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しおりを挟むーーーー部屋の中は、惨憺たるありさまだった。
私が寝かされていた部屋と同じく、おそらくこの部屋にも最初は、ベッドと椅子しか置かれていなかったのだろう。
なのに今は床中に、木っ端とガラス片が砂利のように散らばっている。
それらの中には、椅子の座板のようなものや、水差しの持ち手と思われるものもまじっていた。どうやら椅子や水差し、コップなども、手当たり次第に破壊されたようだ。
「・・・・・・・・」
ヨルグ殿下はその部屋の中央で、鎖に拘束された上、ひざまずかされていた。手足を後ろで縛るだけにはとどまらず、鎖を、身体に何重にも巻き付ける念の入れようだった。
相当暴れたようで、ヴォルケのメンバーが語ったように、彼は全身傷だらけだった。
(ひぃ・・・・!)
ーーーーこのことが露見したら、私達は皇太子を拉致した上に負傷させた罪で、断頭台へ直送されそうだった。
最後には処刑されるという原作の運命を変えるために、必死に戦ってきたのに、思わぬ形で自滅して、結局処刑されることになったら、情けなくて死んでも死にきれない。
ヨルグ殿下は顔が見えないほど、深くうつむいていたけれど、肩は荒い呼吸で揺れていた。今は大人しくなっているけれど、肩から発せられる怒気から、今も彼の中で怒りが滾っていることがわかる。
「・・・・・・・・」
私もクリストフも緊張のあまり、入り口付近に立ち尽くしていた。
するとヨルグ殿下のほうが、顔を上げる。私達はその眼光に射抜かれ、蛇に見込まれた蛙のようにますます動けなくなる。
彼は私達を見るなり、いきなり冷笑を浮かべた。
「・・・・ならず者のねぐらに連れこまれたと思ったら、ここは仮装大会の会場だったのか? ・・・・それにしても、やる気が感じられない仮装だな。もうちょっとクオリティを上げて来いよ」
ダメ出しされて、なぜか金縛りが解けた。
自分よりも身分が高い相手にたいして、見下ろしながら話をするわけにもいかない。
私はまず、ヨルグ殿下の前にひざまずき、目線を合わせた。床の破片のことを忘れて膝をついてしまったせいで、スカート越しにガラス片が突き刺さってくる。でもヨルグ殿下の手前、必死に痛みをこらえた。
「ヨルグ殿下、遅ればせながら、今回の件について説明させていただきます。でもその前に、まず手当をさせてもらえないでしょうか?」
「手当はいい。それよりも、まず名乗れ。お前らは何者だ?」
「名前・・・・」
そこに至ってようやく私は、偽名を考えていなかったことに気づく。
(抜けてるわ・・・・)
立て続けに予想外のことが起こって、頭が正常に回らなくなっている。とにかく、今は偽名を考えなければ、と私は頭をフル回転させた。
「アル・・・・アルベルタです」
そしてようやく絞り出した偽名が、それだった。殿下は失笑する。
「少しは偽名ってことを、隠したらどうだ? 演技は苦手ってか?」
「・・・・・・・・」
「隣の変態の名前は?」
どうやら、変態呼ばわりされたのはクリストフらしい。仮面のせいで表情はわからないけれど、きっと彼は今、仏頂面になっているだろう。ここまで必死に笑いをこらえていたバルドゥールさんが、吹き出してしまう始末だった。
「わ、私はベネットだよ。そして私は、変態じゃない」
「いい年した大人が、仮装大会でもないのにウサギの仮面とピンクのウィッグつけてる時点で、変態臭いんだよ」
「・・・・・・・・」
「わ、私達は、殿下を襲った襲撃犯とは無関係です」
埒が明かないと思って、私は本題に踏みこんだ。
「私達は暗殺から殿下を守るために、あの場所へ行きました。あなたの敵ではないんです」
ヨルグ殿下はまた、馬鹿にするように笑ったあと、睨みつけてくる。
「鎖でぐるぐる巻きにしておいて、俺の味方だと主張するのか?」
「そ、それは殿下が暴れるから・・・・」
「そこに目をつむったとしても、自分の顔も名前も明かそうとしないまま、味方だの守るだのと、ほざかれてもな。逆の立場なら、あんた達はその言葉を信じるのか?」
正論を言われて、私達は言葉を奪われてしまった。
不審に満ちたヨルグ殿下の目を見て、説得は無意味だと実感する。逆の立場だったら、私もその言葉を鼻で笑ったはずだ。
だから私は、論法を変えることにした。
「・・・・ならば、私達のことを信じる必要はありません」
ヨルグ殿下の目が、怪訝そうな色を帯びる。
「でもこの状況を見れば、私達の目的が殿下の命を奪うことではないということだけは、わかっていただけるはずです。殿下の意識がない間に、私達はあなたの命を奪うこともできたのですから」
「・・・・・・・・」
「正直・・・・こうなった以上、正体を明かすことも考えたんですが・・・・今の殿下の姿を見た瞬間に、その選択肢はなくなりました」
「わかってるじゃないか」
怖くて、ヨルグ殿下の冷笑を直視できない。
正体を知られてしまったが最後、私達は皇太子を負傷させ、鎖に繋いだ罪で裁かれることになるだろう。いや、怒り狂う殿下の顔を見るに、その前に殿下自身の手で、殺されそうだった。
「・・・・何が狙いだ?」
「殿下に生きのびてもらうこと、今はそれが私達の目的です」
私は強く言い放つ。
「フックスが背後にいるベルント殿下よりも、ヨルグ殿下に皇位を継いでもらいたいと考える人達は、多くいます。私も、その一人です」
「だったらなぜ、名前や家門を明かさない? 正体を明かして俺に取り入ったほうが、俺が皇位を継いだ後に有利になるはずだろ?」
ヨルグ殿下の眼光が、まるで狼のように底光りして見えた。
「・・・・なのに正体を隠しているのは、結局俺を利用して、使い捨てようという思惑があるからだろうが」
「使い捨てるつもりはありません」
私は腕を組み、挑むようにヨルグ殿下の目を見据えた。
「・・・・そもそも殿下は、大人しく使い捨てられるような人ではないではありませんか。殿下がそんな簡単に操れる人だったら、まわりも苦労しなかったはずです」
「・・・・・・・・」
「倦怠感を感じませんか? きっと、魔法や召喚術を使えないでしょう?」
問いかけると、ヨルグ殿下は目を見開いた。
「殿下が不調なのは、神封じの矢という、魔法や召喚術を封じる矢を、肩に受けた影響が残っているからです。襲撃者ははじめから、その矢で殿下の力を封じてから、殺すつもりだったようです」
「そんなものがあるのか・・・・」
身体が不調な理由を知って、殿下は歯を食いしばっている。
「・・・・永遠に力を封じる代物なのか?」
ほんの少しだけ、ヨルグ殿下が不安を見せたのは、もう一生召喚術が使えないかもしれない可能性を考えたからかもしれなかった。
「いえ、効果は一時的なものだと聞いています」
ヨルグ殿下は肩から力を抜く。
「使い捨てるつもりはありませんが、殿下が言うことも一理あります。私達は自分達の利益のために殿下を守り、今回も無事に皇宮に戻ってもらうつもりでした。でも殿下が矢を受けたことで、少し計画が狂ったんです。・・・・召喚術が使えない状態で、暗殺の危険がある場所に戻るのは危険です。なので全快するまで、このままここにいてもらいます」
「そんなことを勝手に決めるなーーーー」
「殿下のほうも、私達を利用すればいいんですよ」
私は立ち上がり、スカートについた木っ端や破片を払い落とした。
「利用だと?」
「さっきも言ったとおり、私達は殿下が皇太子でいてくれたほうが、都合がいいんです。ですから殿下が全快したら、皇宮に送り届けます。ーーーーあなたは生き残るために、私達を利用すればいい。・・・・それではダメですか?」
「・・・・・・・・」
ヨルグ殿下は考えこんだ。
睨みあっていた時間は、どれぐらいだったのだろう。猛獣と遭遇した時のように、視線を外したら襲われる気がして、目をそらせずに、息が詰まる。
長い睨みあいの末に、先に視線を外したのはヨルグ殿下のほうだった。
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