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しおりを挟むヨルグ殿下の動きが読めないので、私とクリストフはしばらくは静観するつもりだったけれど、そうしていられない事件が発生した。
ーーーーボリスが、暗殺を企んでいるかもしれないという疑惑が生じたからだ。
私達はこの件を、アラーニャに擬態したヴォルケを通じて、知ることになった。ーーーーボリスが、毒物を入手するように依頼してきたというのだ。
その一報を受けて、私とクリストフは急遽会うことにした。
アラーニャの拠点の付近に停めた馬車の中で、私とクリストフ、バルドゥールさんは難しい顔を突き合わせる。外から見られないように、カーテンを閉めているので、車内は薄暗い。
「ボリスから、毒物の入手を依頼されたそうですね」
「はい、おそらくヨルグ殿下の暗殺を企んでいるのでしょう」
バルドゥールさんは、私の質問にそう答えた。
「ヴュートリッヒに潜り込ませているスパイからも、ボリスがヨルグ殿下の命を狙っているという報告を受けた。だから、間違いない」
クリストフが、その情報を補足する。
「よりによって、暗殺対象はヨルグ殿下なんですか?」
「そうだ。・・・・実に短絡的だな」
クリストフは腕を組み、とんとんと指先を鳴らす。その仕草に、苛立ちが表れていた。
「ヨルグ殿下がヴュートリッヒの派閥を嫌っているという話は聞きましたが、まだ殿下の結婚相手が決まったわけじゃありません。なのになぜ、こんな手段に出てきたんでしょう?」
皇后候補者がシュリアに決まり、バウムガルトナー派に負けることが決定的になったのなら、暗殺という手段に出るのも、まだ理解できる。
そんな話は一切出ていないのに、ボリスがここまでの強硬手段に出てきた理由がわからなかった。
「取り入ろうとしても手応えがないから、ヨルグ殿下が即位したら、自分達が排除されるかもしれないと、危惧しているのかもしれないな」
ーーーー俺は、穏健派を気取っているクソ親父が野放しにしてきた腐った連中を、徹底的に叩き潰したいだけだ。
ヨルグ殿下の言葉が、耳によみがえる。
野放しにされてきた腐った連中の中に、ヴュートリッヒが入っていたということだろうか。まだヨルグ殿下の真意は測りかねているけれど、彼の性格を考えると、彼はその宣言を実現させるだろう。
「だからって、暗殺なんて手荒すぎます」
「何を今さら。ボリスは無実の親戚を処刑台に送って、彼らの財産を奪うような極悪人だぞ。・・・・とはいえ、突然こんな強硬手段に出てきたのは、確かに奇妙だ。ーーーーもしかしたら、フックス家の当主ギュンター・フォン・フックスにけしかけられたのかもな」
ーーーー南部の大貴族の当主、ギュンター・フォン・フックス。ダミアン殿下とベルント殿下の母上の兄で、南部の酒蔵を牛耳る大物だ。
もともと南部は酒造が活発で、皇都で取り扱われている酒類の大半も、南部産の品だ。フックス家は、南部がまだ未開の土地だったころから、酒の製造に取り組んでいたというから、ある意味では南部開拓の立役者とも言える。
でも一方で、今のフックスの当主を知る者達は口をそろえて、彼のことを〝南部の癌〟だと言う。
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でも一方で、時代が進むにつれて、皇都を中心に少しずつ、労働者達の状況が改善され、人間らしく働ける環境が整いつつある。
だがなぜか、南部の労働条件だけが改善されないまま、放置されていた。労働条件を向上させると、搾取できなくなり、収益が悪くなると考えたフックス家が、抗議の声や暴動すらも、徹底的に潰してきたからだった。
特に今の当主ギュンターは、フックス家の悪い部分を煮詰めたような男と評されるほど、凶暴な人物だった。その分野の立役者が、成功者であるがゆえに大きな権力を持った結果、暴君のようになることはよくあること。
けれどよくあることで流すことはできないほど、フックス家の横暴なふるまいは目に余った。
「ギュンターは、ボリス以上に凶暴だ。今回の件の主導権はむしろ、フックスのほうが握っているのかもしれない」
「偽聖女のヴュートリッヒに、南部の癌と呼ばれたフックスですか・・・・最悪の組み合わせです」
「だが、フックスが出てくるのは予想できたことだ。ダミアン殿下とベルント殿下の、お母上の実家だからな。ダミアン殿下が亡くなる前は、殿下が即位すれば、フックス家が政権を握ると言われていたし、ギュンターもそう目論んでいたはず。殿下の病没後も、ギュンターは諦めず、ベルント殿下にその野望を託していた。ボリスとギュンターは、ベルント殿下を皇太子に担ぎ上げたいという利害が一致しているんだから、手を組むのも自然な流れだ」
「・・・・今回のこと、アリアドナも同意しているんでしょうか?」
「いや、今回の件には、アリアドナは噛んでいないようだ。彼女はまだ自分の魅力で、ヨルグ殿下をどうにかできると考えているようだな」
「そうでしょうね。アリアドナなら、そう考えるはずです」
自信過剰なアリアドナが、簡単に〝攻略相手〟を諦めるはずがない。それにアリアドナが主人公になりたがったのは、ヒーローと恋がしたいという目的もあったはずだ。
「君は意外だといったが、もともとボリスは短気で短絡的な人間だぞ。アリアドナのおかげで成功して、まわりから持ち上げられるようになってからは、短気な面はなりを潜めたが、貧乏貴族だったころはひどいものだった」
「素行が悪かったんですか?」
「そんなレベルじゃない、あいつは若いころから、気に入らない相手を暴力で潰してきたような人間だぞ! 商売や権力に関する嗅覚だけは認めるが、一方で短絡的だったから、アリアドナが現れるまで、成功できなかったんだ。ボリスは権力を握った後も恨みは忘れず、仲が悪かった貴族を徹底的に潰してまわった。アリアドナも聖女と認められた後は同じように、不仲の令嬢を潰してまわったというから、血は繋がっていないのに、悪い面はそっくりなんだ。凶悪って言葉は、連中のためにあるようなものだ」
「はは、凶悪という言葉なら、ヨルグ殿下にも当てはまりそうです。殿下は戦場で剣や槍が折れても、素手で敵を殴り倒し、敵兵を震え上がらせたそうですから。今のモルゲンレーテの政界は、凶悪な人間達に牛耳られているということになりますね」
「・・・・・・・・」
バルドゥールさんの、冗談なのかそうじゃないのかよくわからない不穏な発言に、私とクリストフは一瞬真顔になってしまった。
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