二人の転生悪女 ー偽聖女のヒロイン成り代わり作戦を防げー

炭田おと

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 ビュットナー伯爵のタウンハウスは、貴族の邸宅が並ぶ一角にあった。


 ヴュートリッヒやバウムガルトナーのタウンハウスのように広くはないけれど、整然と整えられた庭の奥に見える白い建物には、気品が感じられた。


「いらっしゃいませ、閣下」


 玄関で私達を出迎えてくれたビュットナー伯爵夫人は、少しやつれているように見えた。


「主人は侍医じいに処方された薬の影響で、眠ってしまったんです。せっかくお二人がお見舞いに来てくださったのに、本当に申し訳ありません」

「いえいえ、お気になさらず。そもそもこちらが勝手に押しかけてきたのに、病人に出迎えろなんて、口が裂けても言えませんよ。臥せっている相手にたいして、そんなことを言える人間がいたとしたら、血も涙もない冷血漢ですね」


 クリストフが明るく返したからか、夫人は安堵している様子だった。


「ただ無事を確認したいので、一目だけ、ビュットナー伯爵の顔を見せてもらえないでしょうか?」

「では、こちらへどうぞ」


 夫人は、ビュットナー伯爵の寝室に案内してくれた。



 カーテンを閉じた暗い寝室の、天蓋付きのベッドの中で、ビュットナー伯爵はマットレスに沈み込むように、深く眠っていた。



 蝋人形のように顔色が悪く、ほとんど身じろぎしないので、生きているのか不安になってしまう。だけどよく見ると、呼吸の振動で、胸がほんのわずかに上下していた。



「客人が来る前に少しだけ仮眠をとると言うので、カーテンを閉めたら、深く眠ってしまったんです。・・・・起こしましょうか?」

「お気づかいなく。病人なのですから、眠らせておきましょう」


 私達は小声でやり取りして、すぐに寝室を後にした。


「これをどうぞ」


 応接間に移動して、クリストフが見舞いの品をわたすと、夫人は困ったように眉尻を下げた。


「こんなものまでいただいて、恐縮です」

「いえ、たいしたものじゃないので、お気になさらず」

「でもせっかく来ていただいたのに、本当に申し訳なくて・・・・」

「それでは、少しお話を聞かせてもらっていいですか?」

「もちろんです」


 夫人はうなずいてから、長話に備えて姿勢を正した。


「それでは、ご主人の症状を聞いてもいいでしょうか?」

「ええ、皮膚の炎症からはじまり、喉の痛みに腹痛、下痢や嘔吐をするまでに至りました。最初は、軽度なものだったんです。主人もいずれ治るだろうと軽く考えていたのに、悪化するばかりで、治る見込みがありません・・・・」

「神殿に治療を依頼したそうですが、効果は?」

「神官が治癒魔法で治療してくれましたが、効果は一時的でした。治癒魔法が通じない病だった場合、これ以上効果はないと言われてしまいました」

「・・・・・・・・」


 悲壮感漂う夫人の様子に、私はかける言葉が見つからなかった。ビュットナー伯爵が回復しないとなると、一家の大黒柱を失うことになるので、夫人の心労は私達が想像したよりもずっと大きいのだろうと思う。


「夫人や、お子さん達は大丈夫ですか?」

「私達は健康です」


 ビュットナー伯爵夫人は即答した。色々な人に繰り返し、同じ質問をされてきて、答えを用意する癖がついてしまったのかもしれない。


「そうですか。それはよかった」

「なぜ主人だけ病に倒れたのか・・・・侍医にもわからないそうです」

「・・・・・・・・」


 同じ邸宅に住んでいて、なおかつ同じ食事を口にしたのに、その中の一人だけ倒れてしまった。その奇妙な点が、ヴュートリッヒと繋がった神官達の〝天罰〟なんて言葉に、真実味を持たせてしまっているのだろう。


「ご主人が倒れる前に、遠出をしましたか?」

「いいえ、職場に行く以外は、ずっと執務室で仕事をしていました。時々仕立て屋や画商が訪ねてきましたが、それだけです。遠出したり、そこで食事したということは、一切ありません」

「そうですか・・・・」


 その話を聞いて、遠方から風土病を持ってきたという説も消えた。


「主人は、趣味の芸術品収集にお金を使う以外は、贅沢を好みませんでしたから、暴飲暴食をしたことはありません。むしろ摂生に努めるほうだったと思います」


 民衆の、貴族は贅沢をしているという印象とは裏腹に、ビュットナー伯爵は芸術品の収集以外は、質素な生活を送っていたようだ。


「主人が倒れた直後は、毒を盛られた可能性も考えて、侍医がみずから、毒見のために主人が口にしたものを食べてみてくれたんです。しかしながら侍医には、症状は現れませんでした」


 やはり、食事に毒を盛られたということはないようだ。侍医がみずから食事を食べて確かめてくれたのだから、間違いないだろう。


「侍医があらゆる薬を試してくれましたが、今のところ症状は改善していません。・・・・もう、どうしたらいいのか・・・・」


 私達に説明することで、絶望的な状況を再確認することになってしまったらしい。夫人の顔や声はどんどん暗く翳り、目の焦点も合わなくなってきた。


「あ、あれ? この絵画、前と変わってますね!」

 夫人を落ち込ませてしまったことで、クリストフは焦ったらしい。慌てて雑な話題誘導で夫人の意識を、病気の話題からそらそうとしていた。


 夫人の視線は、壁に飾られた絵画へ向かう。


「ああ、その絵のことですか?」


 応接間には、風景画が飾られていた。森の中に差し込む光を、幻想的に描いた絵画で、まるでエメラルドを溶かして流しこんだような、美しい緑色の発色が印象的な絵だった。


「もともとは、執務室に飾られていた絵なんですが、最近、主人が新しい絵を購入したので、古い絵をこちらに持ってきたんです。主人は絵画の愛好家で、特に緑色が好きでして、この絵画の緑色の美しさを一目で気に入ったんだとか。それで、即購入を決めたそうです」


 話題が絵画のことに変わったことで、夫人の声が少しだけ明るくなった。


「緑が好きなんですか?」

「ええ、執務室の壁紙も緑、最近仕立てたコートも暗い緑色なんですよ。・・・・病気のせいで皮膚が荒れて、着られなくなりましたが・・・・」


 明るくなった空気も、話題がまた、病気のことに戻ったことでよどんでしまった。今の夫人は、夫の病気のことで頭がいっぱいで、他のことは何も考えられなくなっているのだろう。


「すみません、暗くなってしまって・・・・ああ、そういえば、お茶もお菓子も出していませんでしたね」


 夫人はテーブルの上に何も置かれていないことに、今気づいたようだ。


「人を呼んで、なにか持ってこさせます」

「我々も長居するつもりはないので、お気づかいは不要です」

「いえ、お見舞いに来てくださった客人を手ぶらで返すなんて、私が主人に叱られてしまいます。少しの間、ここでお待ちください」


 そう言って夫人は、応接間から出て行った。


「・・・・事態は予想以上に、深刻なようですね」


「・・・・そのようだな」


 クリストフは溜息をつく。



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