二人の転生悪女 ー偽聖女のヒロイン成り代わり作戦を防げー

炭田おと

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 皇都の空に夜がかぶさってきて、すべてが青黒く染められた。


「今日は本当に、災難だったね」


 アルムガルト邸に帰宅した後も、散々な一日の記憶に苦しめられていた私を、訪ねてきたクリストフが慰めてくれた。


「はい、本当に・・・・」


 応接間のソファに腰かけ、溜息をついた。


 口を開けば、溜息しか出てこない。これではいけないと背筋を伸ばして、私はクリストフの目を見据えた。


「でも、発見もありました」



 それから私は、ヨルグ殿下には、アリアドナの魅惑の瞳の力が通じていない可能性があることを伝えた。



「だとしたら、我々が推すべきなのは、ヨルグ殿下なのかもしれないな」


 クリストフの目は輝いていた。アリアドナの息がかかっていない皇子の発見は、私達にとってはかなりの朗報だ。



 クリストフの話を聞いて、私はあらためて、五人の皇子の生い立ちを思い出していた。



 ディートマル陛下の最初の妻で、第一皇子であるコルネリウス殿下を産んだ女性は、教皇の親戚の娘で、信仰深かったそうだ。


 しかし銀髪に赤い目の男子を、という陛下の望みは叶えられず、コルネリウス殿下は金髪に青い目の男児として誕生した。そのため皇后が難産の後遺症で、二人目を授かるのが難しいと知ると、陛下は離婚を要求したそうだ。


 とはいえ、最初の皇后は教皇の親戚なので、離婚は容易ではなかった。


 なのに陛下は離婚を強行して、その結果、神殿の中でも意見が割れてしまい、その亀裂は国教を揺るがした。国論を二分する騒ぎになったそうだ。


 それだけの被害を出しても陛下は離婚を強行し、二番目の妻を迎えた。


 二人目の皇后陛下は、気が強かったと聞いている。彼女は身分は低かったけれど、銀髪で目が赤かったため、陛下に望み通りの子を産めると期待されて、皇宮に迎え入れられたそうだ。


 だが生まれてきた第二皇子ヨルグは、またしても金髪で緑色の目だった。


 陛下は二人目の皇后も追い出して、三人目の妃を迎える。


 そして三人目の皇后は、陛下が待望していた、銀髪に赤い目を持つ皇子ダミアンを産んだ。知らせを聞いた陛下は、たいそう喜んだそうだ。さらに彼女は翌年に、第四皇子ベルントも産んだけれど、その直後産褥熱で亡くなってしまう。

 そして四人目の妃が、五番目の皇子となるフィリップを産んだそうだ。四人目の皇后陛下も、フィリップ皇子が一歳を迎える前に亡くなってしまった。


(今さらだけど、望み通りの子を産めなかったという理由だけで、妻と子供達を追い出すなんて、陛下も冷酷だわ・・・・)



 望み通りの髪色じゃなくても、健やかに育ってくれれば、それで十分じゃないかと私には思える。




「・・・・だが、ヨルグ殿下が皇太子に選ばれる可能性は、かぎりなく低いな」



 クリストフの呟きを聞いて、私の意識は現実に引き戻された。



「どうしてですか?」

「他の皇子に比べて、後ろ盾が弱すぎる」


 クリストフは腕を組み、窓の外を睨む。


「同じく庶子に落とされたコルネリウス殿下は、母方の実家が現教皇の親戚で、神殿に影響力があるという強みがある。だがヨルグ殿下の母方のクロイツェル家は北部の貧乏貴族で、当時は貴賤結婚きせんけっこんだと騒がれた」


 身分などが釣り合わない、対等ではない相手との結婚のことを、貴賤結婚きせんけっこんと言うらしい。


 皇子達の誰も決め手を持たない中、後ろ盾の強さは、どの陣営につくかを決める上で、重要な要素だった。


 貴族の間でも身分の差があり、それによって結婚が認められない例は珍しくない。貴賤結婚だと、生まれてきた子供が、まわりから侮られることがあるからだ。


 だからヨルグ殿下も、皇子という高貴な生まれに関わらず、まわりから軽んじられているようだった。


 それに比べて、今、もっとも皇太子の座に近いと目されている第四皇子のベルント殿下は、ダミアン殿下の弟という点や、母親が離婚によって皇室から除籍されたわけじゃない点、さらに母方の実家が、南部の大貴族フックスであることが、強く支持される理由になっていた。



 それだけ、庶子に落とされた、母親が離婚を突き付けられたという点が、今もなお、ヨルグ殿下やコルネリウス殿下に影を落としている。



(あの紋章は、ヨルグ殿下のお母上の実家、クロイツェルの紋章だったのね)


 どおりで紋章に見覚えがないわけだ。皇都に拠点を置いている貴族の紋章は、ほとんど知っているけれど、さすがに辺境の貴族の紋章までは知らない。


「ヨルグ殿下は、強かったですね」

「クロイツェル家が、武人の家系だからね。常に、北から押し寄せてくる異民族の脅威に晒されているから、自然とそうなったんだろう。クロイツェル家は、子供がまだ幼いころから剣を持たせ、武人として鍛え上げるらしい。ひかえめに言って、戦闘民族だよね」

「戦闘民族・・・・」


 言葉のチョイスに呆れたものの、その話を聞いて、ヨルグ殿下の置かれた環境をなんとなく想像できた。


 常に戦いの中に身を置いてきた人だからこその、猛々しさだったのだろうと思う。皇都の貴族男性は洗練されてはいるけれど、どちらかといえばなよやかな人が多く、ああいった尖った空気を持つ人は少ない。


「ヨルグ殿下には武人の才能があったらしく、今まで何度も馬上槍試合で優勝しているそうだ」


「だから、あんなに強かったんですね。まだ十代のはずなのに、自分よりも一回りも年上の騎士達に取り囲まれても、まったく動じていませんでした」



「ヨルグ殿下はすでに、出征しているからね。場慣れしているのは当然だ」



「出征・・・・?」



 その言葉が信じられなくて、思わず問い返してしまった。



「隣国ラディウスと国境線で揉めて、衝突があったことは君も知っているだろう? ヨルグ殿下は戦争に参戦して活躍し、戦勝せんしょうに導いたとされている。今までヨルグ殿下に関心がなかった陛下も、今回の件ではヨルグ殿下の功労を認め、称賛したそうだ。殿下は今回、戦から帰ってきたばかりだったんだよ」


「殿下はまだ十代ですよね? それに、皇子が戦争に行くだなんて・・・・」


「私達には前世の記憶があるから、指導者や指揮官は後ろにいるものだという考えがあるが、むしろこの大陸では、指導者には先頭に立って、勇猛さを示すことが求められているんだ。前世の世界でも、中世頃まではそうだったじゃないか。ましてヨルグ殿下は、庶子に落とされた。・・・・家門のためにも、力を証明する必要があったんだろう。皇太子にはなれなくても、皇族の血を引く、勇気ある強い武人だということをね」


「・・・・・・・・」


「ラディウスの問題は、まだ収束していないらしい。向こうがまた仕掛けてくるようだから、ヨルグ殿下もまた近いうちに、対ラディウス遠征軍に駆り出されることになるだろう」


「またですか?」


「・・・・軍人として、力を示し続けるしかないんだろう」



 皇子という高貴な身分でありながら、周囲から認められることなく、ただそれを証明するためだけに戦争に身を投じなければならなかったヨルグ殿下のことを、気の毒に思った。



 戦場では、皇子という高貴な身分も、身を守る盾にはなってくれなかっただろう。高貴な身分など、いざとなると役に立たない。私のアルムガルトの血筋が、ファンクハウザー邸では何の価値もなかったように。



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