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しおりを挟む隠家の地下はやたら広く、似たような扉がいくつも並んでいた。
地下のせいか、それとも換気が行き届いていないのか、気が滅入るような湿度とカビの匂いが満ちている。
「これが、変装用の仮面とウィッグですか?」
私とクリストフとバルドゥールさんの三人は、ヴォルケのメンバーが急遽用意してくれた仮面とウィッグを持って、ある部屋の前に立っていた。
「そうだよ。顔を知られるわけにはいかないからね」
「・・・・それで、この部屋の中にヨルグ殿下がいるんですね」
この扉の向こうに、ヨルグ殿下がいるらしい。扉と壁は分厚く、防音機能も万全だから、扉の前で話をしても、会話を聞かれる心配はなかった。
「・・・・それにしても、この仮面とウィッグの組み合わせ、ひどくないですか? カラスの仮面に、九十年代のハリウッド女優のような髪形との組み合わせは、正直ないと思うんです」
「こ、細かいところには目をつむってくれ。・・・・急遽用意したものだから、しょうがないんだ」
急いでかき集めてきたからなのか、ヴォルケのメンバーが私の変装のために用意してくれたのは、ペストマスクのような、顔全体を覆う不気味な仮面と、ボリュームがある金髪のウィッグだった。
これでは変装ではなく、仮装になってしまう。
これをかぶり、ヨルグ殿下の前に立つ自分の姿を想像すると、憂鬱になった。仮面とウィッグをつけてるだけでも、仮装だと馬鹿にされそうなのに、よりによってその仮装のクオリティが引きすぎる。
とはいえ、私に選択肢はなかった。この扉の向こう側にいる皇太子殿下に、素顔と本当の髪色を見られるわけにはいかないのだから。
しかも、相手は高貴な身分の方なので、これ以上待たせるわけにはいかない。ーーーーその高貴な身分の方を、無礼にも鎖に繋いでるという事実からは、今は目をそらしておこう。
「部屋に入る前に、変声機をつけることも忘れないように」
クリストフに、チョーカー型の変声機をわたされたので、忘れないうちにそれも着用する。試しに声を出してみると、声質がまったく変わっていた。
「殿下の様子はどう?」
「さっきまでは暴れまわって大変でしたが、今は疲れたのか、大人しくなりました。・・・・でも暴れたせいで、全身が血まみれになっていまして・・・・手当てをしたいんですが、近づくと噛みつかれる気がして、近づけません」
(・・・・ほぼ、猛獣の扱いね)
ヨルグ殿下の今の扱いが、負傷しているところを発見された猛獣とほぼ同じだった。動物愛護団体が保護しようとがんばっているのに、素直に檻に入ってくれないし、迂闊に近づいたら噛みつかれるというところまで同じだった。
(まあ、ヨルグ殿下のほうからしたら、当然の反応なんだけど・・・・)
突然現れた謎の集団によって拉致されたら、誰だって抵抗するし、逃げようとするはずだ。どうやって説得しようかと考えると、頭が痛かった。
襲撃されても、ヨルグ殿下は矢を受けるまでは、ほぼ無傷だった。なのに私達が〝保護〟した後に暴れまわって、負傷させてしまったのだ。この流れを再確認すると、頭痛はますますひどくなる。
(というか襲撃されても無傷だった人に、そんな傷を負わせてしまって、今さら謝って許してもらえる?)
ーーーーどんなに謝っても、許してもらえない気がした。
「・・・・とにかく、私達から殿下に説明しなきゃなりませんね」
仮装のクオリティに文句を言って、時間を浪費している場合じゃない。私は髪を結いあげると、さっさと仮面とウィッグを身に着けた。
本当の髪がはみ出していないことを確認してから、クリストフを見ると、彼もウサギの仮面にピンク髪のウィッグを身に着けていた。
ーーーーこちらもかなり、クオリティが低い。ファンシーなウサギの仮面とピンクの髪が、彼の背の高さや肩幅の広さに、まったく合っていなかった。
「・・・・緊急時だから、互いの変装のクオリティには言及しないでおこう」
「・・・・そうですね」
お互いの無様な姿に言及しないという確約を結んでから、バルドゥールさんを見ると、即効で目をそらされてしまった。彼はどうやら、必死に笑いをこらえているようだ。
「・・・・念のために聞いておきますが、これはヴォルケの人達が、ヨルグ殿下の前で私達に恥をかかせるために用意したものじゃないですよね?」
「め、めっそうもない! そんな命知らずなことはしません!」
それに関しては、バルドゥールさんは全力で否定してきた。
「この時間なので商店が開いていなかったんです! なのでセンスがない同僚の私物を没収して持ってきたんですが、この有様でして・・・・!」
「・・・・だそうだ」
「・・・・私物だったのね。ごめんなさい」
事実を知ると、誰も責められなくなってしまった。というか私物を貸してくれたのに、とばっちりでセンスがないと言われてしまったバルドゥールさんの同僚が、気の毒すぎる。
「というか、私がアルテと仮面を交換すればいいんじゃないか?」
「・・・・いえ、骨格や、顔の特徴をすべて隠すことを考慮したら、仮面の交換はできません・・・・」
「わ、私のほうが彼女より顔が大きいのは、そのぶん身体も大きいからだ!」
話しあえば話し合うほど、私達のどちらかがダメージを受ける気がするので、大人しく諦めることにした。クリストフもそれ以降、文句を言わなくなったので、同じ気持ちだったのだろう。
「・・・・あらためて聞くけど、準備はできたよね?」
クリストフはドアノブを握ってから、念押ししてきた。
「ええ、ごらんのとおり」
「じゃ、開けるよ」
深呼吸をしてから、クリストフは扉を開いた。
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