45 / 152
44
しおりを挟むその日、ベルント殿下とフィリップ殿下は、皇宮の裏手の広場で、乗馬の練習をしていた。
そんな二人の様子を、日傘を差した侍女達が見守っている。
皇子達が乗馬を終えて戻ってくると、侍女達は木陰に敷物を敷き、バケットや飲み物、お皿に薄くスライスした肉などを並べて、皇子達をもてなした。
木陰が生み出す緑色の縞模様の中で、解放的に楽しむ昼食会を、皇子達も楽しんでいるようだった。
そんな皇子達に、黄金色の髪と、花弁のような白いスカートを揺らしながら、近づいていく少女がいた。
「やあ、エルネスタ。偶然だね」
フィリップ殿下のほうが、先にエルネスタに気づき、手を上げる。
「殿下に、ご挨拶申し上げます」
「堅苦しい挨拶は必要ない。父上に会いに来たのか?」
「いえ、宮仕えの友人に会いに来ました。まさか、殿下達が庭にいらっしゃるとは思わず・・・・お邪魔でしたか?」
「まさか。君はもう、昼食を食べた?」
「いえ、まだです」
「じゃ、ここに座って」
フィリップ殿下にそう言われて、エルネスタは彼の隣にちょこんと座る。
「やはりボリスはアリアドナではなく、エルネスタのほうを皇子達に引き合わせたんだな」
私とクリストフは離れた場所から、エルネスタと二人の皇子の様子を見守っていた。
狙い通りに、事が進んだ。皇子達の情報を流せば、きっとボリスはアリアドナではなく、エルネスタを皇子達に引き合わせるだろうと予想していた。
エルネスタという少女をはじめてみたけれど、アリアドナに引けを取らない、可愛らしい少女だった。ただ年齢の割には、仕草が幼いように感じる。だけどその幼さが、逆に魅力的に見える不思議な子だった。
「狙い通りに進みました」
「エルネスタを二人の皇子に会わせることが、そんなに重要なのかい?」
「重要ですよ」
「なぜだい?」
不思議そうな顔を見せるクリストフに、私はにっこりと笑いかける。
「私達は今まで、ベルント殿下とフィリップ殿下を、アリアドナから引き離そうとしてきました。だけど二人はアリアドナに私達の悪い噂を吹き込まれているから、私達の話をまったく信じてくれなかったでしょう?」
「ああ、毛嫌いされてるな。無視されることすらある」
「でもそんな殿下達も、エルネスタの言葉になら、耳を傾けると思うんです。アリアドナは表向きは、エルネスタを可愛がる良き姉を演じていますからね」
「義妹をいじめる姿は、聖女にはふさわしくないからね」
「そうです。だからアリアドナは、エルネスタの悪口を言えなかった。ーーーー二人が仲のいい姉妹だと思っている皇子達は、エルネスタの言葉なら信じることでしょう」
「アリアドナがそんなことを?」
私達の会話の途中で、皇子達の驚きの声が耳に飛びこんできた。
「そうなんです! お姉様に突き飛ばされたせいで、膝を擦りむいたんです」
エルネスタはスカートをめくって、皇子達に膝の傷跡を見せていた。
スカートをまくるだなんて、貴族令嬢にあるまじき行動だった。ベルント殿下は気まずそうな顔になり、奥手のフィリップ殿下は真っ赤になっている。
エルネスタのほうには、別に皇子達を誘惑しようという意図はなかったようで、皇子達の反応を不思議がっているようだった。
「あ、アリアドナがそんなことをするとは思えないんだけど・・・・」
「そんなことないんですよ。お姉様は普段は、すごく乱暴なんです。ミスをしたメイドを平手打ちすることも、珍しくないんですから」
ベルント殿下もフィリップ殿下も、信じられないという顔をしていた。
「・・・・アリアドナは皇子達の前では完璧な令嬢の仮面をかぶって、本当の自分を見せようとしません」
エルネスタと二人の皇子の様子を見ながら、私は話を続ける。
「でもエルネスタはとても素直な子だと聞いてますから、ありのままのアリアドナの姿を、皇子達に伝えてくれるでしょう。自分のことをいじめている相手のことなら、なおさらです。エルネスタがアリアドナの陰湿な一面を二人に伝えれば、二人がアリアドナにたいして抱いている、完璧な女性のイメージは、揺らいでいくことでしょう」
「なるほど!」
アリアドナはエルネスタが皇宮主催の行事に参加することを、妨害しているらしい。エルネスタの口から、自分の本性やいじめのことを言いふらされることを、危惧していたのだろうと思う。
「しかしエルネスタが自分のことを悪く言ったとアリアドナが知ったら、私達にしたように、二人の皇子に彼女がが嘘つきだと吹き込むんじゃないか?」
「そうなるかもしれません。・・・・でもそれはそれで、成功だと言えます」
「なぜだい?」
「アリアドナが、エルネスタの悪口を皇子達に吹きこんだとボリスが知れば、ボリスはアリアドナのことを許さないでしょう。二人の亀裂が、決定的なものになるはずです」
くるくると日傘を回して、足元の木漏れ日を揺らしながら、私は考えを巡らせる。
「〝聖女計画〟はアリアドナとボリス、二人の柱があってようやく成り立つものです。どちらかが協力しなくなったら、計画は崩れます」
私達がばらまいた不和の種が、やがてヴュートリッヒを分断する大きな亀裂になってくれればいい。最終的には、それが狙いだった。
それに市民に扮したヴォルケのメンバーの抗議活動も、ヴュートリッヒの事業の悪事を暴くことに貢献しているようだ。
ボリスがさっそく、アラーニャに、抗議活動を潰すようにと指示を出してきたので、ヴォルケの団員同士の追いかけっこがはじまっている。
クリストフの話では、ボリスは抗議活動のほうを気にしていて、最近は皇宮に出てきていないらしい。すべてが、狙い通りに運んだ。
「・・・・さすがだな。次から次へ、よく思いつくものだ」
クリストフは顎を撫でながら、感心したようにそう言った。
「まったく、知れば知るほど、君は末恐ろしい人だよ。味方でよかったと、あらためて思い知ったね」
それを聞いて、思わず笑ってしまった。
「次々と悪事を思いつくなんて、なんてずる賢いんだと思いました?」
「ずる賢いんじゃなくて、賢いんだ。自分を悪く言うものではないよ」
「ずる賢いという評価で、構いません。私は本来、悪役側の人間なんですから。なので身の程をわきまえて、アリアドナのように無理に聖人側に立とうとせず、悪役のまま生きていこうと決めたんです」
私の目的は、この世界で穏やかに生きること。アリアドナのように、主人公の座なんて望んでいなかったし、実際に主人公であるシュリアに出会って、自分が主人公になれるようなそんな器じゃないことも思い知った。私には彼女のような正義感も、自己犠牲をするほどの善意もないのだから。
ーーーーだったら分不相応に正義の側に立つことなど望まずに、原作通り、悪役として生きようと思った。原作のアルテのように裏で暗躍しつつ、シュリアが表舞台に立てる場を整えればいい。
最終的に穏やかに、心安らかに生きられる日々さえ得られれば、私はそれでいいのだから。
「だったら、悪役が板についてきたというべきかな? 覚醒して、たった数年で悪役として開花するなんて、やっぱり君は大物だよ」
「何を言ってるんですか?」
私も余裕の冷笑を返す。
「ーーーー私は本来なら、原作小説の最後を飾る、悪役のボスになるはずだったんですよ。このていどの悪事なんて、朝飯前じゃなければ、ラスボスなんて務まりません。悪役界では、私はまだまだ三流ですよ」
「でも、一流になることを目指しているんだろう?」
「なれるものなら、なりたいですね」
「君が悪役界のボスになったら、主人公の父親とはいえ、しょせん脇役でしかない私は、君の手下になることになりそうだな。どうかブラック企業にせず、部下にも優しいホワイト企業を目指してくれ」
「悪役界に、ホワイトを求めちゃいけませんよ。ありえないとは思いますが、もしあなたが私の部下になったなら、思う存分こき使わせてもらいます」
「ぐええ・・・・」
クリストフの反応が面白くて、思わず笑ってしまった。
0
あなたにおすすめの小説
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜+おまけSS
himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。
えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。
ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ!
アルファポリス恋愛ランキング入りしました!
読んでくれた皆様ありがとうございます。
*他サイトでも公開中
なろう日間総合ランキング2位に入りました!
結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。
佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。
結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。
アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。
アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。
断罪前に“悪役"令嬢は、姿を消した。
パリパリかぷちーの
恋愛
高貴な公爵令嬢ティアラ。
将来の王妃候補とされてきたが、ある日、学園で「悪役令嬢」と呼ばれるようになり、理不尽な噂に追いつめられる。
平民出身のヒロインに嫉妬して、陥れようとしている。
根も葉もない悪評が広まる中、ティアラは学園から姿を消してしまう。
その突然の失踪に、大騒ぎ。
【完結】婚約発表前日、貧乏国王女の私はお飾りの妃を求められていたと知りまして
Rohdea
恋愛
────とうとうこの時が来たのね
決められた運命を受け入れて生きていくつもりだったのに────
貧乏国の王女のウェンディ。
貧乏だろうと王女として生まれたからには、国のために生きるのが当たり前。
そう思って生きて来た。
そんなある日、婚約が決まったことを父親から告げられる。
その相手は女癖が悪いという噂の他国の王子。
複雑な思いを抱くもこれは国のためにも受け入れるべき結婚。断るなんて選択肢はない。
そう腹を括ったウェンディに対して、なぜか様子がおかしくなったのは、
護衛騎士のエリオット。
そんな彼の様子を不思議に思いながらも、婚約者となった王子、ヨナスとの対面を果たすウェンディ。
愛はなくてもせめてお互いを尊重しやっていけたなら……
そう考えていたウェンディに対してヨナスは、
はっきりと“お飾りの妃”を求めているのだと口にした。
それを聞いたウェンディは────……
⋆˳˙ ୨୧…………………………………………………………………………………………………………………୨୧˙˳⋆
関連作
『結婚式当日、婚約者と姉に裏切られて惨めに捨てられた花嫁ですが』
『誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら』
『記念日当日、婚約者に可愛くて病弱な義妹の方が大切だと告げられましたので』
※こちらのシリーズ作品のスピンオフとなります。
リクエストのありました、
全ての作品に出ていて記念日~ではヒーローにまで昇進した、
陽気な公爵令息エドゥアルトの両親の話。
時系列的に『誕生日当日~』より前の話。
なのでベビーは出ませんが、若かりし頃のガーネットは登場します。
(追記 その後を書いたのでベビーたちも登場しました)
[完結]私を巻き込まないで下さい
シマ
恋愛
私、イリーナ15歳。賊に襲われているのを助けられた8歳の時から、師匠と一緒に暮らしている。
魔力持ちと分かって魔法を教えて貰ったけど、何故か全然発動しなかった。
でも、魔物を倒した時に採れる魔石。石の魔力が無くなると使えなくなるけど、その魔石に魔力を注いで甦らせる事が出来た。
その力を生かして、師匠と装具や魔道具の修理の仕事をしながら、のんびり暮らしていた。
ある日、師匠を訪ねて来た、お客さんから生活が変わっていく。
え?今、話題の勇者様が兄弟子?師匠が王族?ナニそれ私、知らないよ。
平凡で普通の生活がしたいの。
私を巻き込まないで下さい!
恋愛要素は、中盤以降から出てきます
9月28日 本編完結
10月4日 番外編完結
長い間、お付き合い頂きありがとうございました。
元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜
日々埋没。
ファンタジー
「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」
かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。
その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。
レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。
地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。
「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」
新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。
一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。
やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。
レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。
虐げられていた次期公爵の四歳児の契約母になります!~幼子を幸せにしたいのに、未来の旦那様である王太子が私を溺愛してきます~
八重
恋愛
伯爵令嬢フローラは、公爵令息ディーターの婚約者。
しかし、そんな日々の裏で心を痛めていることが一つあった。
それはディーターの異母弟、四歳のルイトが兄に虐げられていること。
幼い彼を救いたいと思った彼女は、「ある計画」の準備を進めることにする。
それは、ルイトを救い出すための唯一の方法──。
そんな時、フローラはディーターから突然婚約破棄される。
婚約破棄宣言を受けた彼女は「今しかない」と計画を実行した。
彼女の計画、それは自らが代理母となること。
だが、この代理母には国との間で結ばれた「ある契約」が存在して……。
こうして始まったフローラの代理母としての生活。
しかし、ルイトの無邪気な笑顔と可愛さが、フローラの苦労を温かい喜びに変えていく。
さらに、見目麗しいながら策士として有名な第一王子ヴィルが、フローラに興味を持ち始めて……。
ほのぼの心温まる、子育て溺愛ストーリーです。
※ヒロインが序盤くじけがちな部分ありますが、それをバネに強くなります
※「小説家になろう」が先行公開です(第二章開始しました)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる