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しおりを挟むーーーーヨルグ殿下が軍人として、隣国ラディウスとの紛争を終結させるために、遠征軍とともに出征してから、二年の月日が流れた。
その間にシュリアは十八歳になり、私とクリストフの事業も好調で、ともに侯爵としての立場を固めつつあった。
その日、皇宮のエントランスは騒がしかった。神殿のような白い列柱が生み出す、縦縞模様の中に集った貴族達は、朝から落ち着かなかった。壁に並んだ聖人達の彫像が、その騒がしさに眉をひそめているように見える。
ーーーー遠征軍の先遣隊が、一週間前に戦勝の知らせを持ってきていた。
そして今日、遠征軍とともに、ヨルグ殿下も凱旋するらしい。凱旋式を開こうという話もあったけれど、帰還が予想以上に早かったため、準備をする時間がなかったらしい。
けれど皇宮に集った貴族達は、遠征軍を出迎え、労うために集まったわけではなかった。
ーーーーある報せの真偽を確かめるために、彼らは集まってきたのだ。
「ヨルグ殿下が〝聖なる七剣〟の力に目覚めたという話は、本当なんですか?」
エントランスに集った貴族達は落ち着かない様子で、そんなことをひそひそと話しあっていた。
ーーーー〝聖なる七剣〟の力。
モルゲンレーテの皇祖が使いこなしたといわれるその召喚術を、ヨルグ殿下が戦場で再現したばかりか、その力で敵軍を壊滅させたというのだ。
その一報が戦勝の報せとともにもたらされたのが一週間前、それからずっと皇宮は騒がしいままだった。
ホワイトレディの力と同じく、聖なる七剣の力も、皇祖の時代以降は誰にも使いこなせていない。一部の貴族は、皇祖の再来だと喜んでいたけれど、大半は半信半疑で、報せを懐疑的にとらえていた。
「・・・・クリストフはどう思いますか?」
エントランスの隅に立ち、そわそわしている貴族達を眺めながら、私は隣に立つクリストフに問いかけてみた。
「今の段階では、何とも言えないな」
「伝説でしかなかった話が実現するなんて、信じがたい情報ですが・・・・」
「何言ってるんだ」
私が思わず呟くと、クリストフはなぜか笑う。
「君だって、伝説でしかなかったホワイトレディの召喚を、今の時代に実現させてみせたじゃないか」
「あ、そうでしたね・・・・」
ホワイトレディの召喚に成功してから、私の中で、彼女が伝説の中の存在だったという記憶が薄れつつある。
一方、聖なる七剣は、私の中ではまだ伝説だった。
きっとここに集った貴族達も、伝説でしかなかった召喚術を、自分の目で目撃する日が来るなんて思ってなかったはずだ。
「陛下も気をもんでいる様子だ。もし真実なら、陛下が人生を賭して追い求めてきた、建国時の〝強い皇族〟の力を取り戻せたことになるからな」
貴族達が、陛下がずっと貧乏揺すりをしていると噂していた。常に人目を気にし、泰然とした態度を心がけているディートマル陛下が、人前で貧乏揺すりを見せるなんて、よっぽどのことだった。
「もしこの話が真実なら、次の皇太子はーーーー」
次の瞬間、ガシャンと、金属が固い何かにぶつかるような音がした。
その音に引きつけられ、エントランスにいた人々の視線が、いっせいに入り口のほうへ向かう。
列柱の間に、鎧姿の男達の姿が見えた。金属の音は、彼らの鉄靴が立てる音だった。
その姿を目にした瞬間、人々は声を奪われたように黙りこみ、エントランスは水を打ったような静けさに包まれる。
無理もない。ーーーーその男達の鎧は、血と泥に汚れていたのだから。
古代の神殿に似せて作られた、この厳かな場所には、まったく似つかわしくない装いだった。
そもそも皇宮の中で、衛士や近衛兵以外に、武装した兵士の姿を見ることなど、めったにない。異例の光景に、貴族達は声を奪われていた。
(遠征軍が、着替えもせずに拝謁をしに来たの?)
戦勝の報せを届けるために、急いでいるのだとしても、陛下に拝謁するのだから、普通は事前に身なりを整えるはずだ。
ガシャ、ガシャ、と武装した集団が鉄靴で進むたびに、モザイク模様の床に、泥の足跡が残っていく。まるであえて皇宮を汚すためにその姿でやってきたような、そんな印象すら残った。
ーーーー男達の先頭に立っているのは、ヨルグ殿下だ。彼はまっすぐ前だけを見据えていて、人々の驚愕や好機の視線などまったく意に介していない。
それどころかヨルグ殿下は歩きながら、留め具を外して、重たい鎧を脱ぎ捨てる。鎧を置き去りにしたまま、殿下はマントをひるがえし、部下を引き連れて、謁見の間に乗りこんでいった。
ヨルグ殿下の姿が見えなくなると、貴族達は我に返り、慌てて追いかけて行った。
謁見の間は本来なら、簡単に出入りできるような場所じゃない。
なのにその時は入り口を守る衛士達が、蝋人形のように動かず、ヨルグ殿下達を阻むことはなかった。ヨルグ殿下が戻ってきたら、そのまま通すように、陛下に言われていたのかもしれない。
それをいいことに、貴族達も数の勢いで、いっきに謁見の間に流れこんだ。
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