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しおりを挟むビュットナー伯爵の一件以降、私はアリアドナの手口を研究し、ある計画を立てた。
そして最近、バウムガルトナー邸の応接間で、クリストフとアリアドナ対策を話しあう機会があったので、計画を打ち明けてみることにした。
「アリアドナの手口を調べてみて、一つわかったことがあります。彼女はまず、計画のために問題の種をばらまきますが、実際に自分が動き出すのは、かなり後になってからなんです。問題の種が十分に芽吹き、毒が広範囲に行きわたってから、ようやく行動に移っています。計画を実行してから、実際に自分が聖女として登場するまで、あえて長いスパンを開けているんです」
私が今までの調査でわかったことを説明すると、クリストフはうなずいてくれた。
「確かに。ビュットナー伯爵やバルツァー男爵の執務室に有毒の壁紙が設置されたのは、数年前の話だからな。そのころからアリアドナが二人に目を付け、計画を進めていたなら、かなり気が長い計画だと言える」
ビュットナー伯爵達は数年前から目を付けられ、毒物を送りつけられていた。アリアドナはその間、社交界で楽しく過ごしながら、彼らが病に倒れる瞬間を待ち構えていたのだろう。
「・・・・アリアドナは被害が大きければ大きいほど、自分の名声が高まることを、よくわかっているのでしょう。あえて時間をおいて被害を拡大させるのは、そのためだと思います」
被害が拡大すればするほど、人々はその脅威を、〝身近なもの〟として考える。アリアドナは人心を読むことに長けているから、身近な脅威にたいする人々の恐怖と、救世主を求める心理を、よく理解しているのだ。
「でもアリアドナが動き出すのが遅いという点は、利用できると思います」
「どういうことだ?」
「アリアドナが出てくる前に、シュリアに動いてもらうのはどうでしょうか?」
クリストフは目を見開く。
「まずは私達が、アリアドナが計画のためにばらまいた、問題の種を見つけ出すんです。その種の被害が小さいうちに、シュリアに問題解決のために動いてもらいましょう。もちろん、未然に防げなかった場合にかぎられますが。そうすれば被害を最小限にとどめられる上に、シュリアが、本来彼女のものだった聖女の称号を取り戻せると思うんです」
ーーーーアリアドナが〝聖女計画〟を実行し、被害拡大のために時間を奥のなら、その間にシュリアに動いてもらえばいい。
被害を最小限に抑えられるし、アリアドナの手柄をシュリアのものにできるしで、一石二鳥だ。その上に、私達は手を汚さずに、シュリアを原作通り、〝ヒロインの聖女〟枠に戻すこともできる。
「それはいい方法だな」
クリストフはさっそく乗ってくれた。
「壁紙や絵画の毒物の件は、運よくヴュートリッヒが関与していることを突き止められましたが、きっと他の事件は痕跡を残していないでしょう。ヴュートリッヒを告発できないなら、せめて手柄を奪うのがいいです」
「だとしたらーーーーさっそくその方法を試してみる機会が訪れたのかもしれない」
そう言ってクリストフが教えてくれたのが、アリアドナ達がパッリウム地方に人を送っているという情報だった。
「その地方で、なにか事件が起こりましたか?」
「小さな事件だが、避暑のために一家でパッリウムの別荘に向かったバウアー伯爵一家が、腹痛で倒れるという事件が起こった。倒れたのが一家全員、しかも使用人までというから、ただの持病とは思えない」
「食事に、何か盛られたんでしょうか?」
「バウアー伯爵が人を雇って、原因を探らせたが、突き止められなかったそうだ。そもそもバウアー伯爵は暗殺を恐れていて、別荘に入る前に、使用人達の荷物をチェックしているんだ。だがどこからも、毒物は発見されなかった」
「ということは、毒物以外の原因があるんですね?」
「症状が表れた使用人の中でも、厨房で働いていた料理人の病態が一番重かったから、食事が原因なのは間違いない。・・・・だが、感染経路は不明だ。バウアー伯爵の別荘の近くには村があったが、村人に異変は起こっていないからな」
「バウアー伯爵一家と使用人だけ、ということですね?」
「そうだ」
だとしたら、どんな感染経路が考えられるだろうか。しかもアリアドナ達がこの件に関与しているとしたら、人為的に引き起こせる方法のはずだ。
「バウアー伯爵達はよその地域からやってきましたから、その地域特有の風土病にたいする免疫がなかったんじゃないでしょうか」
「別荘の使用人の中には、近くの村の出身者もいた。でもその人にも症状が表れたから、免疫だけの話じゃないな」
「そうですか・・・・」
考えをまとめるため、私は立ち上がり、窓辺に移動する。応接間のガラス戸からは、バウムガルトナーの美しい庭を一望できる。
(どこかで、これと似たような話を聞いた気がする・・・・)
でも、どこで聞いた話なのか、思い出せない。
ふと近くにある枝を見上げると、三羽の小鳥が留まっているのが見えた。二羽は黄緑色の羽をしていたけれど、一羽だけ、羽の先が赤かった。
それを見て、頭の中である考えが閃く。
「・・・・屋敷の中で、一人だけ倒れなかった人はいますか?」
「ああ、いたよ」
クリストフは軽く答えた。
「何人かの使用人には、症状が表れていない。病気にならなかった原因は今のところ不明だが、食事の内容が違ったからでは、と推測されている。・・・・だが同じ物を食べたのに、一人だけ症状が表れなかった賄い婦もいたな」
「症状が表れなかった?」
「ああ、病気にかかったバウアー伯爵一家と、間違いなく同じものを食べたのに、彼女だけ病気にならなかったそうだ」
それで、ひらめきが確信に変わった。
「ーーーーもしかしてその人は、健康保菌者じゃないでしょうか?」
「健康保菌者?」
「細菌に感染しながらも、病気の症状が表れない人のことです。自覚なく、他の人に病気を感染させる可能性を持っています」
健康保菌者。ーーーー前世でもその存在が公になったのは、近世になってからだった。
この世界には病気の陽性、陰性を調べる方法がまだないから、人々は病気に感染したかどうかの判断を、症状の有無に頼っている。病気の症状が表面的には現れず、健康に見える人が実は菌を体内に持っているなんて、誰も思っていないのだ。
前世でもその当時、表向きには健康体に見えるのに、実は保菌しているという説は、市民に、あまりにも突飛な考えとして受け止められたと聞いている。だからこの世界の人々が、想像もしていないのも無理はない。
「健康保菌者なんて概念は、まだこの世界にはありません。症状が表れていないなら、その人は健康だと誰もが思うはず」
人々が有害物質を含む塗料があると思いもしなかったように、健康に見える人が病を振りまいているなんてことも、多くの人が想像もできていないだろう。だから、無警戒で受け入れてしまうはずだ。
「その賄い婦が計画に加担しているのか、それとも何も知らずに利用されているだけなのかはわかりませんが、ただ利用されているだけなら、料理から引き離しさえすれば、今後被害が出ることはないでしょう。私達で彼女に高給の仕事を紹介して、料理に関わらないことを確約させれば、解決します」
「なるほど・・・・」
「その賄い婦と、紹介状を書いた人の名前はわかりませんか?」
貴族の邸宅で働くには、紹介状の存在が重要になってくる。おそらくその賄い婦に、紹介状を書いた別の貴族がいるはずだった。
「ちょっと待ってくれ」
クリストフは執務室に近づくと、置かれていた書類の束を手に取った。パッリウム地方から送られてきた、調査書を確認しているようだ。
「あったぞ」
名前を見つけたのか、クリストフは書類を持って戻ってきた。
「賄い婦の名前はベティーナ、招待状を書いたのはブレッヒ男爵のようだ」
「ブレッヒ男爵は・・・・」
「ボリスの腰巾着だな」
確定だった。私はクリストフと顔を見合わせ、うなずき合う。
「ベティーナという女性は、今どこにいるんですか?」
「それが、バウアー伯爵の別荘を離れて以降は、足取りがつかめていないんだ。部下に追跡させているから、何かわかったらすぐに連絡する」
「ええ、なるべく早くお願いします。おそらくバウアー伯爵の別荘で起こったことは、アリアドナにとっては実験のようなものだったのでしょう。だから次はもっと、大きな事件を起こすはずです」
「健康保菌者が実際に料理で、他人を感染させられるかどうか、伯爵の別荘で実験したというのか? ・・・・事実だとしたら、本当に恐ろしい奴だ」
「ベティーナの居場所を突きとめたら、シュリアに、その地域で感染症が発生する可能性があることを伝えて、医者や看護師と一緒に向かわせてください。私もすぐに、後を追いかけますから」
被害が拡大してアリアドナが出てくる前に、シュリアを先に現地入りさせなければならない。でなければ、本来シュリアのものだった聖女の称号を取り戻すという計画が、崩れてしまう。
「シュリアが慈善活動で努力してきた成果が、今回の件で発揮されるかもしれないな。・・・・少し、心配ではあるが」
「大丈夫ですよ。シュリアは本当に、しっかり者ですから。私達が何を言わなくても、何が人々の助けになるか、よくわかってる子なんです」
私は数年間、シュリアの成長を見守ってきた。だから最初は気弱そうに見えた彼女が、本当は芯が通ったしっかり者であることも、よくわかっている。
それにシュリアは高い神聖力のおかげで病気にたいする耐性があるし、私も感染を防ぐ方法や、被害を抑える方法を教えてきた。もちろん、私が知っている知識だけなので限界はあるけれど、この世界の間違いまくった医療知識よりも、かなりマシなはずだ。
それにシュリアは慈善活動の中で、感染症に倒れた人達の看病もしているから、経験から対応策がわかっている。
「私達は自分達がすべきことをして、後はシュリアに任せましょう」
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