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side 空(3)

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「――え? お土産?」
「えー? なにくれんのー?」

 三人で暮らしている、とあるファミリー向けマンションの一室。水族館内にあるショップで使われているパステルカラーの包装を手に、空が弟たちに声をかければ、陸、次いで海からそんな反応が返ってくる。

 空は緊張しながらも包装を差し出す。包装の紙の上では、海で暮らす生物たちがデフォルメのきいたタッチで躍っている。空の荒れ狂う内心とは大違いだ。

 恵一郎から「お小遣い」を半ば強引に渡された空は、特に目的がなかったために、そのとき彼が提案した水族館へと足を運んだ。おもしろかったのか、楽しかったのかは正直よくわからない。とにかく水族館へ行って、お土産を買って帰る。空はそのことばかりに気を取られていた。

 陸が丁寧に包装を閉じている可愛らしいテープを剥がしたのに対し、海は「バリッ」という音と共に包装を破いてしまう。一卵性でまるきりそっくりな顔をしているふたりだが、性格はけっこう違う。包装の解きかたひとつとっても、如実に性格が表れているのは、ちょっと面白いなと空は思った。

「クラゲ? 水族館に行ってきたのか?」
「そう」

 空がお土産にと買ったのはデフォルメされたクラゲのキャラクターをかたどった、ラバーキーホルダーだった。弟たちが好むものがさっぱりわからなかったがために、無難なセレクトへと落ち着いた形だ。クラゲのラバーキーホルダーは複数の色で展開されていたので、海にはピンク、陸には黄色を選んだ。

「お、ピンク。いいじゃん」

 空が海の私服を見る限りでは特に派手な色が好きらしかったので、蛍光ピンクというちょっと派手なクラゲを選んだ。海の表情を見て、その選択は大きく外したものではないらしいことを察し、空は胸を撫で下ろした。

 しかし陸のほうは喜んでいるのかどうか読めなかった。じっと手元の愛らしいクラゲに視線を落とすばかりだ。もしかしたら、海はともかくも陸には可愛らしすぎたかもしれないと、空は一転して背中に冷や汗をかく気持ちになった。

「だれと行ったの?」

 だが陸から飛んできたのは、空が予想したものではなかったものの、ある種容赦のない疑問だった。空は内心で「そんな相手、いるわけないじゃん」と思いながら、淡々とした抑揚のない口調で「ひとり」と答えた。

「え? ボッチじゃん。ひとり水族館ってレベル高くね~?」
「テーマパークとかよりはレベル高くはないんじゃないか。……でもひとりで行ってきたのかよ」
「空ってそんなに水族館好きだったっけー?」

 ニコイチの海と陸からすれば、ひとりで水族館へ行くということは想像の外にあったのか、空の言葉を受けて憐憫に満ちた声が上がる。

 空はそれにちょっとムッとする。空とて好きで水族館へ足を運んだわけではない。恵一郎から「お小遣い」を渡されたから仕方なく……という気持ちが胸の八割ほどを占めていた。だから、弟たちの言葉はちょっと心外だった。

「水族館ってファミリーか恋人同士くらいしか行かないと思ってた~」
「あと遠足できてるやつとか」
「あ~そういうやつもいるかー」

 海と陸は空の心情などそ知らぬようで、勝手な会話を続けている。空はムッとした気持ちのまま、そこに割って入る。

「いや、別に行きたかったわけじゃ……」
「え? ……じゃ、やっぱりだれかと行ったの?」
「いや、行く予定だったのが流れたとかじゃないのか?」
「……若に、『どっか行ってきたら』って言われたから……」
「……若に?」

 恵一郎が出てきたのがよほど意外だったのか、海も陸もわずかに目を丸くして空を見る。空は、そんな視線に居心地の悪さを覚えた。こういうときだけ、まるきり同じ顔で同じリアクションを取るのだから、空はふたりの弟が一卵性であることを強く意識してしまう。

「え? なんで空だけー?」
「知らない。……ふたりと違って真面目にやってるからじゃないの」
「えー? オレらもマジメにやってるよなー?」

 空が勇気を出してチクリと刺したものの、海も陸も意に介する様子はない。だが恵一郎のことを出した途端、海は不満顔になって、陸もどこかむすっと黙り込んでしまう。

「……空がクソ真面目すぎるから息抜きでもさせようとしたんじゃないの」

 そしてようやく陸が口を開いたかと思えばこうくる。空は腹を立てるより前に、弟たちが不機嫌になった理由が察せられず、困惑した。

「もしかして若に誘われた?」
「……そんなことは」

 最初、恵一郎は「水族館にでも」と提案をしたが、それは「陸と海を誘ったらどうか」というような言葉のうしろにつけられたものだ。たしかにそのあと誘われはしたものの、それはお情けでのこと。しかしそんな事実は言いづらく、空は言葉を濁す。だがそれでは納得できないのか、陸はそういう顔をする。それは海も同じのようだった。

「あやしーい」
「……なにが?」
「……空さあ、ハニトラとかに引っかかんなよー?」
「ハニトラ?」
「色仕掛け? 空ってそういう経験ぜんぜんなさそうだからさあ、仕掛けられたらコロっと落ちそう」

 海の話の流れが理解できず、空は間抜けな顔をすることしかできない。そんな空を見て、海は意味ありげに笑った。

「若がそういうことしてきても脈なしだからな~?」
「――はあ?」
「カンタンに懐柔されてんなよって話」
「……なにが言いたいの?」
「言ったじゃん。若は空にその気なんてないし、ちょっと小遣い渡してくるのだって特に脈はないからな? って話~」
「そんなの、知ってるし……」
「……ホント?」

 そこまでくれば空にだって察することはできる。このふたりは、空が恵一郎に尻尾を振るところを見たくないのだ。その理由までは推察することはできなかったものの、「懐柔されるな」と言うからには、そういうことだろう。

 ふたりは空が恵一郎に対して、平熱ではあれど好意を抱いていることを見透かしたのだ。そしてどうも、ふたりはその感情が気に入らないらしい。空にはまったくもって理解不能であった。

「……若にその気がないことくらい、だれだってわかる」
「……わかってるならいいけど」
「空って騙されやすそうだからさ~」

 真実そうなのか、空にはわからなかった。それほど空は、他者との交流に乏しい日常を送っている。海が言うような、騙される機会がそもそも訪れないのだ。だから、空は己が海の言う通り騙されやすいのかはよくわからなかった。

 だが巡り合わせとは不思議なもので、海がそんなことを言ったからなのか、空にもそういう機会が回ってきた。その人間の名前は鳥飼とりかいかもめ。空たちよりひとつ年下の、同じ高校に通う後輩だった。
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