二人の転生悪女 ー偽聖女のヒロイン成り代わり作戦を防げー

炭田おと

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「・・・・というわけだ」


 調査を終えてから数日後、私は皇宮でクリストフに会い、経過を教えてもらった。


「解決できて、よかったです」

「ああ、本当によかった。・・・・しかし、塗料に毒物を仕込むとは、よく思いついたものだ。君に前世の知識があったから気づくことができただけで、普通は誰も、絵画を飾るだけで病気になるなんて思わないはずだ」


 私達の世界では解明されていた多くの謎の答えが、この世界ではまだ空白のままか、あるいは間違った答えを当てはめられていた。


 だから伝染病の拡大を防ぐために、衛生管理が大事だということも多くの人が知らないし、化粧品や塗料の中にも、毒性の物質がまじっている可能性があることにも気づいていない。


「しかし不思議だな。アリアドナが二人を殺したり、名声のために利用することを目的に、今回のことを仕組んだなら、あまりにも不確定要素が多すぎる。環境によっては、ビュットナー伯爵が倒れなかった可能性もあるぞ」


「ええ、倒れたとしても十数年後、あるいは数十年後になった可能性もあります」



 この件に関しては、二人を害そうとしたわりには不確定要素が多い。


 その壁紙の部屋で過ごす時間や、毒が仕込まれた服を着た時間、カビや湿度など、毒素が放出される環境が整っているか否かが、病気の進行に影響してくる。だから、二人が倒れる正確な時期は、アリアドナにも予測できなかったはずだ。



「でもきっと、二人が倒れるのがもっと先になっても、アリアドナは構わないと考えていたんじゃないでしょうか?」


「どういうことだい?」



「おそらくアリアドナが、聖女計画のために全土にばらまいた問題の種は、私達が把握しているよりもずっと多いんでしょう。中には芽吹かないまま終わったか、あるいは小規模の被害を出したていどで収束して、自然消滅したものもあるはずです。・・・・おそらくその中で、大きく芽吹いた問題にだけ、対応しているんだと思います」



 ーーーーきっと彼女は手当たり次第に、色んな場所に問題の種をばらまいて、発芽したものにだけ、対応しているのだろうと思う。その中にはクリストフが言ったとおり、アリアドナが出てくるような規模まで広がらなかったか、あるいは別の人間が収束させてしまった問題もあるはずだ。



「まったく、恐ろしい女だ・・・・」


 クリストフは溜息をこぼす。それから、気を取り直して笑った。


「だが、思わぬ収穫があった。ーーーー塗料の販売元が、ヴュートリッヒ家の商業組合だと突き止められたのは、幸いだったな」


 私とクリストフは今回の件で、ヴュートリッヒの尻尾をつかむことに成功していた。


 ーーーー有害物質が含まれた塗料を販売していたのは、ヴュートリッヒ家の商業組合だったのだ。


 絵を売りつけた画商のほうは、ヴュートリッヒ傘下の人間ではないものの、おそらくボリスやアリアドナと結託していたものと思われる。


 この事実を知ったビュットナー伯爵達は息巻いて、自身の派閥を使って、ヴュートリッヒの責任を問うべきだと強く主張している。


 ヴュートリッヒには好意的な陛下も、今回ばかりは、ヴュートリッヒを庇うわけにはいかないだろう。


「有害物質を含んだ塗料を販売するなんて、ヴュートリッヒも危険なことをしますね」

「気づかれないと思ったんだろうな。塗料の中に有害物質が含まれているなんて、この国の人々は想像もしたことがない。今回の件だって、君が気づかなければ、闇に葬られた可能性がある。シェーレグリーンだって、危険性に気づかれるまで、ずいぶん時間がかかったんだろう?」

「ええ。化粧品のおしろいに含まれていた鉛白えんぱくが、鉛中毒を引き起こすことも、近代になってようやく判明したことですからね。・・・・ヴュートリッヒはこの塗料を、一部にしか販売していません。それが、アリアドナに批判的だったビュットナー伯爵達だけに使われたというのは、偶然で片づけるには無理があります。陛下がこの点をきちんと問い詰めてくれるといいのですが・・・・」

「それは厳しいかもしれないな。ヴュートリッヒは、高価な塗料なので貴族相手にしか売れなかったと主張している。怪しすぎる言い訳だが、意図的だったと断言できるような証拠もない」

「・・・・・・・・」

「だが、故意だったと証明できなくても、危険なものを販売した罪には問えるはず。ヴュートリッヒも今回ばかりは、無傷ではいられないさ」


 皇宮のエントランスは高く造られているので、外苑の入り口まで見渡すことができる。



 ちょうどその時、皇宮の前に馬車が停まるのが見えた。



 遠めなので馬車から降りた人物の姿ははっきり見えなかったけれど、髪色や立ち姿、歩き方に見覚えがある気がした。



「・・・・おやおや、当人がご登場とは、噂をすれば影がさすとはこのことか」



 庭園の入り口から皇宮のエントランスまで、まっすぐ歩いてきたのはアリアドナだった。


 彼女はいつも赤や緑など、派手な色合いのドレスを着ていることが多いのに、今回は糾弾される側に立たされていることを考慮してか、ドレスから装飾品まで、ひかえめなものでそろえている。



「・・・・・・・・」


 アリアドナは私に気づくと、きつくねめつけてきた。


「久しぶりね、アリアドナ」

 アリアドナが沈黙していたので、こちらから声をかけてみる。


「・・・・あんたの仕業だったのね」

「ずいぶんな言い草ね。私達は、あなた達がばらまいた毒のせいで死者が出る前に、解決してあげたのに」


 アリアドナは返事をせず、私の隣に立つクリストフをちらりと見た。


「・・・・三人目の転生者は、そのノッポだったみたいね」

「いきなりノッポ呼ばわりとは、ひどいな。いくら私のことを嫌っているとはいえ、私は君より年上だぞ。聖女とまで呼ばれているのに、ヴュートリッヒの令嬢は口の利き方がなっていない」

「年を取ってるだけの格下に、礼を尽くす必要があるのかしら?」


 アリアドナは髪をかき上げながら、クリストフの言葉を笑い飛ばした。


「ヴュートリッヒに勢いがあるからと、調子に乗っていられるのもいつまでだろうな。・・・・ああ、そういえば最近、ベルント殿下が君に会いたがらないそうだが、仲たがいでもしたのかな?」


 クリストフがチクリと嫌味を返すと、アリアドナの顔がわかりやすいほど怒りで歪んだ。


 私がエルネスタを介して、アリアドナの本性をベルント殿下に伝えたおかげで、ベルント殿下はアリアドナから距離をとるようになったそうだ。


 残念ながら、フィリップ殿下のほうは洗脳の度合いが強く、アリアドナから引き離すことはできなかった。


「それにこの件で、ヴュートリッヒの当主から叱責されたそうじゃないか。・・・・もしかして今回の毒物の販売は、君が提案したことだったのか?」


 クリストフは勢いづいて、嫌味でアリアドナを苛立たせる。


「・・・・この件で私達を潰せると思ってるなら、お門違いよ」


 アリアドナは眼光をぎらつかせ、そう言い放つ。


「ーーーーこのていどのことで、私達が築き上げてきた権威や威光は、揺らぎはしないわ」


「でしょうね」


 その言葉を肯定するしかなかった。


 実際、今回の件でヴュートリッヒに多少の打撃を与えられたものの、それだけだった。ヴュートリッヒに、塗料に有害物質が入っていたことを知らなかったと主張されれば、それで議論は終わってしまうだろう。



 ーーーーだけど。



「これは、私達にとっては一歩にすぎないもの。今後を楽しみにしておいて」


「・・・・・・・・」


 アリアドナは毒矢のような睨みで、私達を突き刺したあと、身をひるがえして皇宮の中に入っていった。


「・・・・これからますます、ヴュートリッヒの妨害工作がひどくなりそうだな」


 アリアドナの後姿を見つめながら、クリストフはそう呟いた。


「でしょうね。でも、大丈夫ですよ」


 私はクリストフに笑いかける。



「ーーーー今の私達には、戦えるカードが何枚もありますから」







 それから数日後、結論が出た。



 陛下は有害物質を含んだ塗料を販売した罪で、ヴュートリッヒの資産の一部を没収した。


 罰はそれにとどまらなかった。ヴュートリッヒは今回の件で、ビュットナー伯爵達に多額の賠償金を支払わなければならなくなったし、煙草の販売権も取り上げられることになった。


 煙草も塩と同じで、皇室の専売制の対象だった。ヴュートリッヒに販売権を与えられていたのが、今回の件で罰として、没収されたのだ。



 代わりにバウムガルトナーが、今回の件の褒賞として、煙草の販売を任されることになった。



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