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しおりを挟むその日私は、遠出のため朝から外出していた。
馬車の窓に頬杖をついて、私は外を流れていく木漏れ日を見つめながら、車輪の音に耳を傾ける。
(気持ちいい・・・・)
ヨルグ殿下の監視のために、数日間隠家にこもっていたから、久しぶりの外出で清々しい空気を肺に入れると、生き返ったような心地になった。
同時に、外の空気が吸いたいと言った殿下の気持ちが、痛いほどわかった。
(何週間も閉じこめられていたら、外の空気が恋しくなるのもわかるわ)
しかもヨルグ殿下の場合、自分の意思に反して閉じ込められているのだから、彼が怒るのも無理はない。そんな状態の殿下を置いて、外出することに、良心の呵責を覚える。
(でも私も、遊びに行くわけじゃないし・・・・)
私も遊びのために外出したわけじゃない。やむにやまれぬ事情で、遠出をしなければならなくなったのだ。
召喚術の力がまだ戻らないから、ヨルグ殿下に外出を許可するわけにもいかない。少しでも殿下に気晴らしをさせてあげたいけれど、方法が思いつかなかった。
(本当に缶詰に空気を詰めて、持って行ってみようかな?)
缶詰を持って行ったら、ヨルグ殿下はどんな反応をするだろうか。
(・・・・馬鹿にされるに違いない。それ以前に、頭は大丈夫かと、憐みの目を向けられるわ)
私は、何を血迷っていたのだろう。急に浮かんできた馬鹿げた考えを、頭を振ることで打ち消した。
(さっさと問題を解決して、隠家に戻ろう)
私を送り出す時の、バルドゥールさんの不安そうな顔が頭をよぎる。
「・・・・本当に、行ってしまうんですね」
玄関まで見送りに来てくれた時ですら、バルドゥールさんは引き留めたがっているような顔をしていた。
最近は大人しくなったとはいえ、依然としてヨルグ殿下は、油断ならない相手だ。私が隠家を離れることに、不安を感じずにはいられなかったのだろうと思う。
「・・・・殿下は私の素顔を知らないので、ヴォルケの女性メンバーに、あのペストマスクみたいな仮面とウィッグをつけさせて、私のふりをさせてみたらどうでしょうか?」
隠家を発つ前に、私はバルドゥールさんに、そう提案してみた。
顔や髪色を完璧に隠せる上に、変声機まであるのだから、私と身長が同じ女性なら、外見上は完璧に〝誘拐犯のアルベルタ〟になれるはずだ。
「そんな簡単に言わないでください・・・・」
「一度、試してみてくださいよ。うまくいったかどうか、後で結果を教えてくださいね」
ーーーーそうして私は、皇太子殿下の脱出を防ぐという難題をバルドゥールさんに押しつけ、軽くなった足取りで出発したのだった。
数日をかけて、私が西部のパッリウム地方にある、とある村に到着した時、太陽は中空高くのぼり、気持ちのいい明るさが空を満たしていた。
木製の粗末な柵の向こうに、まばらに立つ民家が見える。
パッリウム地方の片隅にあるサルビア村は、景色のよさ以外に特徴のない、のどかな村だった。人口が数千人の小さな村で、柵の囲いの中に、群生するように、家屋が密集している。自然と一体化した、悠然とした風景だった。
(サルビア村が西部の中でも、首都に近いほうにあって、助かったわ。もっと遠かったら、馬車酔いに耐えなければならなかったから)
サルビア村が首都から数日で行ける場所にあって、本当によかった。これなら問題を解決した後に、すぐに隠家に戻ることができる。
「荷物は、どこに運べばいいのでしょうか?」
私が馬車から降りると、御者が荷物を下ろしながら、そう聞いてきた。
「そうね・・・・」
今回はお忍びの旅だから、護衛もエトヴィンしか連れてこなかったし、荷物も最小限にとどめたから、鞄は一つしかない。わざわざ御者に、荷物を運んでもらうまでもなかった。
「エトヴィンに運んでもらうから、大丈夫よ。馬車を停められる場所を聞いてくるから、しばらくここで待ってて」
「かしこまりました」
「出発前に言ったとおり、ここには数日滞在する予定だから、あなたの部屋も取ってくるわ」
私はエトヴィンとともに、馬車から離れた。
「さてーーーー」
森の中の未舗装の道を歩き、その清涼な空気を吸い込みながら、私はこずえの向こう側に見える家々を見上げた。
「ーーーーアリアドナは、ここで一体、何をするつもりなのかしら?」
一週間前、最近動きがないように見えたアリアドナの聖女計画が、水面下で動いていたことが判明した。
ボリスは毒殺未遂事件以降、アラーニャとは距離を置いているので、最近はヴュートリッヒの動きを読みづらくなっていた。だからそれ以降、私達は、クリストフがヴュートリッヒ邸に送りこんだスパイの情報を頼っている。
そのスパイが、アリアドナとボリスが最近、パッリウム地方に人を送っていることを報告してくれた。
しかし、情報はそれだけだった。
でもアリアドナの手口を知っている私達には、それだけでも十分な情報だと言える。
ーーーー病や災害などを拡大させ、そこに救世主として現れることで、人望を集める。それが、アリアドナの常套手段だ。
とはいえ、自然災害は人為的には操れない。できるのは放火ぐらいだろうけれど、火は制御できなくなって自分も巻き込まれる恐れがあるから、よほど準備が整っている場合を除いて、手段として使うことはないと思う。
ーーーーだとしたら今回もアリアドナが、自分の名声を高めるために使う手段は、〝病〟のはずだった。
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