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しおりを挟む「そ、それでボリスは、具体的にどんなことを要求してきたんだ?」
仕切り直しに咳払いしてから、クリストフはバルドゥールさんに聞いた。
「心臓発作などの、自然死に見える毒物を希望していました」
「なぜ数ある暗殺の手段の中から、毒殺を選んだのか」
「ヨルグ殿下は、今この国で最強の人物と言っても過言じゃありませんから、襲撃しても殺せないでしょう。消去法で、毒殺を選んだんだと思います」
「そうだとしても、ヨルグ殿下は健康そのものなのに、心臓発作なんて誰が信じる? 金づちで頭を殴られたって、平然としていそうだろ?」
「金づちで・・・・」
でも確かに、どんな鈍器で殴られたとしても、ヨルグ殿下が倒れるところは想像できない。頭から血を流しながらも、平然と立っていそうだった。
「召喚術には、とにかく膨大な魔力量が必要です。そのため召喚者が、術を発動中に突然死することも、珍しくはないと聞きました。若い人でも突然死することはあるし、医療が発達していないこの世界では、原因が解明されることもめったにありません。それに多少不審な点があったとしても、毒物を盛られたという確かな証拠を示せないかぎり、暗殺を証明できないでしょう」
「なるほど・・・・」
私がそう説明すると、クリストフは一応納得できたようだった。
「確かに毒物が使われたとしても、暗殺の立証は難しいだろうな。科学捜査なんて、存在しない世界だ。毒物の特定すら困難だろう」
「かがくそうさ?」
「ま、まあ、ともかく、今後どうするか決めないといけませんね」
バルドゥールさんが首を傾げていたので、私達は慌てて話をそらす。
「依頼内容は毒物の入手だけですが、いかがしましょうか? 毒物の入手自体は、難しくありませんが」
「断ってくれ。皇太子の暗殺に関わるなんて、危険すぎる」
「しかしそうすると、ボリスは別ルートから毒物を入手するでしょう。我々の手を離れれば、向こうの動きを読みにくくなります」
「うむ・・・・」
「陛下に直接、暗殺の危険があることを伝えるのはどうでしょうか?」
「いや、それは難しい」
バルドゥールさんがそう提案したけれど、クリストフは難色を示した。
「暗殺の話が真実だと陛下に信じてもらうには、こちらも情報源を明かさなければならなくなるだろう。だが、私達も違法なことをしているから、アラーニャのことは明かせないし、ボリスを告発するとなると、ヴュートリッヒ派との全面対決を覚悟しなければならない。・・・・今のバウムガルトナー派の力では、勝てないばかりか、こちらが返り討ちになる可能性が高い」
私達も後ろ暗いことに手を染めているので、すべてをつまびらかにすることができないというのが現状だ。なによりも今の私達では、ヴュートリッヒを相手に勝算がなかった。
「匿名で知らせるという方法は・・・・」
「匿名の情報など、誰も信じないだろう。特に、あのヨルグ殿下が相手ではな」
「ーーーーだったら、ボリスに暗殺を実行させるのはどうでしょうか?」
私がそう言うと、二人は目を見開いた。
「・・・・本気で言ってるのか?」
「本気です。ボリスが毒殺を考えているということは、すでにヨルグ殿下の食事に関わる官人を、買収しているのでしょう。殿下のそばに敵がいる状況では、守りようがありません」
「では、どうする?」
「寸前で、あなたが防げばいいんですよ」
私はクリストフを見て、にっこりと微笑んだ。
「陛下と殿下は暗殺者の存在に気づけますし、あなたは殿下の暗殺を防いだという手柄を立てられます。それに陛下とヨルグ殿下本人が、暗殺の脅威が近くにあるということを認識していれば、次があったとしても、本人達の力で乗り越えるでしょう。なによりもまずは、ヨルグ殿下のそばにいる、裏切り者の官人を見つけ出さなければなりません」
一気にまくしたてると、二人はそろって目をしばたたかせた。
「ど、どうやって、暗殺に関わる官人を特定する?」
「・・・・そうですね」
私は馬車の窓に、目を向ける。カーテンの隙間から忍びこんでくる、夜の青い光を眺めながら、考えをまとめる。
「皇宮の結界のほころびを見つけているので、中にホワイトレディの蝶を飛ばせます。だからボリスが皇宮の中にいる間は、私が見張りましょう。ボリスがどの官人に接触するかで、裏切り者の正体がわかるはずです」
「・・・・・・・・」
「私の意見は、以上です。ーーーーどうでしょう?」
私があらためて聞くと、二人は顔を見合わせて、なぜか両手を上げた。
「・・・・君の勝ちだ」
「・・・・降参です」
「私の案を採用していただけるということですね。ありがとうございます」
「本当に君は、末恐ろしいな・・・・」
私が笑いかけても、二人は苦笑いしか返してくれなかった。
その夜、皇宮の広間で、夜会に浮かれていた人々に、衝撃が走った。
「毒が入っています! 飲んではいけません!」
クリストフの声が響きわたった瞬間、人々の声も、楽団の音楽も、一瞬で消え失せた。
「飲み物に毒物ですって?」
「嘘でしょ? 私もさっきワインを飲んじゃったのに、大丈夫かしら・・・・」
夜会の、開放的できらびやかな空気は一変し、不穏な空気が漂う。楽しそうだった人々も一転、疑心暗鬼になっていた。動揺のざわめきに、グラスが割れる音が重なる。
「落ち着いてください。私が、言葉足らずでした。毒物が入っているのは、ヨルグ殿下の飲み物だけです」
クリストフがそう付け加えると、人々の視線がいっせいに、会場の中心にいたヨルグ殿下に突き刺さる。
ヨルグ殿下はグラスを持ち上げたところだったけれど、驚いた顔も見せず、無感情にクリストフを見つめ返した。
「何事だ、バウムガルトナー侯爵」
陛下が出てきて、クリストフに問いかける。
「お騒がせして、申し訳ありません、陛下」
「謝罪はいい。それよりも、事情を説明してくれ。毒とは、どういうことだ?」
「実は、ヨルグ殿下を暗殺しようとする動きがあるという情報をつかんでいました。しかしながら不確かな情報だったため、確信が持てるまで報告をひかえ、独自に調査を進めていたのですが、ついさっき、飲み物を運んだ官人におかしな動きがあったという、報告がありましたのでーーーー」
クリストフの説明を聞いた人々は青ざめ、その視線は再び、ヨルグ殿下のほうに向かっていた。
「ですので、飲み物を調べてください」
「うむ・・・・」
陛下はうなり、閣僚を見る。
「今すぐ、皇太子のグラスを調べよ。他の者達も念のために、すべての飲み物を調べるんだ!」
命じられた官人達は、慌ただしく動き出した。
一方、毒殺されかけた本人はグラスを持ち上げて、中で揺れる水をまじまじと見つめる。
「これに毒が入ってるのか?」
「殿下、落ち着いて! そんな危険なものは、今すぐ捨ててください!」
「証拠品なんだから、捨てるわけないだろ。お前こそ、落ち着け」
動揺しているバスラー伯爵に、ヨルグ殿下はツッコミを入れた。
(殺されかけたっていうのに、冷静ね)
飲み物に毒を仕込まれたのに、ヨルグ殿下は他人事のように冷静だった。
「・・・・・・・・」
思わず観察していると、視線を感じたのか、ヨルグ殿下が振り返る。
私は慌てて、視線をそらした。
この騒ぎで夜会は急遽お開きとなり、飲み物だけじゃなく、夜会で提供された食事すべてが、調査されることになった。
ーーーーそして、ヨルグ殿下の飲み物に毒物が入っているというクリストフの言葉が、嘘ではなかったことが証明された。
「まったくなんということだ!」
当然陛下は怒り狂った。
「皇太子の暗殺をもくろむとは! すぐに犯人を探し出せ!」
この暗殺未遂事件の調査のために、多くの人員が導入された。
ーーーーだけど、暗殺の主犯が特定されることはなかった。クリストフが声を上げる前に、飲み物に毒物を入れた官人は何者かに殺されていて、主犯へ繋がる痕跡が消されていたからだ。
調査を任された人達が必死に痕跡を探ってくれたけれど、他の証拠は見つからず、この事件が公的に解決されることはなかった。
「まったく・・・・なんというていたらくだ」
陛下はこの結果に落胆し、頭を抱えていた。
「バウムガルトナー侯爵がいてくれなかったら、どうなっていたことか・・・・」
「お役に立てて、なによりです」
「今後も、頼りにしてるぞ」
ボリスやギュンターの罪は立証できなかったものの、もう一つの狙い通り、クリストフは手柄を立てて、陛下の信頼を手に入れることができた。
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