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しおりを挟む私とクリストフが、ヴュートリッヒ一家に不和の種を撒いている間、世間は貴族社会で流行する病の話題で持ちきりになっていた。
貴族も平民も関係なく流行る感染症なら、皇都の人々も何度も経験してきたことだから、騒がなかったはずだ。だけど今回の病は貴族だけ、しかも一部の貴族と関係者だけという、ひどく限定的な流行り方をしていた。
その奇妙な点が、人々の関心を引きつけるようだった。
「一部の貴族だけに病が流行るなんて・・・・原因は何なんでしょうね?」
「さあ、原因はまだわかっていないそうよ」
「まあ、じゃあ治療法もわからないまま?」
「そうなの。今のところ死者はいないそうだけれど、今後はわからないわね」
「どうせ外国から取り寄せた、高価な食べ物でも食べたのが原因でしょう」
貴族は全員、贅沢三昧の日々を送っているという思い込みから、不摂生のせいだと考える人も多かった。
「人々のために尽くしている聖女を罵ったから、天罰を受けたそうね」
ーーーーそんな噂をする人もいた。
「・・・・ヴュートリッヒの息がかかった神官達が、動いているようですね」
「そのようだね」
その日私とクリストフは、馬車を降りて、市街地を並んで歩いていた。
モルゲンレーテでは、貴族と平民が住む場所はきっちり分けられているため、市勢(しせい)の雰囲気を確かめるためには、露店や物売りが並ぶこの一角を視察するのが一番だった。
ーーーーそして民衆の関心が、貴族の間で流行っている、原因不明の病にあることがわかった。
「ヴュートリッヒと繋がっている神官達が、ビュットナー伯爵達が倒れたのは、聖女を悪く言ったからだと各所で吹聴しているようだ。この工作活動のせいで、市民の間では、伯爵達は天罰を受けたという説が浸透しつつある」
「さっそくアリアドナが、病で苦しんでいるバルツァー男爵の邸宅を訪問して、治癒魔法で彼を救ったそうですよ。そして、感謝されたそうです」
「バルツァー男爵は今まで、アリアドナに批判的な立場を貫いていたのに、今回の件でアリアドナの陣営に引き込まれることになったな。今後は、広告塔に使われるぞ」
「ビュットナー伯爵のほうは、アリアドナの訪問を断っているそうですね」
「アリアドナの治癒力で癒してもらえば、ビュットナー伯爵の病気は治るだろう。だが、一度力を借りてしまったら、伯爵は今後二度と、彼女に頭が上がらなくなる。だから彼女の力を借りたくないんだろう」
裏を返せば、ビュットナー伯爵にとっては、病の苦しさよりも、アリアドナに頭を下げる苦しさのほうが、こたえるということなのだろうと思う。
「・・・・しかしいつまで持ちこたえられるかな。死を予感し、恐怖に耐えられなくなったら、なりふり構わなくなる可能性がある」
「・・・・あくどいけど、うまいやり方ですよね。自分に批判的だった貴族を意図的に病気にして、救世主になれば、貴族に恩を売れるだけじゃなく、自分に批判を向けた人々にたいする脅しにもなるんですから」
「この国はまだ未発達で、超常現象や病気の原因が解明されることはほとんどないからね。我々の世界でも、科学が発達するまではそうだったように、不確かなことや迷信が、真実のように語られてしまう。しかも神にたいする信仰心は、現代人の比じゃないから、高位神官のような権威を持つ人間が、〝神のご意志〟という言葉を使えば、民衆はあっさりと信じてしまうだろう」
「だからヴュートリッヒの息がかかった神官の、〝天罰〟という言葉も、受け入れられてしまってるんですね」
前世では、干ばつや疫病が、魔女や差別されていた人達のせいにされて、魔女狩りや虐殺という最悪の結果を招いたことがあると記憶している。
アリアドナが自覚しているかわからないけれど、民衆をけしかけるという彼女の火種を撒くような行為は、いずれ制御できない大火になりかねない、とても大きな危険を孕んだものなのだ。
「・・・・しかし、仕組んだからと言って、狙ったように自分に批判的な貴族ばかりを病にできるだろうか?」
「毒物が使われた形跡は?」
「伯爵が倒れた時に、徹底的に調査されたさ。でも、食事からは毒物は出てこなかった。もし仮に、食事に毒物が混入していたなら、一緒に食事をした家族が倒れていないのはおかしい」
「ビュットナー伯爵やバルツァー男爵のご家族には、何の症状も表れていないんですか?」
「伯爵も男爵も、朝夕の食事を妻や、幼い子供達とともに食べていたそうだが、両家の家族には一切、症状が表れていない」
「・・・・・・・・」
食べ物に混入するタイプの毒物だったら、話は単純だった。でも、今回の件は違うようだ。
毒物なら、食事をともにした人達全員に症状が表れているはずだし、毒物にくわしい人がとっくに、原因を特定しているはずだった。
「シュリアに頼むのはどうでしょうか? シュリアの治癒能力なら、ビュットナー伯爵を治せるはずです」
治癒能力にも優劣があり、神官ですら高い治癒能力を発揮できる人は少数だと言われている。シュリアは間違いなく高い治癒能力を持っているはずだから、アリアドナ以上の結果を出せるはずだ。
「私も、シュリアに頼もうと考えていたんだ。だが私は、ビュットナー伯爵とはそれほど親しいわけじゃない。だから近々お見舞いも兼ねて、シュリアを連れてくる許可をもらおうと思っている。よかったら、君も一緒に来るかい?」
「ええ、行きます」
私達はその日は馬車に乗り、帰路についた。
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