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しおりを挟む「とにかく、話ならこの場で終わらせて。これ以上あなた達のために、時間を費やしたくない」
「いいかげんにしろ!」
またジャコブに、肩をつかまれそうになった。転ばずにすむように、私は肩を縮めて、足に力を入れる。
「・・・・っ!」
でもその前に、誰かの手が、ジャコブの手首をつかんでいた。
「ーーーーここで、何をしている?」
ジャコブの手首をつかんでいたのは、ヨルグ陛下だった。
「皇室主催の行事への参加を禁じたはずだが・・・・お前がここにいる理由を説明してもらおうか」
その声は静かだったものの、陛下が激怒していることは、誰の目にも明らかだった。空気は冷えきり、ジャコブの顔も蒼白になっている。
「アルムガルト侯爵に許しを請うことを勧めたのに、まさか真逆の行動をとるとはな。お前の倫理観なんかに期待せずに、侯爵に二度と顔を見せるなと、警告しておくべきだったか?」
「わ、私達は迷いこんだだけで・・・・」
「あ?」
陛下に鋭い眼光で射抜かれると、ジャコブは震え上がり、こざかしい言い訳もできなくなったようだった。
それから陛下は投げ捨てるように、片腕だけでジャコブを後ろに突き飛ばした。ジャコブは尻餅をつく。
「陛下、どうか私の話を聞いてください! 私はその女に裏切られたのです!」
「ふざけたことをのたまうなよ。不正の告発が裏切りだっていうつもりか?」
「そ、それはーーーー」
「まさかこの場に、この男の味方をして、不正を告発した侯爵を責めるような人間はいないだろうな?」
突然、陛下はジャコブではなく、聴衆に問いかけた。まわりはぎょっとし、そろって背筋を伸ばす。
「この男に味方するのは、不正を罰した先皇の判断が間違いだったというようなものだ。・・・・それにたいして異論があるなら、前に出てこい。俺が直接、聞いてやる」
ーーーー当然、名乗り出る者はいなかった。激怒している陛下の前で、意見を言う勇気なんてないだろうし、そうでなくても、先皇の決定に異議を申し立てようと思う人もいないはずだ。
「何も意見がないなら、今後この件について噂することを禁じる」
陛下は参加者達に睨みを利かせながらそう言って、最後にジャコブをにらみつけた。
「追い出しておけ」
陛下の命令で動き出した騎士達が、ジャコブを拘束した。
「陛下、お話を・・・・!」
ジャコブは抵抗したけれど、彼を取り囲んだ騎士達は容赦なく、彼を出口まで引きずっていった。
「立ち去るのを、最後まで確認しろ。・・・・それから、誰が奴を通したのか、それを突き止めておけ」
「か、かしこまりました」
次に陛下の怒りは、警備体制の甘さに向かったようだ。
今回、ジャコブ達の目的が私を責めることだけだったからよかったものの、侵入者の目的が殺傷目的だったら、もっと大きな被害が出ていたはず。だから陛下が怒るのも、当然だった。
そしてジャコブの姿は見えなくなった。
(クロエは、どこに行ったの?)
いつの間にかクロエの姿がないことに気づいて、あたりを見回したけれど、彼女の姿はどこにもなかった。不利と見るやいなや、ジャコブを置き去りにして、そそくさと逃げ出したようだ。
(逃げ足だけは、速いんだから・・・・)
こんな時に見捨てられても、ジャコブはクロエと今後も、付き合い続けるのだろうか。まったく理解できない。ーーーー私にはもう関係がないことだから、どうでもいいけれど。
陛下が私とジャコブに関する噂を禁じてくれたことだけは、不幸中の幸いだった。ジャコブ達が浮気の噂を流したおかげで、鎮火していた他の噂まで再燃して、わずらわしかったのだ。
「・・・・何を見ている?」
次に陛下は、無遠慮な視線を投げかけていた人々を睨みつけた。
「見世物じゃないんだ。散れ」
人々はそそくさと、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「陛下、助けていただいて、感謝します。・・・・こんな日に、お騒がせして申し訳ありませんでした」
「いや、謝るのは俺のほうだ。奴らを狩猟場に入れてしまったのは、こっちの落ち度だ。二度と連中には、ここに近づけさせない」
それから陛下は、私の顔を覗きこんできた。
「・・・・顔色が悪い。体調がよくないのか?」
「あ、大丈夫です」
顔が近くなりすぎて、私は思わず顎を引く。
「まだ秋なのに今日は寒いから、風邪を引いたんじゃないかしら。私の天幕が近いから、休んでいく?」
アリアドナは陛下が現れたとたんに、猫をかぶりはじめた。
「あら、今日はなんだか、とても優しいのね。あなたらしくなくて、槍が降りそうだわ」
その変わり身の早さに、嫌味を言わずにはいられなかった。アリアドナは仏頂面になる。
「なら、俺の天幕で休んで来い。休憩用のベッドがある」
陛下がそう提案してくれた。すぐに断ろうとしたけれど、陛下がそう言ったとたん、アリアドナがぐぬぬ顔になったので、考えなおすことにした。
「では、お言葉に甘えて・・・・」
すると陛下はなぜか、驚いた顔を見せる。
「・・・・妙に素直だな。なにか悪いものでも食ったのか?」
「・・・・いつもはひねくれているみたいに言わないでください」
言い返すと、陛下は笑って、腕を差し出してきた。
「つかまるといい」
腕を組んで、自分に寄りかかれと言っているようだった。寄りかかることができるなら、私は楽だけど、人目もあるから躊躇してしまう。
「ほら、早く」
急かされて、流されるまま、私は陛下と腕を組む。
(しんどい・・・・)
天幕まで歩く間、いつ倒れてもおかしくないほど、気持ちが悪かった。もともと不調だったのに、ジャコブ達が現れたせいで口論をするはめになって、残り少なかった体力をすべて使い切ってしまったようだ。
「歩くのもきつそうだな」
「大丈夫です」
「・・・・俺が言うのもなんだが、侯爵はもっと素直になるべきじゃないか?」
「・・・・本当に、陛下に言われるとは思ってませんでした」
陛下は、私の身近にいる人達の中で、もっとも素直という言葉から遠い人だ。そんな人に、素直になれなんて言われると思っていなかった。
だけど陛下の気づかいのおかげで、少し気持ちが楽になった気がする。
「今日は色々と、ありがとうございました」
私がそう言うと、陛下は笑い返してくれる。
陛下に寄りかかっていたとはいえ、なんとか自分の足で、皇室の天幕まで歩くことができた。
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