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しおりを挟む「あ、シュリアを連れてきていいか、許可を取るのを忘れていた・・・・」
「夫人が戻ってきたら、聞いてみましょう」
「そうだな。ーーーーしかし治癒魔法が効かない類の病気なら、シュリアの力でも、どうにもならないだろう」
夫人が教えてくれた、神官の治癒魔法の治療が一時的な効果しかなかった、という点が、クリストフは引っかかっているようだった。
「一時的とはいえ、治癒魔法で改善に向かったのなら、まったく効果がないとは言い切れないと思います」
「しかしそのあと、また悪化したとなると・・・・」
私達は難しい顔を突き合せて、意見を出し合ったものの、解決策は見つからなかった。
「バルツァー男爵のところにも、話を聞きに行ってみるか?」
「・・・・いえ、毒物ならともかく、病気の場合、知識を持たない私達が特定するのは難しいと思います」
「・・・・そうだな」
そもそも私は前世で医療従事者だったわけでもないのだから、病気の原因なんて特定できるはずがない。
途方に暮れて、私はもう一度壁の絵画に目を向ける。その美しい緑色を眺めながら、今まで見聞きしてきた情報をもう一度思い出すことにした。
(・・・・そういえば、バルツァー男爵も絵画の展覧会に行った直後に、倒れたんじゃなかったっけ?)
この事件の噂話をしていた令嬢達が、そんな話をしていた気がする。
「バルツァー男爵も、絵画の展覧会に行った翌日に倒れたそうですが、絵画が好きなんでしょうか?」
「芸術品の愛好家だと聞いている。バルツァー男爵もビュットナー伯爵と同じで、毎回着ている服がやたらカラフルだからな」
「伯爵のように、緑が好きなんですか?」
「いや、男爵は紫が好きなんだ。彼の私室の壁紙も、紫色らしいぞ。・・・・紫色の壁紙なんて、考えただけで私は眩暈を覚えるんだが・・・・」
「好みは人それぞれですよ。だけど、紫に緑か・・・・」
何かが引っかかる。その色に関する何かを、以前、耳にした気がした。
「アリアドナ達が仕掛けたのは間違いないのに、ここまで毒物の可能性が低いとはな。食事以外に、毒を盛る方法はないはずだし・・・・」
クリストフの呟きを聞いて、ようやく思い出すことができた。
「思い出しました!」
そう叫びながら立ち上がると、クリストフの肩が跳ねる。
「な、何をだ?」
「食事以外にも、毒を盛る方法はあるんですよ」
私はそう言いながら、絵画に近づく。
エメラルドを溶かして流しこんだような、美しい緑の色彩。ーーーー前世の世界では、この美しい緑の色彩が、大勢の人を死に至らしめた事件が起こっていた。
「シェーレグリーンと呼ばれていた緑色の顔料のことを知ってますか?」
「シェーレグリーン?」
聞き覚えがなかったのか、クリストフは首を傾げた。
「美しいエメラルドグリーンの顔料で、十九世紀ごろに絵画や壁紙に多く使われていたそうです。しかし実はこの顔料には、大量のヒ素が含まれていて、毒性があったんですよ。劇薬なので粉末を吸い込むと、腹痛や喉の痛み、下痢や嘔吐などの症状が表れたそうです。しかし発色がよかったので、毒性があるなどと知らない人達の間で人気が出て、全盛期には、ドレスや手袋に使われることすらあったそうです」
「まさかーーーー」
クリストフも、その可能性に気づいたようだった。
「ビュットナー伯爵とバルツァー男爵は、ともに絵画の愛好家です。そして二人とも、緑や紫の壁紙を好み、カラフルな服を着ていました。ーーーーもしこの絵画や服、壁紙などのすべてに、毒性の顔料が含まれていたとしたら?」
「なるほど・・・・経口摂取なら、皮膚に炎症ができたのは不自然だなと思っていたが、服の塗料のせいかもしれないわけか」
クリストフのその時の表情は、目から鱗が落ちたという言葉がぴったりと当てはまるものだった。
「でも・・・・そう考えると、一つだけ合点がいかない部分があります」
「なんだい?」
「日常的に毒物を摂取しているような状態だから、ビュットナー伯爵の病気が神官の治癒魔法でいったんよくなっても、また症状が悪化したことには説明がつきます。・・・・しかしバルツァー男爵が全快し、症状が表れなくなったのはなぜなのでしょう?」
「ああ、そのことか」
クリストフはにやりと笑った。
「実はバルツァー男爵がアリアドナの治癒魔法で回復したという話には、続きがあってね」
「続きですか?」
「バルツァー男爵はアリアドナや神官に、貴族といえども、派手な色を身にまとうのはよくない、今後は慎ましく生きるようにと諭され、壁紙を代えたり、紫色の服を処分しているんだ。また、収集していた絵画などの芸術品も、処分するようにと言われ、神殿に寄贈したそうだ」
アリアドナの名声を高めるためには、バルツァー男爵には全快してもらわなければならない。そのためにアリアドナ達は、バルツァー男爵に二度と症状が表れないよう、彼自身に身辺を整理させたようだった。
「うまいやり方ですね・・・・」
「本当にあのマッチポンプ女は、こういうことには頭が回る」
二人そろって、アリアドナの抜け目のなさに感心してしまった。
「さっそく、夫人に許可を取って、応接間の絵画を調べてみましょう」
勢いよく言うと、クリストフは力強くうなずいてくれた。
ーーーー調査の結果、ビュットナー伯爵邸の応接間の風景画に使われた塗料から、有害物質が検出された。
クリストフがこのことをビュットナー伯爵夫人に伝えると、夫人は壁紙やコートの調査も依頼してきた。その二つを調べてみたところ、壁紙やコートの塗料にも同じように、有害物質が含まれていることが判明した。
これらの調査結果を踏まえて、クリストフが今度は、バルツァー男爵のタウンハウスに乗りこんで、男爵に調査をするように勧めた。
そしてバルツァー男爵のタウンハウスに残っていた、紫色の塗料が使われた品物を調べてみた結果、ビュットナー伯爵の家から発見されたものとは別の有害物質が検出された。
毒性の塗料の噂が広まったことで、体調を崩していた貴族達も次々と、家の中にある壁紙や絵画を調べはじめた。やはりそれらの品に使われた塗料にも、同じ毒性の物質が含まれていた。
これらの高濃度の有害物質が皮膚に付着したり、あるいは貴族達が空気中に散布した毒素を吸い込むことで、健康が害されてしまったのだ。
話を聞くと、壁紙や絵画が設置されたのは、数年前だということだった。つまり貴族達の身体は時間をかけて少しずつ、蝕まれていたことになる。
壁紙や絵が飾られていたのが、執務室や私室だったことで、貴族達の家族は影響を受けずにすんだ。家族にまで害が及ばなかったことは、不幸中の幸いだった。
有害な塗料をすべて撤去してから、クリストフがシュリアを連れて貴族達の家をまわり、彼女が治癒魔法で病人を癒すと、貴族達は寝込んでいたのが嘘のように回復した。
ーーーー貴族達の健康状態が改善したことで、塗料が原因だったことが、あらためて証明された。
証拠を集めたクリストフは、被害者のビュットナー伯爵とバルツァー男爵と、彼らの派閥の貴族達を引きつれて皇宮に乗り込み、陛下に直訴した。
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