二人の転生悪女 ー偽聖女のヒロイン成り代わり作戦を防げー

炭田おと

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「ーーーーわかった」


 観念したとばかりに、ヨルグ殿下は呟くようにそう言った。


 ようやくその言葉が聞けた時は、安堵感で、膝から力が抜けそうだった。


「まず、足の拘束を解いてくれ。膝が痛いんだ」


 ヨルグ殿下は、破片の上にひざまずかされている状態だ。


「・・・・もう暴れないと、約束してくれますか?」


「わかったって言ってるだろ」


 拘束を解くかどうかは、私の独断では決められない。私は目で、クリストフとバルドゥールさんに判断を問う。


 二人は、うなずくことで了承してくれた。


「・・・・では今から、拘束を解きます」


 バルドゥールさんがヨルグ殿下の後ろにまわり、両手足を拘束した鎖をほどく。ヨルグ殿下は手首をさすりながら、すっと立ち上がった。長時間拘束された人とは思えない、しっかりした動きだった。


「・・・・・・・・」


 殿下は背が高いから、目の前に立たれると威圧感がある。私は少し距離を取るために、後ろに下がろうとした。


「っ!」


 すると、ヨルグ殿下がいきなり手首をつかんできた。


「・・・・意外に小さいんだな」


「え?」


 ヨルグ殿下の手の中に、光るものを見つけて、背筋が凍る。



 ーーーー次の瞬間、ヨルグ殿下に抱き込まれ、首にガラス片の鋭く尖った面を突き付けられていた。



「動くな!」


 すべてが一瞬の出来事で、クリストフもバルドゥールさんも動くまでもなく、何が起こったのか把握できなかったようだ。それから二人は青ざめる。


(部屋中のものを手当たり次第に壊したのも、大人しくしていたのも、すべてはこれのためだったのね!)


 ヨルグ殿下は何も考えなしに、家具を破壊し尽くしたわけじゃなかった。武器になるガラス片を入手し、なおかつそれを私達に見抜かれないようにするため、すべてを壊して、意図的に部屋を散らかしたのだ。

 そしてガラス片を手に入れた後は、それを手の平に隠して、機会をうかがっていたのだろう。


「こいつの首を引き裂かれたくなかったら、出口まで案内しろ」


 殿下は私を盾にして、前に踏み出す。クリストフ達は攻撃もできず、大人しく後退するしかなかった。


 すべてが、こじれにこじれ、悪い方向へ転がっていく。



 ーーーーでもある意味、よかったのかもしれない。



 ヨルグ殿下は、人質になりそうな三人の中から、一番小柄で、弱そうな私を選んだ。でもすぐに、その判断が間違いだったと気づくはずだ。


「・・・・・・・・」


 私は紋章があるほうの手を動かして、目の動きで、クリストフ達に合図を出した。二人はすぐに察してくれたらしく、巻き込まれないように後退する。


「さっさと出口までーーーー」


 最後まで言わせないために、私はホワイトレディの力を解放した。



 蝶に変身したホワイトレディが、刃物のように羽を尖らせ、弾丸のような勢いで飛んできた。


 それは私の肩を飛び越え、ヨルグ殿下の腕を引き裂く。


「・・・・!」


 反射的に動いてしまったのか、ヨルグ殿下の腕が上がった。


 その隙に私は、ヨルグ殿下のみぞおちに肘鉄を食らわせた。殿下が後ろによろめいたのと同時に、私も反動でたたらを踏む。


「くそ!」


 ヨルグ殿下はすぐに体勢を立て直したけれど、その時にはもう、蝶から白い女騎士へ変身していたホワイトレディが、彼の首筋に切っ先を向けていた。



「ーーーー」



 ーーーー私の背後に、一本の剣のようにそびえる女騎士を見たヨルグ殿下は、つかの間、声を失っていた。



「・・・・冷静になってください、殿下」


 まっすぐヨルグ殿下の目を見据え、私はそう言い放つ。


「殿下ならこの状況で抵抗を続けても、無駄だとわかるはず。魔法と召喚術を奪われた殿下と、今の私ーーーー勝つのは、どちらだと思いますか?」


「・・・・それは、ホワイトレディなのか?」


 私がヨルグ殿下の、聖なる七剣の力を見た時と同じように、ヨルグ殿下も光の線で描かれたような巨大な女騎士の姿に、圧倒されているようだった。


「ええ、そうです」


「・・・・お前が、召喚者だったのか」


 ヨルグ殿下は一歩下がり、あらためて私を見た。襲撃現場で目が合いそうになった召喚者が私だと、その時気づいたようだった。


「襲撃現場に現れた、光る蝶や鳥も、そいつの一部か?」

「はい」

「・・・・偽物の蝶で俺の部屋を覗いてきたのも、お前の仕業だったってことか」

「・・・・覗きではありません。偵察です」

「俺にとっては同じだ!」


 怒りで我を忘れたのか、ヨルグ殿下が、勢いよく足を前に踏み出した。


 ガラス片を突き付けられた恐怖が、まだ身体のどこかに残っていたのかもしれない。その音だけで自然と肩が跳ねる。

 私の本能的な恐怖を感じとったホワイトレディが、前に踏み出して、剣を大きく横に振るう。


「・・・・!」


 剣から距離をとるため、ヨルグ殿下は後退しなければならなくなった。


「やめて!」


 過剰防衛で殿下を傷つけることになるかもしれないと思い、慌てて制止する。白い騎士は数歩下がり、さっきのように私の後ろにひかえた。


「・・・・よくお考えください」


 信頼関係が一切ない間柄で、協力関係を持ちかけること自体、無駄でしかなかったようだ。


 ーーーーだったら、最後の手段に出るしかない。こちら側の力を見せつけて、抵抗が無駄であることを思い知ってもらう。抑えつけるような方法は避けたかったけれど、仕方がなかった。


「召喚術を封じられた今の殿下に、私のホワイトレディを押さえることができますか?」

「召喚術を使えなくした連中に、そう言われてもな」

「だからそれは、私達がしたことではありません。・・・・もう何を言っても、信じてはもらえないでしょうが」


 話を続けながら、私は少しずつ、扉のほうに後退した。


「ーーーーでも私達が、アルホフ卿を拘束していることもお忘れなく」


 その瞬間、ヨルグ殿下の顔がはっきりと強張る。


 その表情の変化を見て、わかった。ぞんざいに扱っているように見えても、幼いころから自分を守ってくれたアルホフ卿のことは、彼なりに大切に思っているようだ。



 だったら絶対に、見捨てたり、犠牲にするような道は選ばないはず。



「私達は殿下に危害は加えられませんが、アルホフ卿に関しては、そうではありません」


 ヨルグ殿下を止めるには、アルホフ卿を盾に脅迫するしかなかった。


「・・・・いい度胸だな。俺を脅すとは」

「やむを得ません。・・・・殿下が逃げないことと、私達に危害を加えないことを約束していただけるのなら、私達もアルホフ卿の安全を保障しましょう。でも、その約束を違えるならーーーーどうなるか、殿下もおわかりでしょう?」

「・・・・・・・・」


 もちろん、今後どんな状況になろうとも、私達はアルホフ卿を傷つけるつもりはない。


 でもヨルグ殿下には、私の脅迫通りに行動するかどうかなんて、見抜けないはずだ。


 沈黙しているヨルグ殿下に背を向けて、私達は廊下に出る。



 扉を閉め、閂がかけられる音が響いても、ヨルグ殿下が声を発することはなかった。



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