二人の転生悪女 ー偽聖女のヒロイン成り代わり作戦を防げー

炭田おと

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 情勢が定まらない中、月日は流れるように過ぎて秋になり、例年通りに、狩猟大会が開かれることになった。


 大会の予定日の数日前まで、首都の周辺では豪雨が降り続いた。気まぐれな空模様は、行事に関わる人達をやきもきさせたけれど、幸運なことに、予定日だけは、空はすっきりとした青い顔を見せてくれた。


 最近は、外出すらままならないほど体調が悪化していたけれど、この日だけは少し調子がよかったので、私も大会会場に向かった。反乱の件で、不穏な空気になっているかもしれないから、雰囲気を確かめたかったからだ。

 でも、杞憂だった。狩猟大会の参加者は、いつも通りなごやかに過ごしている。反乱が起こったとはいえ、南部という遠い地の出来事で、反乱軍は南部から動かず、進軍してきているわけでもないので、みな落ち着いているようだ。


 狩猟場の入り口に設置された、昼食会の席に近づくと、はしゃいでいる貴族令嬢達の姿が目に入った。


「今年の優勝者は、誰になるんでしょうね?」


 やはり今年の狩猟大会でも、誰が〝秋の女王〟に選ばれるかというのが、令嬢達の最大の関心事のようだった。


「陛下も参加するそうですから、今年も陛下が優勝すると思います」

「だとしたら、陛下には今年こそ、誰かを選んでもらわないと・・・・」

「でも陛下のことですから・・・・去年も、その前も陛下が優勝しましたが、結局誰にも、トロフィーを贈りませんでしたからね」


 数年前、ヨルグ陛下がまだ皇太子の身分だったころに参加した狩猟大会でも、彼は優勝した。


 でも、誰にもトロフィーを送らなかった。


 多くの令嬢が落胆したことは、言うまでもない。


(私を助けてくれたあの大会でも、しれっと勝っててびっくりしたのよね)


 陛下が私を助け、ヴュートリッヒの騎士達を成敗してくれたあの大会でも、優勝者は彼だった。優勝するような獲物と戦った後に、彼はヴュートリッヒの騎士達を馬上から叩き落したのだ。


「でも、陛下は今年こそは、誰かを選ぶと思いますよ。ーーーーだってそろそろ、皇后候補者の選定をしなければならない時期でしょう?」


 令嬢達はひそひそと話をしながら、陛下のほうを盗み見ていた。


 ヨルグ陛下は今日も、貴族達に取り囲まれている。自分から陛下に近づいていく令嬢もいたものの、ほとんどの令嬢は遠巻きに眺めるだけだった。

 皇帝になってから、ヨルグ陛下はますます近寄りがたい存在になった。想いを寄せる令嬢がいたとしても、よほどの自信家でないかぎり、自分からアピールする勇気はないだろう。


 と思っていたら、陛下に近づく女性を見つけた。


 ーーーーアリアドナだ。


(いたわ。よほどの自信家が)


 陛下とアリアドナの会話の内容は気になったけれど、今日は絶不調だから、ホワイトレディを召喚したくない。他の貴族もいるから、たいした話はしていないだろうと思い、放っておくことにした。


(一応参加してみたけど、今日は大人しくしておこう)


 貴族達の空気を確かめようと、狩猟大会に参加したものの、倦怠感と眩暈がひどくて、動くこともままならない。まだ狩猟大会ははじまったばかりなのに、早くも参加したことを後悔しはじめていた。


 だから木陰で座って、休息をとることにした。少し体調がよくなったら、帰ろうと思っている間に、時間は過ぎて、狩猟大会がはじまろうとしていた。





「久しぶり、アルテ」


 柔らかい日差しに眠気を誘われ、うとうととしていると、誰かに声をかけられた。


 顔を上げると、取り巻きを引き連れたアリアドナがいた。


「一人で何をしてるの? せっかくここに来たのに、昼食の席にも混ざらず、すみっこに一人でいるなんて、あなたも相変らずね」


 アリアドナは取り巻きと一緒に、私を嘲笑する。最近は大人しいと思っていたけれど、こうして絡んでくるあたり、やはりその暴虐ぶりは健在なのだと確認できた。


(・・・・しかも)


 最悪なことに、アリアドナ達の背後にはジャコブとクロエがいた。


 彼らは、皇室主催の行事への参加は禁じられたはずだけれど、どうにかして潜りこんだのだろうか。最近は顔を合わせずにすんでいたのに、今後は避けるのも難しいのかもしれないと思うと、頭が痛くなる。


「あのお二人さんが、あなたに話があるんですって」


 どうやらアリアドナが、わざわざあの二人を連れてきたようだ。


「・・・・私のほうには、話すことなんてないわ」


 言い争う気力も残っていなかったから、私は逃げることを選ぶ。



「待て!」


 だけど立ち去ろうとしたところで、ジャコブに肩をつかまれた。なんとか尻餅をつかずにすんだけれど、後ろに引き倒されそうな勢いだった。


「どう責任を取るつもりだ?」

「なんの話?」

「お前のせいで、すべてメチャクチャだ!」


 ジャコブが声を荒げたせいで、大会のなごやかな空気にひびが入る。

 参加者達の好奇の視線が、私達に注がれることになった。


「私のせい・・・・?」


 頭に血が上って、殺意すら覚えた。おかげで少しだけ、気力が湧いてくる。


「・・・・何をのたまってるの? 今のあなたの現状は、あなた自身が招いたことでしょ?」

「バウムガルトナー侯爵と浮気をして、家門まで潰そうとしたくせに、よく恥ずかしげもなくここに顔を出せたものだな」

「・・・・浮気」


 怒りを通りこしておかしくなり、私はその言葉を嘲る。


「まさか、私とバウムガルトナー侯爵が不倫をしていたっていう、あのくだらない噂のことを言ってるの? 愛人のクロエこそ、本当の妻だと公言していたあなたが、元妻の浮気を問いつめるようなことをするなんて、皮肉なものね」


 ジャコブが、少し怯んだのがわかった。


「これ以上、根も葉もない噂にわずらわされたくないから、ここではっきり言っておくわ。その件に関しては、私とバウムガルトナー侯爵は潔白よ。ーーーーそれから、ジャコブ」


 私は目に力をこめて、ジャコブを睨みつけた。


「私を貶めたいばかりに、私と唯一交流があるバウムガルトナー侯爵の名前を利用したようだけれど、それが何を意味するか、理解しているの? あなたは何の証拠もなく、モルゲンレーテを代表する大貴族に、人妻に手を出す最低な男というレッテルを張ったのよ。喧嘩を売ったも同然だわ」


 ジャコブの顔に浮かんだ戸惑いが、どんどん濃くなっていく。まわりのざわめきも、大きくなっていった。



 ーーーージャコブとクロエは被害者ぶって、同情票を集めようとしたようだけれど、それは浅はかな考えだ。クリストフは今や、モルゲンレーテの政治で大きな力を持つ派閥の代表になった。なのにクリストフが不貞行為を働いたと嘘をつき、彼の評判まで傷つけるなんて、自滅行為に他ならない。



「バウムガルトナー侯爵が、名誉棄損であなたを訴えると言ったら? 家門の後ろ盾を失い、平民同然になったあなたが、どうやって裁判で戦うの?」

「そ、それは・・・・」


 ジャコブはもごもごと、口ごもる。


「それに私達が不倫していたとあなたが主張するなら、それ相応の証拠を提示すべきでしょう?」


 証拠なんてあるはずがない。そもそも離婚前に私とクリストフが会った回数なんて、数えるほどしかないのだから。


 ジャコブは、かつてのように高圧的な態度で私を脅せば、黙らせられると思っていたのだろうか。私は変わることができたけれど、彼とクロエはあの時とまったく変わっていないようだった。


(確かこの大会に、クリストフとシュリアも参加していたはず)


 私は、近くにいる人々に目を向ける。


「どなたか、バウムガルトナー侯爵を呼んできてくれませんか?」


「な、なにを言っている!?」


 とたんに、ジャコブ達は慌てだした。


「私もそうだけれど、きっとバウムガルトナー侯爵も、根拠のない噂話にわずらわされることにうんざりしているはずよ。だからこの場を借りて、このくだらない噂に終止符を打ちたいの」


 私がそう言いきると、まわりのざわめきが強くなった。


 まわりの人々はこのくだらない言い争いを、演劇を鑑賞する感覚で楽しんでいるようだった。見世物になるのは不快ではあったものの、私にとっては好都合だ。


 この場を借りて、今、世間を騒がせている私達の噂が、根も葉もないことだと示せば、逆にジャコブ達の評判を地に落とせるはずだ。


「ですのでどなたか、バウムガルトナー侯爵を呼んできてくれますか?」

「では、私がーーーー」

「やめろ!」


 一人の令息が挙手してくれたけれど、ジャコブが止めに入る。


「なぜ止めるの?」


「もう見世物になるのは、我慢ならない。・・・・向こうで、当事者だけで話そうじゃないか」


「まわりの人達に話を聞かれたら、都合が悪いのかしら? 先に注目されるようなことをしておきながら、実際に耳目じもくが集まると、見世物になりたくないと言い出すなんて、矛盾してるわ。それに当事者だけでというなら、バウムガルトナー侯爵も連れてくるべきでしょう。あなたが言ったのよ。私と彼が浮気をしていた、と」


「そ、それは・・・・君だってまわりに話を聞かれるのは、困るだろう!」


「いいえ、私には聞かれて困ることなんてないわ。むしろ、ここで話がしたい。バウムガルトナー侯爵にこれ以上迷惑をかけないためにも、私達が潔白だと、ここにいる人達に知っておいてもらいたいの」


 私はそう言って、まわりに視線を巡らせる。


 毅然とした態度を、貫かなければならない。私達には後ろ暗いことなど何もないと、態度で示さなければならなかった。


 一方、ジャコブは挙動不審になっている。〝観客〟の目に、どちらが嘘つきと映るかは、自明の理だった。


「何をそんなに焦っているの? ーーーーでたらめな噂を流した張本人だと、ばれるからかしら?」


「違う!」


「ちょっと、ジャコブ! 言い負かされないでよ!?」


 いつものように、ジャコブの後ろから、クロエがけしかけていた。



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