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しおりを挟む夜通しの看病が続いた翌朝は、空は抜けるような快晴になった。
シュリアの治癒能力と、看護師達の徹夜の看病のおかげで、すべての罹患者の状態があるていど落ち着いていた。
まだ経過を見守る必要はあるけれど、付きっきりの看病はもう必要なさそうだ。まだ熱が下がらない人もいるけれど、家族が付き添ってくれているため、異変があったら呼んでくれるだろう。
ーーーー幸い、一人の死者も出さずにすんだ。
看護の手が空いたため、私は休息をとるために、集会場の外に出る。
「ふう・・・・」
薄暗さに慣れた目に、朝の眩しさが染みた。
(疲れた・・・・思いっきり眠りたいわ)
昨晩はやることが山積みで、一睡もできなかったから、とにかく疲れている。すぐにでもベッドに横になって、泥のように眠りたかった。
「ご苦労様でした、アルテ様」
遅れて天幕の外に出てきたシュリアが、声をかけてくれた。
「お手伝いいただいて、ありがとうございます」
「お礼を言われるようなことじゃないわ。私は、たいしたことはできてないもの。あなたが一番、大変だったでしょう?」
看護がはじまってからは、シュリアはずっと治癒能力を使い続けていた。特に重病者は、いったん持ち直してもまた悪化するという経過を繰り返したため、シュリアは何度も治癒能力を使わなければならなかったのだ。
シュリアは治癒能力で罹患者の自己治癒力を高めながら、手が空いたら看護にまわって、走り回っていた。
私はホワイトレディの力を使った経験から、魔法や召喚術というものがどれだけ術者を疲弊させるのかを、身をもって思い知っている。いくら生まれつきの神聖力が高いといっても、シュリアだって疲れたはずだ。
シュリアが倒れてしまわないかと、私は内心ひやひやしていた。
「私は大丈夫です! まだまだがんばれますよ!」
「そ、そう・・・・」
ところが私の予想に反して、シュリアにはまだ体力が残っているようだった。
(シュリアって実は、すごく体力があるのよね・・・・)
小柄で華奢、可憐な顔立ち。原作小説でもそう描写されていたし、実際に目にしたシュリアも虚弱体質の令嬢のような体形をしていたから、私はシュリアは頑丈ではないと決めつけていた。
でも現実のシュリアは、その小さな身体で、飛ぶように動きまわる。とても元気で、無尽蔵の体力を持っていた。
(だから慈善活動にも、精力的に参加できるのね)
人のためになることがしたいという純粋な思いと、元気な身体が合致して、最強のヒロインが生まれたようだった。
「シュリアさん!」
集会場の中から、患者の家族が飛び出してきた。
「主人の意識が戻ったので、念のために見てもらえますか?」
「わかりました」
たった半日の出来事なのに、シュリアはすっかり村人達から信頼されていた。まわりに何を言われても気にせず、治療だけに徹したシュリアの態度が、村人達からの信頼の獲得に繋がったようだった。
「私も一緒に・・・・」
「いえ、一人で大丈夫ですから、アルテ様は休んでいてください」
私が見るからに疲れていたから、気を使ってくれたのだろうか。
シュリアの言葉に甘えて、私は集会場を離れる。
罹患者の介護で、ほとんどの村人は集会場に集まっているらしく、村は閑散としていた。
「お前らは何者なんだ!?」
一人でゆっくり休める場所を探していると、言い争っているような声が聞こえてきた。何事だろうと、私はその方向へ足を向ける。
「俺をどうするつもりなんだ!?」
そこにいたのはクリストフとエゴンさん、それにエゴンさんの部下達だった。
彼らは一人の男を拘束し、ひざまずかせている。さっきから聞こえていた怒鳴り声は、その男性の声だった。
ーーーーよく見ると拘束されていたのは、集会場でシュリアに突っかかってきた、あの男性だった。
「助けてくれ!」
男性は私を見るなり、助けを求めてきた。私のことを、通りかかっただけの一般人だと思ったのだろう。
エゴンさん達の行動は不可解だったものの、彼らが何の理由もなく、男性を拘束したとは思えないから、止はしなかった。
「やあ、アルテ」
異様な空気なのに、クリストフはいつも通りに声をかけてきた。
「・・・・!」
そのやりとりで、男性は私が彼らの仲間だと気づいたようだった。彼は青ざめ、冷汗が眉間から顎のほうへ流れていく。
「どうしてこの人を拘束しているんですか?」
「この男がヴュートリッヒの回し者だと判明したから、拘束を命じたんだ」
「回し者? もしかして彼も、健康保菌者なんですか?」
「いいえ、そうではなく、この男は監視役でした」
私の質問に、エゴンさんが答えてくれた。
「ヴュートリッヒからベティーナを監視するように言われ、金を受け取ったようです。ベティーナが指示通りに動かなかったり、躊躇った場合は、この男を使って彼女を脅迫するつもりだったのでしょう。その上、ヴュートリッヒが出てくる前に、誰かが病気の拡大を防ごうとしたら、それを妨害するようにという指示も受けていたようですね」
「はっ」
思わず、乾いた笑いが口から飛び出していた。
「・・・・あなたがシュリアの治療を妨げようとしたのは、彼女を疑ったからじゃなく、金を受け取ったからだったのね」
ヴュートリッヒの悪事に加担するような極悪人でも、責められるとわずかな良心が痛んだのか、男性は深くうなだれた。
「ベティーナが井戸に毒を流すのを確認した後は、殺せと命じられた?」
「そ、そこまでは・・・・!」
「報酬がかなりの額なので、殺しも含まれていた可能性はあります」
「ーーーー」
すべてを見抜かれて、男性は沈黙してしまう。
「・・・・クリストフ」
私は隣にいるクリストフに声をかける。
「なんだい?」
「この人を、どうするべきだと思います? 私は当然拘束すべきだと思いますが、いきなり彼が消えたら、他の村人は動揺するでしょう。あんな事件が起こった後なので、村人を動揺させたくありません」
「それなら、問題ありません」
この質問にたいしても、クリストフじゃなく、エゴンさんが答えてくれた。
「この男は数日前から転出の準備を進めていて、隣人にも、近いうちに他の村に移ることを伝えていたそうです。おそらくベティーナを殺害後、報酬をもらって、病気が村全体に拡大する前に逃げ出すつもりだったのでしょう」
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「・・・・ということは、彼が消えても、村人が不審に思うことはないんだな?」
「ええ」
「それでは、アラーニャの構成員と同じ場所に送るのはどうでしょう?」
「賛成だ」
一秒の迷いも差しはさまずに、クリストフが同意してくれる。
「決まりですね。エゴンさん、連れて行ってください」
「かしこまりました」
エゴンさんが目で指示を出すと、両側にひかえていたヴォルケのメンバーが男性の肩をつかんだ。無理やり立たされた男性は、顔面蒼白になる。
「どうか、お願いです! 見逃してください! 俺はあの女を見張るように言われただけなんです!」
そんな彼に、クリストフが冷ややかな視線を向ける。
「ここで何が起こるのかを知りながら、加担したのだから、君も病気を広げようとした連中と同罪だ。ーーーー罪を償うんだな」
「どうか・・・・!」
それ以上見苦しい言葉を聞きたくなかったのか、エゴンさんの部下は男性に猿ぐつわを噛ませ、馬車まで引きずっていった。
二人きりになると、私とクリストフはそろって溜息を吐き出す。
「・・・・ベティーナに見張りをつけ、さらにはその見張りに、他の誰かの治療を妨害するように命じたのは、きっとアリアドナでしょうね」
「・・・・だろうな。自分以外の誰かが感染症を解決してしまったら、出てくる隙がなくなるからな。・・・・まったく、脱帽するよ」
クリストフはこめかみを揉む。
「アリアドナが賢くないという私の評価は、どうやら間違いだったようだ。彼女は自分の〝計画〟に関しては、本当に抜け目がない。悪巧者としては間違いなく一流だ。・・・・シュリアが乗り切ってくれて、本当によかった」
次にクリストフの口から出たのは、安堵の息だった。
「・・・・本音を言うと、シュリアを連れてくることに不安を感じてたんだ」
「気持ちはわかります」
「・・・・でも、杞憂だった。あの子は自分の力で乗り切ったんだ」
「大丈夫だと言ったじゃないですか。シュリアは強くて、賢い子なんですから」
クリストフも娘の成長を実感できて、誇らしいと思う。その時のクリストフは、めったに見せない父親の顔をしていた。いつもはのらりくらりとしているクリストフも、普段は子供のことを心配している、普通の親なのだとあらためて感じて、少しほっこりする。
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