛の騎士を馬上から叩き落したそうだな」
わざわざヨルグ殿下が大声でそう言ったのは、騎士達のあるまじき行いを、他の者達に知らせるためなのだろう。狙い通り、入り口にとどまっていた貴婦人や令嬢の視線が、ヨルグ殿下とヴュートリッヒの騎士達に集まっていた。
和やかな空気は蹴散らされ、不穏な空気がのさばりはじめる。
ヴュートリッヒの騎士達は、青ざめていた。
「な、何の話だか・・・・」
「くだらない言い訳なんざするな。全部見てたんだよ。お前らがアルムガルト侯爵を取り囲んだあげく、追い回しているところをな。お前らのせいで、侯爵は落馬して、足を挫いたそうだぞ」
「・・・・・・・・」
騒ぎに気づいたのか、他の場所にいた人達も集まってきた。あっという間に、ヨルグ殿下達のまわりに、野次馬の囲いが出来上がってしまう。
注目を浴びてもヨルグ殿下はまったく動じず、対照的に騎士達はひどくうろたえていた。
「相手が侯爵だという点を除外したとしても、集団で女一人をよってたかって追い回した挙句、落馬させるなんて、胸糞が悪い話だ。騎士のすることじゃないな」
ヨルグ殿下は、にやりと笑う。ーーーー美形なのに、なぜか笑うと悪役にしか見えなくなるのが不思議だった。
「さんざん荒くれ者と馬鹿にされてきた俺だって、そんな下衆な真似をしたことはないぞ」
ひそひそと、聞き取れないほど小さな声が、野次馬の上を飛び交った。集まった人達の中でも特に、貴婦人が不快感を露わにしていた。自分や、自分の娘達が同じ目に遭ったらと考えると、眉を顰めずにはいられなかったのだろう。
「ヴュートリッヒの騎士団の騎士道精神とやらはどうなってるんだ? ヴュートリッヒの騎士団には、みんなお前達のようなならず者しかいないのか?」
「な、ならず者とは、いくら何でもひどすぎます!」
「自分の行動を省みてみろよ。・・・・ヴュートリッヒ侯爵に、忠告しておくべきだな。騎士団の品位を落としたくなければ、お前らのようなならず者は、今すぐ追い出すべきだって」
「あの悪女を庇うのですか! あの女が巷で、何と呼ばれているかーーーー」
騎士の一人の怒鳴り声をさえぎるように、ヨルグ殿下は動いていた。
ヨルグ殿下が馬の腹を蹴ると、馬は勢いよく駆け出す。
同時に殿下は、剣を鞘から抜かないまま、勢いよく横に振るっていた。
「なっーーーー」
次の瞬間にはもう、騎士は鞘で首を殴られていた。上体が後ろに倒れ、騎士の身体は一回転しながら、地面に落ちる。
あっという間の出来事だった。両者のやりとりを注視していたはずの野次馬からも、驚きの声が上がらないほど、ヨルグ殿下の動きは速かったのだ。
「げほっ、げほっ・・・・!」
ヨルグ殿下は、這いつくばって咳きこんでいる騎士を、冷たく見下ろす。
「庇ってるんじゃない。ーーーー評判が悪い人間相手なら、何をしてもいいと思いこんでいる、その腐った性根が気に入らないんだよ」
私が睨まれているわけじゃないのに、呼吸が止まるほど、ヨルグ殿下の視線や声には気迫があった。緑色の目が、光っていると錯覚するほどだった。
「殿下、いくら何でも・・・・!」
抗議しようとした騎士も、次の瞬間には殿下に殴られ、落馬していた。
「反撃していいぞ。俺のほうが落馬させられても、文句は言わない」
そう宣言してから、ヨルグ殿下は残りの騎士に攻撃を仕掛けた。
「うわっ・・・・!」
残り四人の騎士達も、同じ道をたどった。
馬上槍試合を見ているようだった。モルゲンレーテでは人気のトーナメントで、馬上槍試合の最優秀騎士には称賛と賛美が送られる。
ヨルグ殿下の強さは、圧倒的だった。
あっという間に、六人の騎士は地面をなめることになる。
(すごい・・・・)
攻撃されるとわかって、ヴュートリッヒの騎士達は防御の姿勢をとったり、逃走しようとしたり、中には反撃しようとする者もいた。
でも防御も逃走も、反撃も、全部無意味だった。素人の私でもわかるほど、ヨルグ殿下と騎士達の間には、圧倒的な実力の差があった。
「これで痛み分けってところか」
ヨルグ殿下のその言葉で、彼が加害者を私達と同じ目に遭わせることで、罰してくれたのだとわかった。
成敗が終わると、ヨルグ殿下は馬から降りる。
「・・・・これに懲りたら、もう二度とこんなふざけた真似はするな」
「・・・・・・・・」
痛みで声も上げられないのか、ヴュートリッヒの騎士達が反論することはなかった。
すると野次馬の中から飛び出してきた女性が、ヨルグ殿下に近づいていく。
「我が家門の騎士が、殿下にたいして無礼な行いに出たことを、騎士に代わり私が謝罪します!」
さっそくアリアドナがしゃしゃり出てきたようだ。貴族令嬢として冷静に対応できるところを見せつけようとしたのか、それとも自分が目立つことで、ヴュートリッヒに批判が向くのをできるだけ避けようとしているのか。
「・・・・・・・・」
ヨルグ殿下はアリアドナを見たものの、反応はそれだけで、すっと目をそらしていた。
(あれ・・・・?)
皇子達はもう全員篭絡されているという話だったから、アリアドナにたいするヨルグ殿下の反応が、思ったよりもあっさりしていることに、戸惑った。
「謝罪なら、俺やあんたの間でやっても意味がない。そこのならず者どもが、直接本人に謝るべきだ」
「・・・・・・・・」
指摘されたアリアドナは、騎士達を睨む。
騎士達はようやくダメージから立ち直り、片膝を立てようとしていた。そのタイミングで睨まれたので、彼らは肩をびくつかせる。
「本人に謝罪しろって言ってるんだ」
ヨルグ殿下にそう言われた騎士達は、肩をびくつかせながらのろのろと動き出して、私の前にひざまずいた。
「・・・・申し訳ありませんでした」
「・・・・・・・・」
心がこもっていない謝罪にはうんざりさせられたけれど、これ以上引き延ばしても無意味だと思った。むしろここで粘って、ヴュートリッヒの騎士から本当の謝罪を引き出そうとすればするほど、私のほうがまわりから、心が狭いという誹りを受けてしまうだろう。
「・・・・許します」
私がそう言うと、騎士達の肩から、力が抜ける。
ヨルグ殿下が彼らを馬上から叩き落してくれたのだから、罰としてはそれで十分だ。そう言い聞かせることで、気持ちに決着をつけようと努力した。
「侯爵の寛大さに、感謝するんだな」
ヨルグ殿下はにやにや笑いながら、鞘でばしばしと騎士の肩を叩く。騎士は痛そうに顔を歪めながらも、皇子の手前、不快感を顔に出すわけにはいかないので、必死に笑おうと努力していた。
それを見て、ほんの少しではあるものの、溜飲が下がる。
「殿下、本当に申し訳ありませんでした」
「謝罪はいい。被害を受けたのは、俺じゃないからな」
被害を受けた私を差し置いて、ヨルグ殿下にばかり謝り続けるアリアドナにたいして、ヨルグ殿下は遠回しに、謝る相手が違うということを伝えた。
けれどそれでも、アリアドナが私に謝りに来ることはなかった。
(私に謝りなさいよ、私に!)
アリアドナの態度にはらわたが煮えくり返るけれどーーーー今、大事なのはそれよりも。
(やっぱり、ヨルグ殿下はアリアドナに、特別な感情は持ってないみたい)
アリアドナに心酔し、彼女の気を引くために必死になっている他の皇子とは違い、ヨルグ殿下だけ、アリアドナにたいする態度が儀礼的だった。ヴュートリッヒの令嬢として、あるていど礼儀は尽くすものの、それ以上の興味はないといった様子だ。
それどころか、頑なに私に謝ろうとしないアリアドナに、不快感を感じているようでもある。
(もしかしてヨルグ殿下には、魅惑の瞳の力が通じてないの?)
ぼんやりと突っ立っていると、ヨルグ殿下が近づいてきた。緊張で、上官を前にした部下のように、思わず背筋を伸ばしてしまう。
「足の具合は?」
「大丈夫です。歩けないほどではありませんから。・・・・それよりも、助けていただいて本当にありがとうございます」
あらためてお礼を言うと、ヨルグ殿下は軽くうなずく。
「閣下!」
その時、はぐれていたエトヴィンとフロレンツが戻ってきた。
「申し訳ありません!」
それでもう、自分の助けは必要ないと思ったのか、ヨルグ殿下は私から離れていく。
しばらく、その後姿を見送っていたけれど、ヨルグ殿下が振り返ることはなかった。
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