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しおりを挟む私はいつの間にか眠りに落ちていて、頭が舟をこいでいたようだった。
「・・・・!」
がくんと頭が前に倒れた衝撃で、目が覚める。寝ぼけ眼でまわりを見回して、そこが自分の部屋ではないことには気づいたけれど、眠気のせいで状況を思い出せなかった。
私以外には誰もいないはずなのに、誰かの視線を感じる気がする。
ぼんやりしたまま目を動かし続けて、ようやく下を見ると、私を見上げるヨルグ殿下と目が合った。
「・・・・ようやく起きたのか」
私はヨルグ殿下に、膝枕をしているような状態だった。
「ーーーー」
ぱちぱちぱちと、カメラのシャッターのように目を瞬かせる。
幻かと思ったけれど、何度瞬いても、ヨルグ殿下が消えることはなかった。
それでようやく、発作を起こしたヨルグ殿下に薬を飲ませたこと、ベッドまで運ぶ気力がなくて、膝枕をした状態で休んでいたことを思い出した。
(まさか、あのまま眠っちゃったの!?)
あんな状況で眠るなんて、信じられない。ーーーーいや、今はそれよりも。
「・・・・いつ、起きたんですか?」
「さあ? 時計が見えないから、確かめられなかったが、二十分ぐらい前か?」
「先に起きたのに、私が起きるのを待っていてくれたんですか?」
二十分も前に起きていたのなら、身体を起こすこともできたはずなのに、この姿勢のまま、私が起きるのを待っていてくれたのだろうか。
すると殿下は気まずそうな顔をして、目をそむけた。
「仕方ないだろ。あんたは爆睡したまま頭をぐらぐらさせてて、俺が少しでも身体を動かしたら、後ろに倒れて頭を打ちそうだったんだよ」
今の私は膝枕をしながら、ヨルグ殿下の胸の上に両手を置いて、彼を抱きしめているような体勢だった。確かにこの状況のまま、殿下が無理に起き上がろうとしたら、私の身体は後ろに倒れて、ベッドフレームに頭をぶつけていたかもしれない。
皇太子にたいして無礼だと、振り払われてもおかしくない状況なのに、殿下は律儀にも、動かずに私が起きるのを待っていてくれていたようだ。
「早く、離れてくれ。あんたを起こさないようにずっと動けなかったから、手が痺れてるんだ」
起き上がりたいのに私のせいでできず、やきもきしながらも、大人しく寝ているヨルグ殿下の様子を想像すると、おかしくなって笑ってしまった。
「・・・・なんで笑ってるんだよ」
「すみません。私が起きるまで固まっている殿下を想像すると、少しおかしくて・・・・誰が怪我をしようが、構わずに行動する人だと思ってました」
「人のことを何だと思ってやがるんだ・・・・」
ヨルグ殿下は不満をこぼす。
(本当によくわからない人だわ)
自分勝手なふるまいが多い人なのに、時々妙なところで優しさを見せるから、ますますどんな人なのか、わからなくなっていく。
「起こしてくれればよかったのに」
「何度も声をかけたぞ」
「そうだったんですか? すみません・・・・」
ぼんやりしていて、我に返ると、いつまでもこの姿勢のままいるわけにはいかないと気づいた。
腕を引っ込めようとしたけれど、その前にヨルグ殿下に手首をつかまれた。
「・・・・これは、俺がしたことなのか?」
何のことだろうと首を傾げて、私は自分の前腕に、ひっかき傷や痣が残っていることに気づいた。暴れているヨルグ殿下を抑えようとして、負った傷だ。
「発作は、本人の意思じゃどうにもならないことですから、殿下のせいじゃありません」
「・・・・・・・・」
「それよりも、喉の傷は大丈夫ですか?」
「・・・・!」
包帯の下の傷跡を確かめようとすると、ヨルグ殿下の肩が跳ねた。
「あ、痛かったですか?」
「別に痛いわけじゃないが・・・・」
不意にヨルグ殿下が、じっと私の顔を見上げる。
何気なく笑いかけると、なぜか殿下には目をそらされてしまった。
殿下が少し挙動不審なので、私は心配になり、彼の胸に手を当てる。
彼の鼓動はドクンドクンと、かなり高く、速く鳴っていた。顔も赤くなっているように見える。
「ヨルグ殿下、まだ苦しいですか?」
呼吸を確かめようと、ヨルグ殿下の顎を持ち上げて、顔を覗き込む。顔を近づけられたことに驚いたのか、殿下の目は丸くなった。
「もう大丈夫だ! 舌が痺れてるぐらいで・・・・」
「口の中が、腫れてるのかもしれませんね。見せてください」
「いい、大丈夫だ」
ヨルグ殿下の口をこじ開けようとしたけれど、殿下は拒否した。
「でも・・・・」
「それよりも、早く離れてくれ」
「あ、すみません」
腕を離すと、ヨルグ殿下は勢いよく立ち上がる。
なんとなく、気まずい空気が流れていた。
(不機嫌そう・・・・でも、アレルギーのことを聞いておかないと)
話しやすい雰囲気ではないけれど、アレルギーのことだけはちゃんと聞いておかなければならない。
「ヨルグ殿下、あらためて聞きたいことがあります」
「なんだ」
「食材の中で、食べたら気分が悪くなるものはありませんか? おそらく今日の食材の中に、今回の発作の原因があるんじゃないかと思うんです」
ヨルグ殿下が発作を起こしたのは、食事中だった。しかも彼は健康そのもので、検診でも病気は発見されていない。やはり発作の原因は食物アレルギーだと考えるのが妥当だった。
症状が重篤だったので、おそらく発作を起こしたのは、これがはじめてではないはず。本人なら、心当たりがあるだろう。
「また同じことがあったら、次に命にかかわります。殿下の健康を守るためにも、どうか教えてください。決して、他言しないことを約束します」
弱点を教えることに、ヨルグ殿下は抵抗を感じているはず。ヨルグ殿下のように命を狙われる立場ならなおのこと、彼にとって毒に等しい食材の情報を、簡単には教えてくれないはずだ。
でも今は、食事を管理する立場として、アレルギーを起こす食材を把握しておかなければならない。また同じことに起こった時も、今回のように対処が間に合うとはかぎらないのだから。
「お願いです、どうかーーーー」
「・・・・昔から、ナッツを食べると体調が悪くなる」
殿下はなぜかばつが悪そうにしながらも、素直に答えてくれた。
「発作を起こしたことも、何度かあった」
「あっ」
食事を管理しはじめて、ヨルグ殿下の好き嫌いをあるていど把握できるようになった。干し肉をよくお菓子代わりにかじっている、きのこやナッツは残しがちという情報も、私のもとに入っていた。
ナッツを残していた理由は、好き嫌いではなかったのだ。
「だからナッツを避けていたんですね。ただの好き嫌いだと思ってましたが、アレルギーが原因だったんですか」
「あれるぎー?」
ヨルグ殿下が首を傾げる。
アレルギーという概念が、この世界にはまだ存在していない。ボールマンさんが処方してくれた薬の効果で、発作が収まったのは、偶然だったのか、とにかく運がよかった。
「今日の飯には入ってないと思ったのに・・・・」
「細かく砕かれたナッツが、入っていたのかもしれません」
モルゲンレーテではナッツは比較的よく使われる食材で、細かく砕いて使うメニューも珍しくない。今後は、絶対にナッツが入らないメニューにしなければならないと思った。
「教えてくれて、ありがとうございます。今の段階ではまだ、ナッツが発作の原因だと断定することはできませんが、殿下の身体に悪影響があるなら、今後は絶対に、料理にナッツは使いません。だから、ご安心を」
殿下は答えず、目も合わなかった。
「殿下?」
「・・・・その傷のこと、悪かった」
ヨルグ殿下がずっとばつが悪そうなのは、私に傷を負わせた負い目を感じているからだった。なんだかヨルグ殿下が、叱られて反省しているワンちゃんのように見えて、私は思わず笑ってしまう。
「気にしないでください。さっきも言ったとおり、発作は本人の意志だけではどうにもできないことなんですから、殿下に非はありません」
「・・・・・・・・」
それでもヨルグ殿下は、私と目を合わせてくれなかった。
「また身体に異変を感じたら、すぐに呼び鈴を鳴らしてください」
「・・・・わかったよ」
ヨルグ殿下はぶっきらぼうながらも、素直に答えてくれた。
「私がいない場合は、ベネットが対応してくれると思いますので」
「ベネット?」
ヨルグ殿下は首を傾げたあと、その偽名の人物を思い出したのか、目を見開いた。
「ああ、ピンク仮面の偽名だったな」
「・・・・ピンク仮面・・・・」
クリストフの呼び名が、どんどん悪化していた。
「ウサギ仮面より、ひどくなってるじゃないですか。ピンク仮面だと別の意味に聞こえるので、ウサギ仮面に戻してあげてください」
「あの変態チックな仮装には、ピンク仮面のほうが合ってるだろ」
「あの人も私と同じで、いやいやあの格好をする羽目になったんですよ。だからこれ以上、いじめないであげてください」
私がそう言うと、ヨルグ殿下はようやく笑ってくれた。
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